28 君を想いながら歩く夜の森
夜の森の木々が青白い光に照らされている。
フクロウや虫の鳴き声に、土や枯葉を踏む足音が重なる。
ひんやりとした空気を吸い込み、静かに吐き出す。優しい夜風が、歩き続けて火照った身体を冷ましていった。
ファリエルは、宙に浮いたガラス玉に導かれるままに森の中を歩いていた。
これから自分を殺そうとしている魔女の気遣いに、感謝と不可解さの入り混じった気持ちが湧いてくる。
ただ、この青い炎の意味を思い出せば、たちまち心が締めつけられた。
――この炎が消えたら、薬の効果が発動するから。
コーデリアの言葉を思い出す。
今はまだ炎の勢いはあるものの、いずれ小さくなっていき、最後は完全に消え去るらしい。『少なくともリリアナの家に着くまでは持つ』と説明されたが気持ちは焦るばかりだった。
リリアナ。早く君に会いたい。僕が君を忘れてしまう前に。
急ぎ足になれば、青く輝くガラス玉が慌てた風に前に回り込む。
生き物じみた挙動に和まされて、ほんの少しだけ口元がゆるんだ。
その瞬間。
かさっ、と何かの足音が聞こえてきた。
立ち止まり、辺りを見回す。耳を澄ます。
すると、ガラス玉が背後に回り込んだ。
釣られて振り向く。青い光に照らされた先には魔獣が佇んでいた。
戦っている暇などないのに――!
焦りと苛立ちを覚えながら剣の柄に手をやる。
今度は倒せるだろうか。いや、倒してみせる。リリアナの欲しがっていた魔石を手に入れて、彼女を忘れる前に渡したい。
と思い巡らせながら体勢を低くした途端。
ガラス玉の中の炎が激しく燃えだした。
びくりと魔獣が身体を震わせる。
あたり一面を照らす青い光が、炎の動きに合わせて揺らめく。
真っ黒な獣は異様な明るさに驚いたのか、まるで子犬のように高く弱々しい鳴き声を洩らすと、そそくさと逃げ去っていった。
思いもよらない状況に唖然とする。
ふわふわと戻ってきたガラス玉は、炎が元の大きさに戻っていた。
魔物避けの効果があるのか?
剣を収めながら、青い炎を見つめた瞬間。
「うっ……!」
きん、と高い音が頭の中に響いた。
こめかみを押さえて目をきつく閉じる。
突然、聞き覚えのある気がする声が頭に溢れだした。次々と聞こえてくる声はどれも早口でまったく聞き取れない。
不意に、頭の中が闇に塗りつぶされた。
そっと目を開く。視界中に広がるのは、夜闇と背の高い木々。
「……ここは……?」
周囲を見回す。森の中のようだ。
なぜ僕はこんなところにいるんだ?
突然の出来事に心臓が早鐘を打ち始める。
誰かいないのか? 夜の森の静けさが耳に刺さり、背筋に震えが走る。肩で息をしながら必死に状況把握しようとする。
あたりの気配を探る。従者たちの姿はどこにも見当たらない。
はぐれてしまったのか? でも兵たちが僕から見えない位置まで展開するなど考えられない。なぜ、どうして――。
と思い巡らすうちに、ふとこれまでの記憶が浮かびあがってきた。
「ああ、そうだ。僕は、彼女に会いたくて……」
宙に浮いたガラス玉に歩み寄る。
中に燃える炎は、少しだけ小さくなっている気がした。
本当に僕は、リリアナのことを忘れてしまうんだな……。
今のはもしかしたら、薬が徐々に効き始めている証拠なのかもしれない。
急いで会いに行かないと――!
空が白み始めた頃になって、遠くに見覚えのある建物が見えてきた。
きっとまだリリアナは眠っているだろう。
足音を立てないように注意しながら少しずつ近付いていく。
家全体を見渡せる場所で、ファリエルは立ち止まった。
早く君に会いたい。でも眠りを妨げるわけにはいかない。
ようやく久しぶりにゆっくりとベッドで休めて、ぐっすり眠っているのだろう。ずっと僕がベッドを占有してしまっていたのだから。
と思いながら改めて家を見た途端、カーテンが開いていることに気づいた。
夜は確か、カーテンを閉めていたはず。こんな朝早くに起きているのか?
窓に吸い寄せられるように、一歩踏み出す。
自分の足音が聞こえてきた瞬間、はっとして立ち止まった。
(窓から様子をうかがうなんて、失礼だろう……!)
朝の冷えた空気を胸いっぱいに吸い込んで、深く吐き出す。
白くなった吐息がそよ風に溶けていく。少しだけ落ち着きを取り戻す。
焦っていては、伝えたい気持ちもうまく伝えられない。
きっと起きてきたらなにかしら音が聞こえてくるはずだから、それまで待っていよう。
木の根元に腰を下ろして待とうと思い、辺りを見回した、その瞬間。
「――……さん、……」
人の声が聞こえてきた気がした。
息を詰め、耳をそばだてる。
気のせいか? でもリリアナの声に似ていたような。
もう一度耳に意識を集中する。
「……げほっげほっ。ううっ……」
「――!」
咳き込む音と、うめき声。
リリアナが近くにいるのか?
忍び足で歩き出し、窓に近付く。罪悪感を覚えながら中を覗く。しかし人影はなかった。
さらに進み、家の裏手に行こうとした瞬間。
「うう……ファリエルさん……」
リリアナがひとり泣いていた。
裏庭の畑の巨大キャベツに寄り掛かって座り込み、膝を抱えて肩を震わせている。ミルクティー色の髪に隠れた顔は真っ赤になっていた。
白い息を吐き出しながら、子供のように、しきりに目を拭っている。
「ファリエルさん、会いたいよ……。どうして私、追い出しちゃったんだろう……!」




