7 魔女と過ごす夜(2)
顔を赤く染めて固まったリリアナが、おずおずと話し始める。
「えっと、あの、その……そんなに見つめられると、恥ずかしいというかなんというか……」
「……あ」
心の中でつぶやいている間、すがるようにリリアナを目で追ってしまっていた。
無礼なことをした自分に呆れながら、軽く頭を下げてみせる。
「凝視してしまってすまない。手慣れた様子に思わず見とれてしまった」
尊敬する気持ちを笑顔にしてみせる。
「リリアナ。とても優秀な魔女なのだな、君は」
「ほえっ!? ――きゃっ!?」
ぼんっ!という破裂音と共に、瓶から煙が噴きだした。
素早く顔の前に腕を構えて煙をよける。視界が灰色に包まれる。
「リリアナ! 大丈夫か!?」
「は、はいっ! ちょっとびっくりしちゃったというか……! 魔力を込めすぎちゃったみたいです。お騒がせしちゃってすみません……!」
煙が晴れていく。リリアナは、あたふたと煙を手で払っていた。
顔は赤いままで、目をぎゅっと閉じている。
――こんなに驚くとは思わなかった。褒められ慣れてないのだろうか。
胸の中でつぶやいた途端、数年前の苦い記憶がよみがえった。
(そういえば昔、令嬢たちに微笑みかけただけで、何人か卒倒してしまったことがあったな……)
その後しばらく城内の語り草となってしまった、『ファリエル王子の魔性の微笑み事件』。
あれ以降、人前で笑わないようにしていた。
自然に微笑むことができたのは久しぶりかもしれない。
自分の意外な行動に、今さら恥ずかしくなってきた。口元を手で隠す。
「すまない、変な顔を見せてしまって」
「へ!? 変だなんてとんでもない! ずっと眺めていたいくらい本当にお綺麗なお顔で……あっすみませんおかしなこと言って!」
早口でそう言ったリリアナが、わあわあと小声で喚きながら、両手で顔を覆う。
照れる様子を見せられると、こちらまで照れくさくなってしまう。耳が熱くなる。
奇妙な沈黙。
窓の外から、森の木々のざわめきが聞こえてくる。
しばらくして、リリアナがそっと両手を外した。
細かくまばたきを繰り返す。アクアブルーの瞳が泳ぐ。
「……あら?」
「どうした?」
「いえ、なんでもない、です……」
そっとうつむき、開いた自分の手を見下ろしている。
いかにもおそるおそるといったその動きには、どこか違和感があった。もしかして――。
「リリアナ。僕を見て」
「え!? そんな、恥ずかしい――」
「いいから」
声を被せて強引に言うことを聞かせる。
リリアナが、おずおずと顔を上げる。こちらに振り向く。視線がさまよっている。
目を見合わせようとしても、微妙に別の方向を見ている。
確信を得たファリエルは、思いがけない出来事に緊張しながらも、なるべく冷静な声で問いかけた。
「君、今……目が見えていないだろう」
「はい……。さっき薬が爆発したときに、変な効果が付与されちゃったみたいです」
しょんぼりとうつむいたリリアナが、『こんな失敗、初めてだな……』とつぶやく。
しかしすぐに、笑顔に変わる。
「でも大丈夫です! こういう魔力付与のミスで出た身体症状って、一晩すれば治りますんで!」
「一晩だって、充分長いだろう。心配だな。僕になにかできることはあるだろうか」
「大丈夫ですよ! 本当に、気にしないでください!」
と言って、手のひらを見せた手をぱたぱたと左右に振る。
気にするなと言われても、目が見えない状態のリリアナを放ってはおけない。
「だが、なにも見えなくては心細いだろう?」
「いえいえ、そんな大したことじゃないです。どんなに具合が悪くなったって、ひとりで耐えるものですし。魔女なら当たり前のことです」
リリアナの強さに、はっとさせられる。
ひとりで耐えるのは当たり前。魔女はそうやって孤独に暮らしているものなのか。
僕よりずっと、この子は強い――。
だからといって、自分ひとりで先に眠るなんて考えられない。
ファリエルは、別の方向を見ているリリアナに向かって少し身を乗り出した。
「では、僕のわがままを聞いてはもらえないだろうか」
「わがまま、ですか?」
こてんと首をかしげる。その仕草のかわいらしさに、思わず「うっ」と声が出そうになってしまった。
咳払いでごまかして、改めて表情を引き締める。
「リリアナ」
「はい」
「……今夜はずっと、君と共に過ごさせてもらいたい」
「え!」
裏返った声が部屋に反響する。
アクアブルーの瞳は、驚きのあまり涙がにじんでいた。
「夜を一緒に、過ごす……んですか……?」




