5 魔女の野菜の育て方(後編)
ファリエルは、無意識のうちにリリアナをじっと見つめてしまっていた。
ふと振り向いたリリアナと視線がぶつかる。途端にアクアブルーの目が見開かれた。
「あっあの、ファリエルさん。本当に大丈夫ですから。気に病まないでくださいね」
と早口で言って、ぱっと顔を逸らす。見る間に頬が赤らんでいく。
その反応でファリエルは、自分がリリアナの顔に見入っていたことに気がついた。
いつの間にか無礼なことをしていた自分に戸惑いながら、話を目の前のキャベツに戻す。
「それにしても、これを収穫するとなると骨が折れそうだな」
「そうなんですよね。なので、外側から一枚ずつ食べていこうかと」
「なるほど、それなら丸ごと収穫しなくて済むのか。でも味はどうなんだ? 変わってしまうのか?」
「多少は大味になっちゃいますけどね。でもまずくて食べられないってほどじゃないんで大丈夫ですよ! ただ……」
「……ただ?」
ふと視線を落としたリリアナの表情を見て、緊張感が走る。
黙って次の言葉を待つ。すると、リリアナが両手をぎゅっと握って気合いを入れるポーズをした。
「一枚でも大きいので、今日はキャベツ料理をたくさん作らなくちゃですね! いっぱい食べてくださいね!」
「ああ! もちろんだ。楽しみにしている」
深刻な事態にならなくてよかった――。内心ほっとしながら、リリアナと力を合わせて巨大キャベツの葉を慎重に剥ぎ取っていく。
一枚だけでも傘のような大きさのそれを、ふたりがかりで室内に運び込んだ。
なまっている身体は、それだけで疲れを感じてしまう。
でも自分のせいで余分に調理させることを思えば、任せきりにするわけにはいかない。
料理の経験は数えるほどしかない。野営訓練で学んだことは、役立つだろうか――手伝いを申し出ようとした矢先。
リリアナの方から先に話しかけてきた。
「ファリエルさん、お手伝いありがとうございました! お夕飯、ちゃちゃっと作りますんでゆっくり休んでてくださいね!」
「……すまない、お言葉に甘えさせてもらう」
リリアナが大きな葉を切り始めたのを横目に見ながら台所をあとにする。
すっかり自分用と化しているベッドに腰を下ろした途端、眠気が込み上げてきた。
食欲がないとか言っている場合じゃないな。リリアナの手料理をいただいて体力を取り戻さなくては。一刻も早く、彼女の役に立てるように――。
そう思ったのを最後に、記憶が途切れた。
「……さん、ファリエルさん。お夕飯、できましたよ」
優しい呼びかけに意識が浮上する。その途端、美味しそうな香りが漂ってきた。
ファリエルは、座った姿勢で眠ってしまっていた。
重いまぶたを開く。膝に手を突いたリリアナが顔を覗き込んできていた。
アクアブルーの目は、少し申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「起こしちゃってごめんなさい。あったかいうちに食べてもらいたくて」
「いや。起こしてもらえて助かった。ありがたくいただこう」
リリアナの手製の料理を食べ始める。キャベツはどれもよく煮込まれていて柔らかい。
久しぶりの食事であっても食べやすかった。そこまで気を遣ってくれたのかもしれない。
多少は大味になるとリリアナは言っていたが、キャベツの甘みはしっかり感じられた。干し肉の旨味が様々なハーブで引き立てられている。
夢中で食べていると、おそるおそる尋ねてくる声が聞こえてきた。
「どうですか……? お口に合いますか?」
口の中のものを急いで飲み込んでから、何度もうなずいてみせる。
「ああ! もちろんだ。料理が上手なんだな君は。こんなにおいしいキャベツ料理は食べたことがない」
「わわ……ありがとうございます」
ファリエルがちらっとテーブルの向こうを見ると、リリアナの顔がほんのり色づいていた。口元を微笑ませている。
うれしいのはこちらの方なのに――。そう思いながら、ファリエルはリリアナの手料理を食べ進めて行った。
リリアナは、自分の料理が喜んでもらえたことにほっとしていた。
目だけを上げて、様子をうかがう。ファリエルは、一度会話して以降はずっと、無言で食べて続けている。
料理を口に入れた瞬間の、目を細めた顔。思いも寄らないその表情に、感動が込み上げてくる。
(自分の料理を誰かに食べてもらえて喜んでもらえるのって、こんなにうれしいものなんだ)
ふと、先輩魔女の顔が思い浮かぶ。
『私の焼いたクッキー、おいしそうに食べてくれたの。嫌がるかと思ったのに』――。
人間の恋人ができたあの人の、はにかんだ笑顔。
理由は教えてもらっていないけど、長続きしなかったとは聞いている。
自分に魔法を掛けてまで、心を閉ざして。
そこまでしないと耐えられないくらいのことだったんだって、当時は驚いたけど。
今でもずっと、その人を忘れられない気持ち、今ならわかる気がする――。




