2 処刑された理由
まどろみの中で、激動の日々が繰り広げられていく。
――ファリエル様。わたくしは、お美しいファリエル様にふさわしくないのです……!
きっかけは、婚約者のそんな嘆きだった。
外見を褒めたたえられるのは、ファリエルの日常だった。
銀白色の髪、淡紫色の瞳。類まれなる美しさと絶賛される容姿。
それは、婚約者のプレッシャーとなっていたようだった。
彼女が泣くたびに、『君は君らしくあればいい』と慰めてきたつもりだった。
それでも日に日に病んでいく彼女が、ある日、涙ながらに訴えてきた。
――ファリエル様。わたくし、どうしても魔女の秘薬が欲しいのです……!
――絶大なる効果があると言われている秘薬で、美しくなりたい……!
森の奥に潜み暮らすと言われている魔女。
不吉だと、人々から忌み嫌われている存在。『関わったものは不幸になる』とまで言われている。
王族である僕が魔女と会い、国民を不安がらせたくはない。
返答を渋っていると、婚約者が泣き始めてしまった。
――ファリエル様に見合う美しさを手に入れるためならば、毒だって飲み干してみせます!
――ですからどうか、わたくしのわがままを聞いてはもらえませんか?
それで彼女の心が安定するならば――。
詫びのような気持ちがあったのかもしれない。
周りが決めた婚約であっても、彼女は恋人のような関係になりたがっていた。
でもファリエルにとって、魅力を感じる点はひとつもなかった。
そして、心にもない『愛している』という言葉を口にできるほど、器用でもなかった。
無事に魔女の森から戻り、薬を手渡したときの彼女の様子は異様だった。
小瓶を握り締めた手を震わせて、目を爛々とさせて。
思えばあれは、自分の思い通りになった喜びを爆発させないようにしていたのだろう。
次の朝。慌てた様子の執事に起こされた。
『ファリエル殿下が魔女と通じ、国の乗っ取りを画策している』と噂が広がっているという。
直後、異母兄グンナールが兵を率いて部屋になだれ込んできた。その顔は、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
その後ろには婚約者が立っていた。扇子で口元を隠し、三日月形に目を細めて。
兄に疎まれていたのは分かっていたのに。
「ファリエル殿下こそ、次期国王にふさわしい」
「兄殿下がファリエル殿下より優れている点はひとつもない」――。
日々そんな声が聞こえてくる中で、兄が憎悪を募らせているのは感じていた。
でも婚約者と共謀していたと気付けなかったのは、自分の落ち度だ。
『必ず無実を証明してみせます』
兵の手を振りほどき、自ら牢屋に向かってみせた。
そのときはまだ、暗い地下牢で、自分がどんなに目に遭うかを全く想像できていなかった――。
「ううっ……!」
素早く起き上がり、迫る人影を押しのける。その瞬間。
「――きゃっ!」
高い悲鳴が聞こえてきた。牢屋では聞こえてくるはずのない女性の声。
目を開くと、リリアナが尻もちをついていた。アクアブルーの目を丸くして、ファリエルを見つめている。
夢の名残か、心臓が早鐘を打っている。ファリエルは乱れた呼吸を繰り返しながら、小さく頭を下げた。
「失礼なことをしてしまって本当にすまない……」
「気にしないでください。床の上で寝てたから、怖い夢を見ちゃったのかもしれませんね」
リリアナはその場に正座しなおすと、申し訳なさそうに微笑んだ。
「立ち上がれそうですか? もしよかったら、ベッドをお使いください」
「ありがとう」
その場に立つだけで、身体の重さを感じる。
同じ部屋にあったベッドに案内されて、すがるように座り込む。
すると、ふわりとハーブの香りがした。
「これは……君のベッドか?」
途端にリリアナが、ぎゅっとローブを握りしめて気まずそうな顔をした。
「あ、魔女が使ってるものだと気色悪いですよね、あはは……」
「まさか! 誤解を招く言い方をしてすまない。君の寝床を占有してしまうことが申し訳なくて」
「お構いなく! 私はまだ当分寝ませんので、ずっと使ってもらっちゃって大丈夫です!」
促されて、布団に潜り込む。悪夢で飛び起きたとはいえ、まだ眠気はあった。
柔らかな感触に包まれるだけで、意識が遠のいていく。
「おやすみなさい、ファリエルさん」
「ああ、――」
ありがとう、おやすみ、と――言い終えないうちに、ファリエルは眠りに落ちていった。
リリアナは、小さな寝息だけが聞こえる部屋に立ち尽くしていた。
おそるおそるベッドに近づいて、眠るファリエルの顔をまじまじと見つめる。
銀白色の髪が、色白の顔に掛かっている。
髪と同じ色のまつ毛は驚くほどに長い。
「なんて綺麗な人なんだろう。まさか、精霊じゃないよね?」
人型の精霊がいるなんて聞いたことがない。だから人間のはず。
だとしたら、どうして私、人間を召喚できちゃったのかな――。
「召喚前のことを聞いたら怖がってたような気がしたけど、なにしてたんだろう……」
頬が少しやつれている。薄く開かれた唇も、よく見ると荒れている。
「誰かに襲われたのかな。きっと怖かったよね。もう、なにも怖いことなんてないですからね。ゆっくり眠ってくださいね、ファリエルさん」
小声で話しかける。ファリエルは微動だにしない。呼吸で布団が動いていなかったら、人形に見えるくらい端整な顔立ちをしている。
寝顔を眺めているうちに、とくん、とくんと心臓が高鳴っていることに気づいた。
これまでリリアナは、戸惑っているファリエルを困らせないように冷静なふりをしていた。
遅れてやってきた緊張感に、どきどきが止まらない。胸に手を当てて、すうっと深呼吸する。
落ち着きを取り戻してから、改めてファリエルを見る。
その途端にふと、おぼろげな記憶が浮かんできた。
「ファリエルさんって、どこかで見たことあるような……。ううん、気のせいだよね」
だって、あの人はもう死んでいるはずだから――。




