19 信じがたい祖国の光景
森を行く間、互いに無言だった。
土を踏む音や木々のざわめきが、想いの渦巻く心を騒がせる。
街へ向かったときと同じだけ歩いた頃、リリアナが立ち止まった。
以前と同じく手をかざして、森を出る手続きをする。
前方から木々が消え去り、実際の光景が目に映った瞬間。
なだらかな丘が広がり、その向こうに見覚えのある山々が見えた。
毎日のように、城から見えていた自然の景色。
母が生きていたときも、ひとりきりになってからも、変わらずそこにある光景。
ああ、ここは。
確かにボナマハト王国だ――。
「……行きましょう、ファリエルさん」
「……ああ」
リリアナが、ミルクティー色の髪をなびかせながら歩きだす。
黒いローブをまとった後ろ姿を追いかけた。
街道をしばらく歩いたところで、ファリエルは完全に足を止めた。
「あれは……」
遠くに見えてきた王都の門。
ほとんど原形を留めていない。
その向こうに見える城もまた、ところどころが崩壊していた。
見るも無残な光景に思い知らされる。
ボナマハト王国は、滅亡したんだ――。
立ち尽くすファリエルに、リリアナが振り返る。
眉をひそめてアクアブルーの目を細めた。
「すみません、ファリエルさん。私、ジャーヴィスさんから話を聞いて知ってました、ボナマハト王国が滅亡したこと」
「……謝らなくていい」
微かに首を振ってみせる。
処刑された直後、リリアナに召喚されて。
そのときにすぐ『祖国はもう滅亡している』と聞かされたとしたら、到底受け入れられなかっただろう。
君を責めたいわけじゃない――顔を綻ばせてみせたくても、こわばった頬はどうしようもなかった。
顔を上げ、改めて祖国の惨状を目の当たりにする。
何が起きたかは、おおよそ想像は付く。
王位を継いだであろう兄グンナールに政治の才はなかった。だからこそ父は、革命派からも御しづらいと評されていた僕に王位を継がせたかったのだ。
でも僕が処刑されてしまった結果、兄が王位を継ぎ、革命派が王権を打倒したのだろう。
そして革命派の中に、国を治めて行けるほどの統率力がある者は居なかった。
無政府状態に陥り、国民が逃げ出し。
ボナマハト王国は滅亡した――。
廃墟を眺め渡しながら歩く。後ろからリリアナがついてくる。
見覚えのある街並みに、胸が締めつけられる。
物売りの呼び込み、子供たちのはしゃぐ声。
つい先日まで、そこは活気あふれる場所だった。
建物の残骸の散らばる大通りを進んでいく。人影は全く見当たらない。
しばらく行くと、王都の中央広場に到着した。
「っ……!」
全身の血が凍る錯覚。
見覚えのある処刑台がそこにはあった。
そこに蹴り出されたときの痛みと屈辱。
首を落とされる瞬間の、死を覚悟した記憶。
思い出したくもない光景が浮かびかけた矢先、耳鳴りがした。
足元がふらつく。
動揺をリリアナに悟られたくない。でも身体が言うことを聞かない。
ファリエルがその場にくずおれないよう必死にこらえていると、リリアナが処刑台に向かって駆け出した。
崩れかかった処刑台に両手を置く。
「これって……」
「……!? どうした?」
不可解なリリアナの行動に胸騒ぎがする。
歩み寄りたくても足が動かない。
風が吹き抜ける。砂埃が喉に絡む。
ファリエルが声すら出せなくなっていると、リリアナが泣きそうな声でつぶやいた。
「ここに、私の魔力が漂ってる……どうして?」
子供が泣きだす直前のような、か細い声。
全身を小刻みに揺らして、浅い呼吸を繰り返す。
ゆるく首を振り、また処刑台の上を怯えたような手つきでなぞる。
しかしすぐに手を止めて、深くうなだれた。
リリアナの魔力が、処刑台に残っていた――。
受け入れがたい事実が闇の渦となり、心が飲み込まれていく。
固く目を閉じれば、いくつもの出来事が繋がっていく。
僕がずっと、当時のリリアナにもらったお守りを着けたままでいたから。
きっと処刑される瞬間、魔女のお守りが僕を守ってくれたんだ――。
もう、隠しようがない。
ファリエルを顔を上げると、立ち尽くすリリアナをまっすぐに見た。
「僕は、そこで……処刑されたんだ」
「処刑!? あなたが!? なぜですか!?」
「……」
無言を返すことしかできない。それが答えになってしまった。
リリアナが、見る間に青ざめていく。
「……魔女に会ったから、あなたは罰せられてしまったのですね……」
そうつぶやいたリリアナが、その場にくずおれた。
アクアブルーの瞳が涙に覆われていく。
「本当に、ごめんなさい……! 私が……! 私のせいで……!」
「――君のせいじゃない!」
声を張りあげる。ここまで大声で叫んだのは今まで生きてきて初めてだった。
リリアナに向かって駆け出す。
なんのなぐさめにもならないことはわかっている。
それでも自分の言葉が嘘ではないと、彼女の手を握って伝えたい。
処刑台に駆け寄り、リリアナの前に膝を突こうとしたその瞬間。
「――なんであいつの弟が生きてんのよ! 処刑されたはずでしょう!?」
背後で爆発音がした。凄まじい爆風に吹き飛ばされそうになる。
地面に手を突いてリリアナに覆い被さる。
砂埃が一面に舞う。
腕で顔をかばいながら振り返る。
すると、黒いローブをまとった少女が宙に浮いたほうきの上に立っていた。
その赤い目は血走り、黒く長い髪が揺らめいていた――。




