表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傷ついた王子は森の魔女に癒される  作者: 阿佐夜つ希


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/31

4 魔女の野菜の育て方(前編)

 リリアナに召喚されてから数日後。

 ファリエルは、歩けるほどに回復していた。


 寝ている間に預けた衣服は綺麗に洗われていた。

『魔女の秘薬はどんな汚れでも落とせるんですよ』――。

 そう教えてくれたときの笑顔を思い出す。


 借りていた古着を脱ぎ、洗い上がった自分の服に袖を通す。

 ところどころ破けていても、 血と汗の跡はどこにも残っていない。

 ハーブの香りに包まれる。その優しい香りは、虐げられた記憶を和らげてくれる気がした。



 それまで着ていた古着を返しながら問いかける。


「リリアナ。僕になにか手伝えることはあるだろうか」

「お気遣いなく! あ、でももしよかったら、テーブルの移動を手伝ってもらえませんか? 魔法陣を描くのに場所を開けてたんですよ」

「なるほど……」


 これまでずっと、家具の配置が不自然だなとは思っていた。

 わざわざ家具をどけてまで魔法陣を描き、精霊召喚をしていた理由はなんだろう――。



 魔法陣が消え去った場所に、テーブルを置く。

 この部屋に移ってきた瞬間を思えば、その直前の光景まで引き出されそうになる。

 別のことを考えたくて仕方がない。ファリエルは、少し早口でリリアナに質問を投げかけた。


「もう精霊召喚というものはしないのか? 普段から召喚をしているわけではないのか?」

「あ、はい。たくさん魔力が必要なので、滅多にできないんです」

「それは……。貴重な機会を奪ってしまって申し訳ない」

「いえ! 私が間違えちゃっただけなので気にしないでください!」


 アクアブルーの目を見開いたリリアナが、開いた両手を小さく左右に振る。

 幼げな仕草に、胸の真ん中がきゅっとなる。

 今のは一体――? 息苦しいような感覚に、ひとつ咳払いしてから話を続ける。


「精霊を呼び出したかったのは、なにか理由があったんだろう?」

「はい。魔女って精霊に薬作りを手伝ってもらうことがありまして。精霊に力を貸してもらうと、自分だけでは作れない薬を作れるようになるんです」

「そうか……。本当にすまないことをした」

「ファリエルさんはなにも悪くないですよ! 実は私、精霊召喚しようとしたの初めてだったんです。最初から成功させられる人はそんなにいないって言われてますし、気にしないでくださいね!」

「……ありがとう」



 テーブルクロスを掛けるのも手伝って、椅子を置いて。

 改めて室内を見回す。テーブルもベッドも、薬作りをする机も、今いる一室にまとめられていた。


 どこか見覚えがあるような気がする――。

 それ以上思い出すことを、心が拒絶する。

 ファリエルはそっと深呼吸すると、心の中で自分に言い聞かせた。


 きっと魔女は、誰でも似たような家に住むものなのだろう。そうに違いない――。



 ふと、足音が聞こえてきて我に返る。

 リリアナが、心ここにあらずといった表情をして歩きだしていた。

 その先には本や調剤道具が散乱した机。薬作りを始めようとしているのだろうか。

 引き止めることを申し訳なく思いながらも再び問いかける。


「リリアナ。他に手伝えることはあるだろうか」


 ぴたりと足を止めたリリアナが、ミルクティー色の髪をなびかせながら振り返った。


「そうですね……。そしたら、裏の畑にお水を撒いてもらえますか? ご案内しますね」


 台所に入ったリリアナが、じょうろに水を入れる。続けてそばに置いてあった小瓶の中身を垂らす。

 ファリエルはじょうろを受け取ると、黒いローブをなびかせる後ろ姿を見ながら家を出た。



 久しぶりの屋外。木漏れ日の眩しさに目を細める。

 辺り一面、森に囲まれていた。緑と土の匂いをそっと吸い込む。

 振り向いて、家を見上げる。古びた建物の外観もまた、室内と同様に見覚えがあるような気がした。

 首を振ってその考えを打ち消す。内装が似ているのだから、建物の形が似てしまうのも当然だ――。



 家の裏には小さな畑があった。形の違う芽だけがぽつぽつと並んでいる。

 くるりと振り返ったリリアナが、畑を指しながら説明を始めた。


「そのじょうろの水には成長促進剤を加えてあります。それを掛けるとあっという間に育つんです。魔女はそうやって、今日食べる分だけ育てて収穫してます」

「なるほど。それはすごいな」

「今日は、キャベツの煮込み料理にしましょうか。こちらの芽に水を掛けておいてください」

「わかった」


 リリアナにうなずいてみせてから、指定された双葉の前に移動する。

 水やりをしようとした矢先、ふと城の庭園の光景が目に浮かんだ。

 亡き母との思い出がよみがえる。幼い頃、母に連れられて、水撒きされたばかりの庭園を散策した。輝く水滴のまぶしさ、優しい母の笑顔。


 ファリエルがぼんやりしていると、背後でリリアナが「あっ」と短い声を出した。


「ナイフ持ってくるの忘れちゃった! 取りに行ってきますね」

「あ、ああ。ではその間に水やりをしておこう」

「はい、お願いします!」


 リリアナが大きくうなずき、家の中に戻っていく。

 ひとりになったファリエルは、改めて小さな双葉を見下ろした。

 うーんと唸りながら首をひねる。


「ここから本当に、収穫できるまで育つのか……?」


 まるで想像がつかない。おそるおそる、水を掛けてみる。

 水を与えた芽を中心にして、魔法の光がきらきらと弾けた。


「綺麗なものだな……」


 リリアナの顔が頭に浮かぶ。

『きれいですよね!』と、魔法の光よりもまぶしい笑顔を勝手に妄想してしまう。


「…………あ」


 気づけば芽の周りが水浸しになっていた。


「しまった。かけすぎたか?」


 とはいえ双葉にはなんの変化もない。

 魔法の光の粒はきらめき続けている。


 育つまで、もう少し水を掛けた方がいいのだろうか?

 顎に手を添えた、その瞬間。



 ぼんっ!


 と突然、目の前に巨大なキャベツが出現した。

 異様な大きさのそれに押しのけられて尻もちをつく。


「こ、これは一体……!?」


 畑全体を覆うほどのサイズになったキャベツをぽかんと見上げる。

 その直後、リリアナが戻ってきた。


「あら、お水、掛けすぎちゃいました?」

「すまない。そのようだ」


 王子として過ごしていたときは、あからさまな失敗というものをしたことがなかった。

 簡単な頼みごとすら遂行できない情けなさに落ち込んでしまう。

 立ち上がって土ぼこりを払い、もう一度謝ろうとした矢先。


 リリアナがにっこりと笑った。


「大丈夫ですよ! 私も小さい頃、よく水や薬の分量を間違えて育てすぎちゃってましたから! 子供の頃は、このサイズだと収穫するのが大変だったなあ……。懐かしいな」


 巨大キャベツをぽんぽんと叩きながら、目を細める。

 過去に思いを馳せる横顔に、つい見とれてしまう。ファリエルは、幼いリリアナが大きなキャベツを見上げる姿を思い浮かべた。


 その途端、なぜか心臓がどくどくと騒ぎ始めた。


「……?」


 不可解な自分の反応を不思議がりながら、隣に立つリリアナに意識を向ける。

 どうしてこんなにも、胸がざわめくんだろう――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ