22 魔女からの宣告
ファリエルは、リリアナの家に戻ったあともずっとふさぎこんでいた。
リリアナの作ってくれた夕食を食べたときに感謝の言葉を口にしただけで、それ以外は言葉を発せなかった。
いつも心が癒されていた手料理も、まったく味がしなかった。
夜になった。
長時間歩き続けて疲れているはずなのに、眠れそうになかった。
森のざわめきが、やけに耳に刺さる。
リリアナは同じ空間にいるのがつらかったのか、『したい作業があるので別の部屋にいきますね』と小声で言い残して出ていった。足音から察するに、きっと台所にいるのだろう。
これまでと変わらずリリアナのベッドを占領し、力なく腰を下ろした。
床に視線を落とす。
そこに描かれていた魔法陣。その中央に呼び寄せられた日が、遠い昔のように思えた。
――僕は今、処刑されてから125年後の未来にいる。
あまりにも非現実すぎて受け入れられない。気持ちの整理がつかない。
廃墟と化したあの場所がボナマハト王国だったなんて、信じられない。
でも。確かにこの目で見た。王国は滅亡していた。
僕を殺した相手さえ、もうこの世を去っている。
彼らを糾弾することもできない。
なんの罪もないリリアナをも利用した者たちに、罪を償わせることもできない。
きっとこの世界に、僕を知る元国民などひとりもいないのだろう。
王国の歴史も残らず。文化も消え去り。
僕にはもう、帰る場所ががない。
リリアナ。もう僕には君しかいない――!
***
結局その晩は、一睡もできなかった。
それでも頭は冴えていた。リリアナに伝えたいことがあるからだ。
きっと迷惑を掛けてしまうだろうけれど。
僕を召喚した責任を取らせるようで、苦しいけれど。
僕はずっと、ここで君と暮らしていきたい――。
この気持ちを伝えたら、君はどんな顔をするだろう。
驚くだろうか。頬を染め、ぽかんと口を開けた表情が目に浮かぶ。
リリアナが居間に戻って来た。
ただでさえ色白な顔はますます白くなり、目の下にはくまができていた。
彼女もまた、眠れなかったのだろう。
じっと見つめても、視線を返してこない。
うつむいて、思い詰めた顔をしている。
そんな顔をさせてしまってすまない。
それでも僕は――。
今から伝えようとしている言葉を想浮かべれば、心臓が早鐘を打ち始める。
ファリエルは、一度深呼吸すると、意を決して立ち上がった。
まっすぐにリリアナを見る。
「リリアナ――」
「ファリエルさん」
ファリエルが呼び掛けたのと同時にリリアナが顔を上げた。
アクアブルーの瞳が切なげに揺れる。
今にも泣きだしそうな面持ち。
ただごとじゃない雰囲気が、想いを伝えることをためらわせる。
息を呑む。さらに鼓動が加速する。
ファリエルが黙ってリリアナが話し始めるのを待っていると、リリアナが顔を逸らした。その横顔は、どこか魂が抜けたかのような無気力さが漂っていた。
「……もう、お身体、回復されましたよね」
「あ、ああ」
「……魔女は、魔女というものは……孤独に生きるものなんです」
「――!」
リリアナが今からなにを言おうとしているか、気づいてしまった。
ああどうか、その続きは口にしないでくれ――!
振り向いたリリアナが、ほんの少しだけ目を細めた。
肩で息をしている。唇が震えている。
「……ですから、もう……出ていってください」
目の前が真っ暗になった。
今まさに。とうとう――僕は処刑されてしまった――!
でも、それでも。
落ち込んでいる顔を見せるわけにはいかない。
リリアナに罪悪感を抱いて欲しくないから。
ファリエルはもう一度、全身で息をした。
無理やり動揺を抑え込み、こちらを見ていない恩人に敬礼する。
「これまで本当に……世話になった。ありがとう、僕を……救ってくれて」
みっともなく声が震える。
リリアナはなにも言わなかった。
深くうつむき、ミルクティー色の髪で顔を隠している。
「……さようなら、リリアナ」
背を向けて、歩き出す。
その瞬間、目の奥が熱くなった。
息を詰めて涙をこらえながら、魔女の家をあとにした。
リリアナは、ずっと無言で立ち尽くしていた。
床を踏む、耳慣れた足音。
ゆっくりと扉が開く音。そっと閉じられる音。
枯葉を踏む音が、少しずつ遠ざかっていく。
完全に音が消えた瞬間。
リリアナは無我夢中で駆け出した。
急いで扉を開け放ち、外へ飛び出す。
辺りを見回す。人影はもう、どこにも見えない。
「ファリエルさん……!」
その場にくずおれる。
抑えていた涙が一気に溢れだした。
両手で枯葉ごと土を握りしめる。落ちた涙が染み込んでいく。
「ごめんなさい、ファリエルさん……!」
――ファリエルさんと過ごす日々が、ずっと続いて欲しいと思っていた。
私が召喚してしまったんだから、ファリエルさんが『帰りたい』と言わない限りは、いつまでだってこの家でのびのびと暮らして欲しかった。
でも、私の渡したお守りのせいで。
ファリエルさんは処刑されてしまった。
召喚した直後に見た、身体中に刻まれた深い傷。
きっと処刑される前に拷問されたんだ。
どれほど痛かっただろう。苦しかっただろう。悔しかっただろう。
胸が押しつぶされる。
この痛みで死んでしまえたらよかったのに――!
「ごめんなさい、ファリエルさん……! 追い出しちゃって、本当にごめんなさい……!」
優しい王子様と過ごした日々が、次々と浮かんでは消えていく。
身体を拭いてあげたときのこと。育ててもらった野菜が大きくなりすぎたこと。
薬作りに失敗して目が見えなくなったときに、一晩中そばにいてくれたこと。
ご飯を食べるときはいつも、なんてことない料理をおいしそうに食べてくれた。
『リリアナの手料理は、本当においしいな』って微笑んでくれた。
ずっとこのまま、ファリエルさんと暮らしていけたら。
何度そう願ったか分からない。
「でも私、ファリエルさんと一緒にいちゃダメなんだもん。私のせいであんなに傷つけられて、殺されそうになったんだから……! ぜんぶせんぶ、私が悪いんだ……!」




