8 魔女と過ごす夜(3)
今週も二話投稿します。
リリアナにいきなり照れられて、ファリエルはぎょっとした。
すぐに理由に気づいて、自分の発言が恥ずかしくなる。
「いや変な意味じゃない! 君をひとりにするのは忍びないという意味であって……! すまない、誤解を招く表現だったな」
「こちらこそ、おかしな反応しちゃってすみません……! 前に読んだ恋愛小説にそういうセリフがあった気がして! すみません、親切で言ってくれてるのに……」
お互い挙動不審になりながら黙り込む。
静まり返れば、速くなった鼓動が耳の中に響く。
深呼吸して、心臓を落ち着かせる。
リリアナにトラブルが起きている今、恥ずかしがっている場合ではない。
また誤解されるかも知れないなと思いながら問いかける。
「リリアナ。ずっとそこに座っているのでは疲れてしまうだろう。もしよければ……ベッドに移動しないか」
「あ、そうですね。そうさせてもらいますね」
ファリエルがリリアナの手を取ろうとした矢先、素早く立ち上がったリリアナが迷いない足取りでベッドに向かい、ぽすっと腰を下ろした。
さすがずっとここに住んでいるだけあって、家具の位置関係が身に沁みついているのかも知れない。
ファリエルは、行き場をなくした手を下ろして苦笑すると、椅子から立ち上がった。
「こういうの、懐かしいな……」
ファリエルがリリアナの隣に座った途端、リリアナがぽつりと言った。
「私の先輩も、こうして一晩中そばにいてくれたことがあったんですよ。あのときは確か……手がしびれて動かなくなったんでした」
「それは災難だったな。薬作りはそんなにも難しいものなのだな」
「作業自体は難しくはないんです。でも私みたいに未熟だと、動揺したりだとか落ち込んでたりとか、逆に喜びすぎてるときとか。心の状態が反映されちゃうんですよね」
「なるほどな。それでさっき、暴発してしまったのだな」
「はい……。お騒がせしちゃってすみません」
「気にするな。それにしても、魔女同士で交流があるものなのだな」
「あ、はい。子供の頃は特に、どの先輩たちも気にしてくれてましたね」
アクアブルーの瞳を覗き込む。見えていないせいか、まっすぐに見つめ返してもらえない。リリアナの目に自分が映らないことを、少し寂しく感じた。
――こういう気持ちを、久しぶりに感じた気がする。王城にいたときは、心を強く保っていなければ、すぐに悪意に飲まれていただろう。
ファリエルが密かに沈んだ気持ちになった横で、リリアナの思い出話が続く。
「先輩たちって、勘がいいというか……。私が失敗して困ってるときに、ふらっと遊びに来てくれたりするんですよね。まるで見てたみたいに」
「それはすごいな。魔女の勘というものがあるのか?」
「そうなんですかね。私にはそういうのはないかも知れませんけど、先輩たちにはあるのかも。一番よく会いに来てくれた先輩はコーデリアさんっていうんですけど、とってもすごい方なんですよ。作るのが難しい薬をさらっと作れるのはもちろん、魔法を使って魔物と戦ったりもできるし、ほうきに乗って空を飛べたりもして」
今まで聞いたことのない、魔女の能力に驚かされる。
本当に、魔女という存在は、普通の人間とは違うものなんだ――。
自分が出会った魔女について思い出すのが怖くても、リリアナに対してはますます興味が湧いてくる。
「君は、今言ったようなことはできないのか?」
「えーと、まったくできないってわけじゃないんですけど。そういうのって、薬を作るよりもものすごくたくさん魔力を使うので、本当にちょこっとだけしかできなくて。なので、実用的ではないんですよね」
「なるほど……」
魔女についての話を聞くうちに、前に考えないようにした疑問が再び頭に浮かんでくる。
今なら、魔女に出会いというものがあるかどうか、聞けるだろうか。
(いや、こんなことを尋ねて、もしも『それくらいある』なんて答えられたら……)
そのとき自分はどう感じるだろう――。
聞くべきではないと自分の心を抑え込みたいのに、いつまでもそのことを考えてしまう。
口にするかどうか思い悩むうちに、視界の端で影が揺れだす。
隣に振り向くと、リリアナが目を閉じ、ゆらゆらと前後に揺れていた。いつの間にか眠ってしまったらしい。
すうすうと、小さな寝息が聞こえてくる。
きっと思いも寄らないトラブルで疲れてしまったのだろう。
失礼なことを口にしなくてよかったとしみじみ思いながら、小声で呼びかける。
「……おやすみ、リリアナ」
眠るリリアナが、少し微笑んだ気がした。
無防備な寝顔のかわいらしさに、つい頬がゆるんでしまう。
少しでも眠りやすいようにと、リリアナの肩に手を回し、慎重に引き寄せてみる。
肩に寄りかからせた瞬間、ふわりとハーブの良い香りがしてきた。
心臓が、どくんと跳ねる。
――なぜ僕は、こんなに緊張してるんだ?
意識しないようにすればするほど緊張してしまう。
肩に感じる重みと体温に、さらに脈が速くなる。
(寄りかからせたのは失敗だったか? いや、リリアナを安眠させるためだ、間違ってはいない……はず)
深呼吸してみても、激しくなった鼓動はなかなか収まらない。
ファリエルは、リリアナがすやすやと眠る横で、緊張したまま一夜を過ごした。
次は19時台に更新予定です。