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傷ついた王子は森の魔女に癒される  作者: 阿佐夜つ希


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6 魔女と過ごす夜(1)

「ううっ……――はっ」


 びくっと全身が震えると同時にファリエルは目を見開いた。

 どっどっどっどっ……と心臓が激しく脈打っている。

 なにか恐ろしい夢を見ていた気がする。はっきりとは憶えていないけれど、ここへと来る前の光景を見ていたのかもしれない。


 一体いつになったら、忌まわしき記憶に打ち勝てるんだろう――。

 自分の弱さにうんざりしてしまう。


 天井に向かってため息を吐き出す。

 硬くなっていた身体から力を抜いた途端、同じ部屋にいるリリアナの後ろ姿が見えた。


 リリアナは机に向かっていた。顔の高さまで持ち上げたガラス瓶を揺らしている。中の液体を観察しては、手元で何かを書き留める。

 魔女の仕事に打ち込む様子に、つい見入ってしまう。



 誰かがそばにいることが、こんなにも心休まるなんて――。



 ファリエルが、しみじみとそう思った瞬間。

 リリアナの動きがぴたりと止まった。

 瓶を置き、くるりと振り返る。アクアブルーの瞳がじっとファリエルを見る。


「目、覚めちゃいました? ……あら」


 なにかに気づいた顔に変わったかと思えば素早く立ち上がる。小走りでチェストに向かい、引き出しの中から手巾を取り出すと、ベッドに駆け寄ってきた。

 どうしたのかとファリエルが聞こうとした矢先、リリアナがベッドに身を乗り出してきた。心配そうな顔をして、額を拭い始める。


「すごい汗……。怖い夢、見ちゃいました?」

「……」


 指摘されるまで、自分が汗を掻いていたと気づかなかった。

 悪夢を見ていたと勘づかれただろうか――。


 気まずさを覚えずにはいられない。王子として過ごしていた頃は、自分の心情を読み取られないようにするのが常だった。


 額を拭われる感触に、まばたきを繰り返す。ちらっと目だけで様子を窺う。

 リリアナは、安心させるような笑みを浮かべていた。



 汗を拭き終えたリリアナが、さらに顔を綻ばせる。


「安眠できるお薬、作りますね。ぐっすり眠れるようになりますよ」

「……ありがとう」


 きっと他の作業をしていただろうに、中断させてしまったことが申し訳ない。

 その上、さらに手間を掛けさせていいはずがない。

 せめてなにかしら役に立てたらとは思うけれど、素人が薬作りの手伝いを申し出るのも失礼だ。それなら――。


「リリアナ。君が薬を調合するところを見学させてもらっても構わないだろうか」

「えっ!」


 アクアブルーの目が見開かれる。白い頬が、ぽっと赤らむ。


「見てて楽しいものじゃないと思いますけど……」

「そんなことはない。調薬をする様子を見たことがないから一度見てみたいのだが」


 ベッドの上に身体を起こし、改めてリリアナをじっと見る。

 途端にうつむいたリリアナが、ミルクティー色の髪で顔を隠した。


「わ、わかりました。お席、用意しますね」


 リリアナは小走りでテーブルに向かうと、机の横にわざわざ席を用意してくれた。




 照れた様子のリリアナだったが、薬作りを始めた途端に顔つきが変わった。

 横顔の凛々しさに、思わず目を奪われる。


 色付きの液体の入った瓶を取り上げて、空の瓶に注いでいく。別の小瓶を取り上げて、色の違う液体を垂らし、金属製の棒を使って慣れた手つきで掻きまぜていく。

 目の高さまで瓶を持ち上げて、中身を見つめる。

 そしてまた、もう一方の小瓶を慎重に傾けて、一滴、二滴と足していく。



 リリアナの顔を眺めながら、心の中でつぶやく。

 やはりどこか、先日出会った魔女と似ている。

 もしかしたら血縁なのか? 魔女は子孫を残すものなのだろうか。

 でもずっとひとりで生きているように見えるのに、相手は一体――。



 そこまで一気に考えたファリエルは、思わず眉をひそめた。



(なにを失礼なことを妄想しているんだ僕は。こんな踏み込んだことを考えたら失礼だろう……!)



 思考を飛躍させてしまった自分に呆れてしまう。

 小さく溜め息をつき、再びリリアナのひとつひとつの仕草を目で追う。



 調薬する様子を眺めるうちに、今度は別の考えが浮かんできた。



 いつかは必ずここを去らなければならないけれど。

 国へと戻ったら、一体僕はどうなってしまうのだろう。


 処刑された瞬間は、今でも心に焼きついている。

 でも確かに今、僕は生きている。



 処刑されたはずの人間が生きて戻ったら、不気味がられるに違いない。

 その上、もし自分が再び魔女と関わったと知れたら、また民から忌み嫌われるだろう。

 もしかしたら、魔女の怪しい術でよみがえったなどと言われるかもしれない。



 傷はだいぶ癒えたのに、拷問の痛みはすぐによみがえる。

 処刑台から見た無数のぎらついた目付きの数々が、血を搾り取ろうとするかのようにきつく胸を締めつける。




 僕は本当に、あの国に帰るべきなのだろうか――。




「……さん。……あ、あの、ファリエルさん」

「……?」


 か細い声で呼び掛けられて、はっと自分の心の声から目を覚ます。

 すると真っ赤な顔をしたリリアナが、気まずげな表情を浮かべていた。

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