第5章 第148話 自分で選ぶ参加
王都へ戻った《アカシックレコード》は、その日のうちに冒険者ギルドへ調査結果を提出した。
北西から複数種の魔物が移動していること。負傷個体が多いこと。裂空大鷲もまた何かから逃げてきた可能性が高いこと。
ただし、これまで確認してきた黒く濁った魔石や、同種の異質な魔力反応は見つかっていない。
原因を一つに決めつけない。
その点を確認したうえで、ギルドは北西方面へ追加調査隊を出すことになった。
「ここから先は、こちらで引き継ぎます」
受付職員が報告書を閉じる。
「地形も相手も分からない状態で、無理に岩山へ入らなかったのは正しい判断です」
「気にはなるけどね」
ユウトは地図へ視線を落とした。
「俺たちだけで全部調べる必要もないし」
「そう言っていただけると助かります」
情報を得ることと、抱え込むことは違う。
知ったことを正しく渡し、現地で動ける者へ繋ぐことも冒険者の役目だ。
報告を終えて受付を離れようとした時、フィーナが足を止めた。
「ユウトお兄ちゃん、あれ!」
壁一面を使った大きな掲示板。
その中央に、牙と二本の武器を描いた旗印とともに、ひときわ大きな告知が貼られていた。
『ガルディア大武闘祭』
その文字を見た瞬間、アイリスの背筋が伸びる。
「……いよいよでござるな」
「アイリス、すごい顔してるよ」
「当然でござる。各地の武人が集う祭典と聞けば、心が躍るというもの」
レティシアが笑った。
「まだ受付もしてねぇのに、もう戦う気かよ」
「勝敗だけが目的ではない。異なる流派、異なる武器、異なる身体の使い方を直接見られるのであれば、これ以上の修行場はござらぬ」
ユウトも掲示板を見る。
知らない歩法。知らない呼吸。体格も種族も違う者たちの武技。
想像しただけで興味が湧いた。
「俺も出たいな」
「やはりそうなりますか」
エリシアが薄く笑う。
「ユウトにとっては、武技の見本市みたいなものですからね」
「言い方はともかく、否定できない」
フィーナは別の欄を読んでいた。
指先で一文字ずつ追っていく。
「……走力競争……障害競技……投擲……」
「読めるようになりましたね」
セレスが嬉しそうに言う。
「えへへ。まだ難しい字はあるけど!」
以前なら誰かに読んでもらっていた文章を、今は自分の目で確かめている。
分からない字があれば聞けばいい。
それでも、何を選べるのかを自分で読めることは大きかった。
「障害競技って、どんなの?」
フィーナが近くの職員へ尋ねる。
「王都で昔から続いている競技ですよ。少なくとも数百年前の記録には残っています」
職員は掲示板の説明文を指した。
「外周競技路を走りながら、壁、丸太、斜面、狭い足場を越えます。それだけではなく、道中にある決められた印を順番に見つけて通過しなければなりません」
「印?」
「はい。速いだけでは駄目です。分岐で道を選び、見落とさずに進む必要があります」
フィーナの耳が一気に立った。
「それ、面白そう!」
「確かにフィーナ向きですね」
セレスが言う。
「走るだけではなく、周囲を見る力も必要ですから」
「種族差もかなり出そうですね」
エリシアも掲示板を見る。
「脚力に優れる者、平衡感覚に優れる者、視野の広い者。同じ競技でも得意な場所が変わりそうです。興味深いですね」
フィーナは説明文をもう一度読んだ。
そして今度はユウトを見ずに、白い耳をまっすぐ立てた。
「フィーナ、これに出たい!」
声に迷いはなかった。
「走るのも、登るのも好きだし、道を探すのも得意だもん。フィーナがどこまでできるか試してみたい!」
「うん。いいと思う」
「……それだけ?」
フィーナが少しだけ首を傾げる。
「フィーナが出たいって決めたんでしょ?」
「うん!」
「なら、それで十分だよ」
一瞬きょとんとしたあと、フィーナの尻尾が勢いよく揺れた。
「えへへ! じゃあ出る!」
「怪我はしないでくださいね」
セレスがすかさず言う。
「はーい!」
「競技用の装備規定は確認しろよ」
レティシアも続ける。
「普段の短剣や道具を全部持って走る必要はねぇだろ」
「それも自分で選ぶ!」
「まず規定を読め」
「うっ」
皆が笑う。
受付職員が大会案内を一枚差し出した。
「参加するなら、会場の受付へ行ってください。参加札は本人にしか渡されません」
「本人に?」
「はい。自分の名と、挑む競技を自分の口で告げる決まりです」
「自分で競技を決めるんだ」
「もちろんです」
フィーナは案内を受け取ると、そこに書かれた文字をゆっくり追った。
「……参、加……者……本人……」
途中で分からない文字があり、職員へ尋ねる。
教えてもらうと、自分でもう一度読み直した。
「分かった!」
顔を上げた時には、すっかり笑顔になっていた。
「フィーナ、自分で受付する!」
「それがいい」
ユウトが答える。
「あと、自分で障害競技に出るって言う!」
「うん」
「それで勝つ!」
「そこまで決めたんだ」
「決めた!」
アイリスが満足そうに頷く。
「良き覚悟でござる。拙者も武術部門へ登録するといたそう」
「アイリスは最初から決めてただろ」
「然り!」
翌朝。
六人は大武闘祭の会場が設けられた王都中心部へ向かった。
大通りには各地から集まった獣人の戦士たちが溢れている。
虎系の大柄な格闘家。兎系の軽装戦士。猫系の双剣使い。熊系の盾持ち。
人族や竜人族の姿も少なくない。
通りの先から太鼓が鳴り、牙を描いた旗が風にはためいていた。
「すごいね……!」
フィーナは左右を見回しながら進む。
やがて参加受付の列が見えた。
武術部門。
走力競争。
障害競技。
それぞれ別の札が掲げられている。
「フィーナ、行ってくる!」
「いってらっしゃい」
ユウトが答えると、フィーナは一人で障害競技の列へ向かった。
途中で一度だけ振り返る。
けれど、答えを求める顔ではなかった。
大きく手を振り、そのまま前へ進んでいく。
受付台の前へ立つと、胸を張った。
「《アカシックレコード》のフィーナ! 障害競技に参加します!」
受付係から参加札を受け取る。
白い尻尾が高く上がった。
戻ってきたフィーナは、札を両手で掲げる。
「できた!」
「おめでとう」
「次は勝つからね!」
その宣言だけで十分だった。
誰に決めてもらうでもなく、自分で選んだ最初の勝負が始まろうとしていた。
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