24 命の活かし方
少女の姿をした魔女は、ファリエルのいるベッドから少し離れたところで椅子に腰かけていた。足を組み、頬杖をついている。下ろした足は床に届いていない。
その赤い目の鋭さに魔獣を思い出してしまい、ファリエルはそっと顔を背けた。
目だけで辺りを見回す。リリアナの部屋と比べてどの調度品も古風で、魔女の寿命の長さがうかがい知れる。手元に視線を戻すと、淡い色の花柄の布団を被っていることに気づいた。コーデリアのベッドを占拠してしまっているようだ。
深いため息に、思考がさえぎられる。
コーデリアは長い黒髪を払うと白けた風な目つきをした。
「あんなに高い崖から落ちて、よくも生きてたものね」
身体中に走る痛みに、ずいぶんと高いところから落ちたことを実感させられる。きっと彼女に見つけてもらえなければ、そのまま朽ち果てていたかもしれない。
運がよかったと言えるのか、それとも――ファリエルは、痛みの波をこらえながら率直な疑問を投げかけた。
「あなたは……僕を殺そうとしていなかったか? 助けてくれたことには感謝する。でもなぜ――」
「死んだか確認しに行ったらまだ息があったから、新しく開発した回復薬をあんたで試しただけよ」
「そうか……。ありがとう」
御礼が口をついて出る。
でも同時に、もうひとつ別の気持ちが浮かんできた。
(死にそびれてしまったな……)
視線が下がっていく。唇を引きしめて言葉を呑み込む。
命の恩人を前にして言っていいことではない。
「なによその顔。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
コーデリアが苛立たしげに声を張りあげる。
そのヒステリックな声は、かつての婚約者の演技を思い起こさせた。
心臓がぎゅっと締めつけられる。沈み切った心がさらに深みに堕ちていく。
半ば投げやりな気持ちで心境を吐き出した。
「正直なところを言うと……僕にはもう、生きる理由がないんだ」
「はっ、情けないこと。『死にたい』とは言えないのね」
「……」
彼女の言うことはもっともだ。
命を奪われる瞬間を知ってしまったせいだろうか。
僕はまだ、自ら命を捨てる覚悟ができていない――。
窓の外から木々のざわめきが聞こえる。それはリリアナの家で聞いた音とほとんど一緒だった。胸の奥にしまい込んだ記憶が簡単に引き出されてしまう。
もう二度と戻れない日々を思えば、いっそその記憶を抱き締めて、いつまでも眠り続けたい――そう願わずにはいられない。
ファリエルがなにも言えずにいると、コーデリアが足を組み直した。
また黒髪を払って、淡々と切り出す。
「生きる理由を失くしたなら……、そうね、記憶を消す薬を作ってあげるわ」
「記憶を消す薬……」
リリアナのことを忘れる――。
そうなった瞬間を想像するだけで、ぼろぼろになった心に痛みが走る。
でもリリアナを想えば想うほど、彼女の方から別れを告げられた事実が胸を押しつぶし、思考が停止する。
本来なら僕は、125年前に死んでいたはずだ。
リリアナを想いながら死を選ぶのも、リリアナを忘れて別人に生まれ変わるのも、もはや露ほどの差もないように思えた。
「その方が……いちからやり直せていいのかもしれないな……」
「あきれた。さすが王子様ね。尽くされるのが当然って思っているんでしょう」
すかさず鋭い口調を叩きつけられて、思わず顔を上げる。
別の意図があるのか?
でもなにも思いつかず、次の言葉を待つ。
するとコーデリアが顎を上げ、口の端を吊りあげた。
「あんたの記憶を全部消した上で、なぜ殺されるかもわからないまま殺してあげる。生きる意味をなくしたなら、最期に私の腹いせに付き合いなさい」




