第4章 第108話 絵の向こうにある物語
冒険者ギルドでカルタを試した子どもたちから、「この絵の続きが見たい」と言われてから、ユウトの頭には一つの記憶が引っ掛かっていた。
宿の食堂へ戻ったあとも、机の上に並べた魔物カルタを眺めながら考える。
ゴブリン。薬草。冒険者。森。
一枚ごとなら、それぞれただの絵と文字だ。
けれど、順番に並べれば。
「……紙芝居か」
「かみしばい?」
フィーナの白い耳がぴんと立った。
「前にいた世界にあったものだよ。大きな絵を一枚ずつ見せながら、お話をするんだ」
「絵がお話になるの?」
「うん。次の絵に変わるたびに、少しずつ話が進む」
前世では珍しいものではなかった。絵本も漫画も映像もあった。それでも、絵を順番に見せながら誰かが物語を語るという形は、今のアルテシアにも合う気がした。
紙は高価だ。
だが、カルタと同じように薄い木板なら使える。
「面白そう!」
フィーナが身を乗り出した。
「作ろうよ、ユウトお兄ちゃん!」
「まず試してみようか」
「任せな!」
声を上げたレティシアが、試作用に残していた木材を取り出した。
「カルタより大きくするんだろ? なら薄さだけじゃなく、大きさもそろえた方がいい。重ねた時にずれてちゃ見せにくいからな」
「なるほど」
「薄すぎりゃ割れる。厚すぎりゃ何枚も持てねえ。角も丸めとくぞ」
レティシアが木板を整えていく横で、ユウトたちは最初の話を考えた。
難しいものにする必要はない。
まずは、旅をしたことのない子どもにも分かる話がいい。
「薬草を採りに来た子が、森でゴブリンに出会う話はどうでしょう」
セレスが提案した。
「薬草ならカルタにもありますし、知っている子も多いでしょう」
「では、戦うのでござるか?」
アイリスが尋ねる。
セレスは首を振った。
「いいえ。逃げてもらいましょう。薬草はまた採れます。でも命はそうはいきませんから」
「うむ。それがよい。勝てぬ相手から退くこともまた、大切な判断でござる」
話の筋はすぐに決まった。
一枚目。
森で薬草を見つける子ども。
二枚目。
茂みの向こうからゴブリンが現れる。
三枚目。
薬草を放り出し、街道へ向かって逃げる。
四枚目。
追ってきたゴブリンを、巡回中の冒険者へ知らせる。
五枚目。
無事に町へ戻る。
「文章は裏ですね」
エリシアが木板を一枚持ち上げた。
「表に絵、裏に読む文章を書けば、見ている人には絵だけを見せられます」
「長い文章の方が分かりやすいかな?」
「逆だと思います」
エリシアは迷わなかった。
「読む側が文章ばかり見ていたら、見ている人の反応が分かりません。短い方が、顔を上げて話せます」
ユウトは思わず頷いた。
それは前世の紙芝居を思い出しただけでは気付かなかった部分だった。
知っている形をそのまま持ち込むのではない。
この世界で使う人に合わせて変える必要がある。
「じゃあ、短くしよう」
一枚目の裏には、
『森で、薬草を見つけました』
二枚目には、
『けれど、茂みからゴブリンが現れます』
三枚目には、
『薬草を捨てて、街道へ走ります』
そんなふうに、読みやすい短文を書いていった。
絵は試作品なので、ユウトたち全員で描いた。
「……これ、ゴブリン?」
フィーナがユウトの描いた絵を見て首を傾げる。
「ゴブリンのつもりだけど」
「ちょっとカエルっぽい」
「そんなに?」
「目が丸いでござるな」
「角度も不自然ですね」
エリシアまで冷静に追い打ちをかける。
「本格的に作るなら、絵を描くのが得意な人に頼んだ方がよさそうだね……」
ユウトが苦笑すると、レティシアが豪快に笑った。
「それも仕事になるってことだろ。木板を作る奴がいて、絵を描く奴がいて、文字を書く奴もいる」
「読むのが得意な人も必要になるかもしれませんね」
エリシアが付け加えた。
まだ試作品ができただけなのに、すでにユウト一人では完結しない形が見え始めている。
完成した五枚を食堂の端へ立て、まずは仲間だけで試すことにした。
ユウトが一枚目を見せる。
「森で、薬草を見つけました」
「薬草!」
フィーナがすぐに反応した。
二枚目へ入れ替える。
「けれど、茂みからゴブリンが現れます」
「逃げて!」
フィーナが本気で叫んだ。
「まだ何もしてないでござるぞ」
「でもゴブリン出たもん!」
三枚目。
子どもが薬草を捨てて走る絵。
「おお、逃げた!」
四枚目ではアイリスまで僅かに前へ身を乗り出した。
五枚目。
無事に町へ戻った子どもが笑っている。
「よかったぁ……」
フィーナの尻尾が大きく揺れた。
ユウトは、そこで初めて気付いた。
カルタでは、読み上げられたものを探す。
正しい札を見つけることに楽しさがある。
けれど、これは違う。
次に何が起こるのか分からない。
だから、次の一枚を待ちたくなる。
「……別の遊びなんだ」
「はい」
エリシアも五枚の木板を見つめていた。
「同じ絵と文字を使っていても、楽しみ方がまったく違いますね。興味深いです」
その時、食堂の入口から小さな声がした。
「それ、さっきの続き?」
振り向くと、冒険者ギルドでカルタを見ていた少女が立っていた。その後ろから、二人の子どもと宿の客まで覗き込んでいる。
「見てもいい?」
ユウトは木板を見た。
試作品だ。
絵だって上手くない。
けれど、見るために来た人がいる。
「もちろん」
椅子を寄せると、子どもたちがすぐに座った。大人たちはその後ろに立つ。
ユウトは一枚目を掲げた。
「森で、薬草を見つけました」
「あ、それ知ってる!」
少女が笑う。
二枚目。
「けれど、茂みからゴブリンが現れます」
「えっ」
「危ない!」
三枚目。
「薬草を捨てて、街道へ走ります」
「逃げろー!」
子どもたちの声が重なった。
四枚目では誰も喋らなかった。
追ってくるゴブリンと、遠くに見える冒険者。
「近くにいた冒険者へ、大きな声で助けを求めました」
「間に合って!」
五枚目を見せる。
「こうして無事に町へ帰ることができました」
「よかった!」
食堂に笑い声が広がった。
ほんの五枚。
短い話。
それでも子どもたちは絵を見て、声を上げ、次を待っていた。
少女がすぐに手を挙げる。
「ねえ、もう一つは?」
「え?」
「次のお話!」
隣の少年も続く。
「今度は大きい魔物がいい!」
「ドラゴン!」
「薬草のお話も!」
次々と飛んでくる声に、フィーナまで手を挙げた。
「フィーナも読みたい!」
ユウトは思わず笑った。
一つ作っただけなのに、もう次を求める人がいる。
エリシアが静かに木板を重ねながら言った。
「ユウト。どうやら、絵を描ける人と、お話を作れる人と、人前で読むのが上手な人を探す必要がありそうですね」
ユウトが答えるより先に、少女がもう一度身を乗り出した。
「次のお話、いつ見られる?」
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




