第4章 第106話 三つの場所で見えたもの
朝、宿の前で三つの木札袋がそれぞれ別の場所へ運ばれていった。
商業ギルド、冒険者ギルド、神殿。
今日は全員で一か所へ集まるのではなく、手分けして試遊の様子を確かめることになっている。
「ユウトお兄ちゃん、どこ行く?」
「冒険者ギルドかな」
「フィーナも!」
「拙者も同行いたそう」
ユウト、フィーナ、アイリスは冒険者ギルドへ。エリシアは商業ギルド、セレスとレティシアは神殿を担当する。
「昼に宿で合流しよう。気付いたことを全部持ち寄る」
「承知いたした」
「記録しておきます」
「安全面も見てきますね」
「札そのものもな。外へ持ち出しゃ、宿とは使われ方も変わるだろ」
レティシアの言葉に頷き、それぞれ町へ散った。
冒険者ギルドの一角では、普段なら依頼待ちの冒険者が使う卓へ木札が広げられていた。
「本当に遊ぶだけでいいのか?」
若い冒険者が訝しげに職員へ尋ねる。
「参加は自由だ。勉強会ではない」
「それならまあ……」
向かいにはFランクらしい少年も座っている。
受付職員が読み札を手に取った。
「『町の外で夜を越す時、火を囲んで休む場所』」
「野営!」
若い冒険者の手が伸びる。
「正解」
「よし!」
「次、次!」
フィーナまで身を乗り出した。
何度か続けるうち、Fランクの少年が一枚の札を指差した。
「これ、何て読むんだ?」
「『禁止』だよ」
ユウトが答える。
「やっちゃ駄目とか、入っちゃ駄目って意味で使う」
「見たことはある気がする」
「依頼書にも出るな」
職員が言った。
少年は眉を寄せる。
「知らなかった」
ユウトはその言葉を聞き、卓上の札へ視線を落とした。
知らないなら、覚える機会がなかっただけだ。
「こういう言葉、冒険者には他にもありますか?」
「ある。『毒』『群れ』『侵入禁止』。読み飛ばすと危険なものはいくつもな」
「それなら生活用とは分けた方がいいかも」
「フィーナもそう思う!」
白い耳がぴんと立つ。
「最初から知らない難しい言葉いっぱいだったら、フィーナ嫌かも」
「確かに」
初心者へ全部を一度に渡す必要はない。
アイリスが一枚の札を手に取った。
「魔物の名だけでなく、『毒を持つ』『群れで襲う』まで覚えられれば、初見の者にも役立つでござるな」
「魔物用も作れそうだね」
「新人講習でも使えるかもしれん」
職員が興味深そうに頷く。
その横で、Fランクの少年が「侵入禁止」の札をじっと見ていた。
「俺、これ覚えたい」
「どうして?」
「知らないまま入ったらまずいだろ」
少し照れくさそうに視線を逸らす。
「今までは分からなきゃ誰かに聞けばいいと思ってたけど、いつも聞けるとは限らねえし」
「うん」
ユウトはそれ以上言わなかった。
覚えろと命令しなくても、自分で必要だと思えば手を伸ばす。
それで十分だった。
昼。
宿へ戻ると、エリシアたちもすでに待っていた。
「商業ギルドでは、仕事に関係する言葉を先に覚えたがる人が多かったです」
エリシアが記録を広げる。
「店、値段、売る、買う。自分が日常で使う言葉ほど反応が良いですね」
「こっちは冒険者向けの言葉が欲しいってなった」
「予想通り、場所によって必要な文字が違いますね」
そこへレティシアが無言で一枚の札を卓へ滑らせた。
角が欠け、文字の端まで少し削れている。
「うわ」
「神殿じゃ子どもが随分元気に叩いてくれてな」
「割れたんだ」
「今の厚みじゃ、木の種類によっちゃこうなる。持ち歩くならなおさらだ」
「直せる?」
「任せな!」
レティシアが口角を上げる。
「材を変える。少し厚みも見直す。角ももっと丸める。それでも重くなりすぎねえところを探してやる」
「安全面では、もう一つ気になりました」
セレスが続けた。
「薬や薬草に興味を持つ方が多かったんです。でも、絵だけで薬草を覚えさせるのは危険ですね」
「似たものがあるから?」
「はい。食べられる薬草と毒草が似ている場合もあります。絵だけ見て『これだ』と思い込むのは危険です」
「じゃあ、どうする?」
「読み札に特徴を入れましょう。葉の形、生える場所、匂い。似た毒草との違いも」
ユウトは頷いた。
「それなら薬草カルタにできる」
「私もそう思います」
セレスが微笑む。
「遊びでも、命に関わる知識は正確でないと駄目ですから」
エリシアが紙へ項目を書き足す。
「生活、冒険者、魔物、薬草」
「ずいぶん増えたな」
レティシアが笑う。
「一組に全部入れたら大変そう」
「なら分けりゃいい」
「必要なものを選ぶでござるな」
アイリスの言葉に、フィーナが勢いよく手を挙げた。
「フィーナは魔物!」
「薬草は?」
「それもやりたい!」
「一個ずつね」
「じゃあ先に魔物!」
即答だった。
ユウトは笑いながら、まだ何も描かれていない木札を何枚か卓へ並べた。
「じゃあ、作ってみようか」
「うん!」
フィーナが一枚を取る。
「これ、狼っぽい魔物がいい!」
「種類はちゃんと選ぼうね」
「えへへ!」
卓の上では、生活用とは別の新しい木札へ、次々と下書きが増えていく。
魔物。
薬草。
冒険者が使う言葉。
フィーナはその中から迷わず、最初の一枚を自分で選んだ。
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