16 魔女と見知らぬ街へ(後編)
密かに緊張しながら、街へと足を踏み入れる。
新参者が珍しくない場所なのか、誰一人として振り向きもしない。
その反応にほっとして、わずかに警戒心を解く。
今は長くなっている髪の陰から視線を巡らせる。
馬車が一台通れる程度の大通りが、ずっと先まで伸びている。
左右に並ぶ店はところどころが閉店していて、かつては賑わっていたことが窺える。
髪を払って改めて見回す。街並みに、まったく見覚えはなかった。
でも――。
店の看板のデザインだとか。
石畳の模様だとか。
露店で扱っている商品だとか。
『ボナマハト王国の文化とは違う』と、そう断言できるのに。
どことなく、自国の文化を思い起こさせられる。
そんな気がした。
(僕が意識しすぎてしまっているからだろうか)
冷静な判断が下せているか自信がなくなってくる。
でも行き交う人々のそばで、国名を出してリリアナに確認するわけには行かない。
どこに追っ手が潜んでいるか分からないからだ。
街の人同士の、店先のやり取りを盗み見る。
すると、見たことのない硬貨が使われているのが見えた。
通貨は大陸共通だから、ここがボナマハト王国と陸続きのどこかであれば、当然同じものが使われているはずだ。
でも、海を隔てた先の国の硬貨とも違うと断言できる。
随分と遠くに来てしまっているようだ。
もし本当にそうだとしたら。
なぜ僕の身に、そんな不可解な現象が起きたのだろう?
胸の中で、疑問がふくれあがっていく。
首を振って、考えるのをやめる。
それを追求することは、この心安らぐ時間の終わりを意味するから。
リリアナの元を去るべきなのはわかっている。
だったら僕は、どこへ向かえばいいのだろう――。
沈んだ気持ちで歩いていると、突然。
女性の怒鳴り声が遠くから聞こえてきた。
どうやらいたずらした子供を叱っているようだった。
「あんたねえ! そんないたずらばかりしてると魔女に食われちまうよ!」
「――!」
ファリエルの隣で、リリアナがぴくりと肩を揺らす。
声から逃れるように、そっとうつむいた。
落ち込むリリアナにお構いなしで、叱り声が続く。
「魔女は人間だって、鍋で煮込んで毒薬の材料にしちまうんだから!」
「いやだあ、うわああん……!」
子供が泣き出した。
この世の終わりのような泣き声が、胸を締めつける。
今聞いた叱り方は、ファリエルも聞き覚えがあった。
いつしかお忍びで街に出たときに、似たようなことを言われて子供を叱る親はいたし、『鍋で煮込んで……』というフレーズも全く同じだった。
(やはりどこでも魔女の扱いは変わらないのか)
得体の知れない存在。
だからこそ、恐ろしい。
魔女から被害を受けたことなど一度もないくせに、『きっと怪しい奴らに違いない』と決めつけて悪者扱いする。
横目でリリアナを見て、胸の中で人々に訴える。
本当は、こんなにも心優しい人なのに――。
早く用事を済ませて帰らなければ。
そう思いながら前を見据える。
すると道の少し先に、鍛冶屋の看板を見つけた。
隣に振り向いて、明るい声で呼びかける。
「リオルド様。あちらに入りましょう!」
「……あ、ああ。行こう、ファラ」
従者と主人らしいやり取りをして、自分たちの演じる役を改めて確認する。
視線を合わせて小さくうなずき合う。
ファリエルは、リリアナと一緒に鍛冶屋へと足を踏み入れた。
店内は、壁一面に様々な種類の武器が展示されていた。
ざっと見ただけでも品質の高さが伺える。
何店舗も巡らずに済みそうだ。ほっと胸を撫で下ろす。
辺りには金属や革の匂いだけでなく、汗やほこりのにおいも混じっていた。
騎士団の鍛錬直後の光景が浮かんでくる。
隣に立つリリアナが、少し困った顔をして唇を引き締める。
きっと、かぎ慣れない匂いに驚いたのだろう。
手短に用事を済ませよう。
そう思ったファリエルが店主に声を掛けようとした瞬間。
中年の男性店主が、先にファリエルを見つめてきていることに気が付いた。
武器を磨く手を完全に止めて、目を見開いている。
続けて頭の先から爪先まで、視線で何往復もされた。
「……!」
息を呑む。
まさか、指名手配でもされていたのか?
でも、それらしき張り紙はどこにも見当たらなかったのに……!




