ワンオペ母に比べれば王妃教育など天国よ
渓谷の切れ目から見える満天の星々は、今まで見たどんな景色よりも美しかった。今、まさに命尽きようとしている自分だが、終わりよければ全てよし。
(……ってんな訳あるかい!)
川戸有紗は自分の人生を思い出しながら全力で突っ込んだ。
夜空に浮かぶ星々のように、隣りにいる相手でも実際の心は遠く離れているということが、このクソッタレな世界にはザラにある。
彼女は結婚後、理解のない夫への殺意を抑えながら家事と子育てと仕事をこなしてきた、所謂ワンオペ母であった。
地獄の日々を指折り数え、子供が就職、夫は退職というタイミングで離婚に成功。
これで私は自由だヒャッハー!と海外旅行に飛び出す事で始まった第二の人生がその二日後、格安の小型飛行機が墜落し異国の谷底で終わりを迎えようとしている。
これで満足などできようはずもない。
しかし痛みすらもう感じず、視界にもモヤがかかってきた。
(畜生、私の人生これからって時に……神様……もし来世があるならせめてワンオペがない人生で……出来れば金と権力とイケメンもつけてくれたら……)
せめてというには少々欲深い思いを最後に、彼女の意識は途絶えた。
◇
……みたいなのが、前世の最後の記憶だっけ。もう8年も前のことになるのか。
あの日、確かに死んだ私はどう言った訳か記憶を保持したまま異世界に転生していた。名前がアリサ・カワードって前世とモロ被りだし、その辺が影響しているんだろうか、知らんけど。
言葉が分からず、オムツや母乳で世話されることに初めは抵抗があったけど、前世でも長生きすれば難聴になりオムツや流動食や世話になってたんだしって割り切ってからは「笑顔で手厚くお世話してもらえるのサイコー!」って吹っ切れたわ。
しかもどうやら私は貴族令嬢らしい。文明レベルは前世よりも下のはずなのに、今世の方が圧倒的にいい生活している。
両親も優しく、教育だって前世の持ち越しがあるから余裕。いつのまにか才女だなんて噂にもなっているらしい、照れちゃうなぁ。
そんな感じで現在私は第二の人生を満喫している。
「アリサ、こちらへおいで。」
「どうなさったんですか、お父様」
ある日、真剣な顔をしたお父様に話しかけられた。
前世の夫よりも大分年下なのに、千倍はしっかりしている自慢のお父様である。
ちなみに、育児にもきちんと参加しているところも個人的に高得点。
「お前は王子の婚約者となった。」
「それは……喜ばしいことなんですよね?」
嬉しさ3割心配7割って感じの顔をしているお父様。え、なんかヤバイのかと不安になってくる。
「もちろんだとも。ただ……その為にこれから王妃教育を受ける必要がある。」
あー……そうか、そうだよね。
何せ一国の王妃になるんだから、教育はそりゃあもうハードになるだろう。
そしてまずい気がする。
何せ年相応に記憶力の上昇を感じてはいるが、地頭の良さは前世と変わっていないのだ。現在は前世の貯金でやれているが、将来的に名門大学に入るような学力を身につけろとか言われたら全く自信がない。
「あの、ちなみに辞退とかは……」
「厳しいと思うがこれは貴族の責務だし、栄誉なことでもあるから頑張ってほしい。」
ですよねー。
貴族として散々いい暮らしをさせて貰っている分、もちろん頑張るけど期待外れになったらごめんね!
◇
王妃教育が始まって2年が経過した。
学んでいるのは、母国語、外国語、地理、歴史、宗教、帝王学、詩歌、ダンス、ピアノと多岐にわたる。
そのどれもが、前世の貯金が意味をなさないものばかり。そんな状況に置かれた私の心情を一言で表すなら、こうだ。
「なんか、思ったよりもずっと楽だな……」
勉強やお稽古が朝から晩まで続く大変さはあるんだけど、何せ家族の病気やPTAのいざこざや部下の尻拭いみたいな突発的なトラブルが皆無なのだ。
そして若い分回復力が高いし、一日8時間以上はがっつりと寝れる。当然だけど家事なんて全くしなくてよい上に、安息日は完全フリー。
リフレッシュできるので当然頭は冴える。
マンツーマンの個別指導の下、自分のリソースを学ぶ事に全振り出来るので理解も捗る。そうすると段々学ぶのも楽しくなってきた。
そんな日々を送っていると、未来の旦那となるウォンレイ第一王子に会う事になった。
随分遅い初対面だと思ったが、婚約者として本格的に認められたという証で、時期的には普通よりも早い方だとは父の談。
王子との初対面では驚いた。
そして困惑している。
「ウォンレイだ。将来貴女の夫となる……よろしくおねがいします」
屋外庭園で礼儀正しく挨拶をしてきた一つ年下の王子が、よく知った顔をしていたからだ。
神絵師が超絶技巧を凝らしたかのような金髪碧眼の顔立ちに、過日嗜んだ乙女ゲームの主人公の面影があった......というわけではない。
子供に似つかわしくない、疲れ果て暗く沈んだ顔をしていたのである。
生前、ワンオペが一番忙しい時期に毎日鏡で見ていた顔だ。多忙で苦悩もしているのに周囲に理解者がおらず、孤独を感じている顔。
え、この子王子よね。
なんでこんなことになっているの?!
挨拶を交わして差しさわりない会話を少し行った後、親密になりたいから2人きりで話したいと人払いをしてもらう。
もっと渋られるかと思ったけど、メイドや側近はすんなりと声の届かない距離まで離れてくれた。
自分や王子への信頼を感じる。
でもごめん、ちょっと突っ込んだ話するわ。
王子と向き合い、小声で囁いた。
「あなたも困るわよねぇ、いきなり将来の嫁だって顔もしらない相手に引き合わされて。」
「な、そんなことはっ......」
「王子さまって悠々自適なイメージだったけど、実際は凄く大変なんでしょう?ほら、教育も厳しそうだし」
「......」
ウォンレイの瞳が揺れるのを見て、無意識に体が動いた。
椅子をもって席を立ち、隣に腰掛ける。
「なっ、なにを!?」
「私は貴方の味方だからね、愚痴くらい聞くわよ」
笑顔を向けて、まだ小さな背中をなでてやった。
その後、ウォンレイがぽつりぽつり語ったことを聞くと「自分のことは自分でできるようになれ、自立しろ」と、国王教育以外に掃除や洗濯なんかも自分でさせられており、それがしんどいらしい。
え、ちょっとおかしくない?
明らかにオーバーワークだ。
将来メイドになる子供に、勉強は程々でいいとして家事スキルを叩き込むのだったらまだわかるけど、将来の国王に掃除や洗濯が必要なスキルとも思えない。
「貴方の父親はそんなことやっていないでしょう」
「うん......でも、僕のお母様は側妃だからみんなに認められるように頑張らないとって......」
「俺を認めないやつは全員滅びろくらいに思ってもいいんじゃないですか。貴方は未来の国王で、実際すごく頑張っているんだし。」
「ええ!?」
成程、大方、男児に恵まれなかった正妃の嫌がらせとかそんなところだろう。
つまらないことするわね。
お父様経由で国王にチクってやろう「未来の国王を潰す気ですか」って。
◇
その件で、どうやら私は正妃から恨みを買ったらしい。あの日以降、こちらに矛先が向いたようで何年にもわたりぐちぐち細かい嫌がらせがあった。
でも、屁でもなかったわ。
お父様も味方してくれたし、ウォンレイという、婚約者であると同時に腹を割って話せる同志もいたからね。
前世で姑とのいざこざがあった時、元夫が姑の味方をした時に比べればイージーモードでしたわ。
もちろん、裏どりしながらきっちり記録もしていたので、ウォンレイが私と結婚して王位を継承したタイミングでざまぁさせてもらった。
現在、名ばかり王太后となった彼女とは物理的に距離が開いている。
そして、そのおかげかウォンレイの実母との仲は良好だ。『敵の敵は味方』ってやつ?ちょっと違うか。『禍福は糾える縄の如し』の方が適切かしらね。
現在、私が王妃になり五年目。
子供も二人産まれた。年子で両方男児だ。
当然、多忙となりストレスフルの日々……と思いきや別にそこまでキツいと感じる事はなかった。
だって、子育ては乳母がいるし、家事はメイドがやってくれる。仕事だって優秀な執事がスケジュールを調整し、細かいところをサポートしてくれる部下がいる。
勿論、相応の忙しさやプレッシャーはあるよ?
でも、夜泣きで毎日睡眠不足の中、周囲のサポートがないまま仕事した日々に比べれば鼻くそをほじるようなものだ。
何より、良き理解者であり何でも話せる夫がいる。
「今日もお疲れ様、アリサ。ガラント帝国との会談は大変だったね。」
「本当にね、あの髭むしりとってやろうかとおもったわ」
出会った当初は守ってあげたい子供だったウォンレイ。しかし何年も一緒にいるうち、どんどん立派になっていく彼に、わたしもすっかり絆されてしまった。
今の彼は立派な国王であり、頼れるパートナーだ。
思えば前世で死にかけていたあの時から随分遠くまできたものだ。
時空を超え、世代を超え、様々な障害を乗り越えて、遠く離れた異世界で素敵な旦那と隣り合っている。
勿論、お互い忙しくて顔を見れない日もあるし、意見が合わないことだってあるけどね。ウォンレイだけではなく、両親や子供達とも。
でも、一人じゃない。
素直にそう思える今世が私は大好きだ。
バルコニーから夜空を見上げると、あの日よりも美しい、満天の星が輝いている。
実際には遠く離れた星々だけど、今の私には並んで見えた。
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