14 魔女の変装方法
室内に戻ると、リリアナがテーブルの上に卓上鏡を置いた。
続けて小ぶりの平たい容器を差し出される。
中身は虹色に光る白いクリームだった。
「ちょっと塗るだけで全体に行き渡りますので、ささっと揉み込んでみてください」
不思議な色をしたクリームを指先に取り、手のひらに塗り広げる。
少しだけ緊張しながら髪に指を差し込んで、鏡の中の自分を見ながらなじませていく。
すると、銀白色の髪はあっという間にダークブルーに変化した。
はっきりとした色になった髪が、にょきにょきと伸びていく。
後ろ髪を手の甲で払ってみる。腰までの長さになったようだ。
改めて、鏡の中の自分と向き合う。
濃い色の髪が顔に掛かっているせいもあって、リリアナの言った通り、ぱっと見はファリエル王子には見えない気がした。
隣で両手を合わせたリリアナが、泣きそうな声を出す。
「わあああ……! きっと似合うと思ったんですよ! 本当によく似合ってます! 女性騎士って感じですね!」
「ふふ。ありがとう」
見た目に合わせて声を少し高くしてみる。
変装、ましてや女装など今までに一度もしたことがなかった。
長くなった髪をもう一度手で払ってみる。
女性は毎日手入れをして、美しさを保っているのだろう。
ふと、亡き母の後ろ姿がよみがえる。
優秀な文官だったのに、美貌のあまり国王に強引に愛妾にされてしまった、と――その事実を知ったのは母が暗殺されてからだった。
いきなり望んでもいない側妃にされた母。
それでも国王への恨みつらみは、息子であるファリエルの前では一度も口にしなかった。
そのせいで、ファリエルは父親である国王とは温かな思い出ばかりだった。
両親のおぞましいなれそめを知ったあとも、はっきりと父を憎み切れないのはそのせいだ。
ファリエルが沈んだ気持ちになった横で、リリアナが別の薬を棚から持ってくる。
「そしたら私は……思い切り髪を短くしてみようかな」
淡い黄色のクリームを、胸のあたりまでの長さの髪にすり込む。
ミルクティー色の髪は淡い緑色に変わり、すぐに耳が見えるほどに短くなった。
既に短くなっている髪を耳にかける仕草をしながら、自信のなさそうな顔をする。
「どう……でしょうか。変じゃないですかね」
「変なものか! とてもよく似合っている」
「ありがとうございます」
ぽっと頬を赤らめて、照れくさそうに笑う。
「実は性別そのものを変えられる薬もあるんですけど、かなり身体に負担がかかるんですよね。なので、街へ出るときはこうして気軽に見た目を変えられる薬を使ってるんです。これだけでも、結構男の子っぽく見せられるので」
「なるほどな」
確かにリリアナの言う通り、やや幼げな顔つきのせいもあって、さっぱりとした髪型は少年と青年の間くらいに見えた。
「では君が主人で、僕がお付きの騎士ってところだな」
「ええ!? そんな、おそれ多いです……!」
「でもその組み合わせにしないと、なぜ少年が女性騎士と共に行動しているんだろうと不思議がられてしまうと思う」
「なるほどそんな問題が……。分かりました、その設定で行きましょう!」
「では僕は、『ファラ』とでも名乗ろう」
「わ、素敵ですね! そしたら私はなんて名前にしておこうかな……。ファリエルさん、いえファラさん、よくすぐに名前を思いつけましたね。さすがです」
「元の名前を少し変えただけさ。リリアナは男性名にするなら、そうだな……『リオルド』でどうだろう」
「わあ……! とっても素敵です! 私、じゃなくてボク……はリオルド、ですね!」
自分たちの設定が決まったところで、リリアナがてきぱきと出かける準備を進めていく。
飲み物のボトルや、焼き菓子風の食料の入った袋を肩掛け鞄に詰め込んでいく。
また髪を耳に掛ける仕草をして、自分の髪の短さに気づいて苦笑する。
そんな可愛らしい様子を、ただ微笑ましく眺めていただけだったのに――。
ふと、リリアナのうなじをまともに見てしまった。
そのあまりの白さに、ファリエルは弾かれたように目を逸らした。
顔が熱くなる。
心臓が騒ぎ出す。
華奢な首筋が、目に焼き付いている。
(なにを盗み見しているんだ僕は! 失礼だろう……!)
別の方向を向いたまま深呼吸して、急いで動揺を鎮める。
誰かの前でここまでうろたえてしまったのは、もしかしたら初めてかもしれない。
ファリエルが固まっている間に、リリアナがチェストから服を取り出して部屋を出ていく。
しばらくして戻ってきたら、上下とも淡い色のシャツとズボンに着替えていた。さらに少年らしさが増している。
肩に掛けた鞄の位置を直しながら「お待たせしました」と微笑む。
準備が整ったようだ。
――今は僕は、女性騎士として振る舞わなければならないんだ。
変装は、堂々としていないと疑われてしまうから。
自分にそう言い聞かせて頭を切り替える。
少年じみた風貌のリリアナが振り向く。
ファリエルは、胸に手を当てて口元を微笑ませてみせた。
「……。では参りましょうか、リオルド様」
「わわっ。お、お世話になります、ファラさん」
「わたくしめに敬語はお使いになりませぬよう。わたくしは、あなた様の従者ですので」
「あ、そっか。えーと、じゃあ行こうか、ファラ」
「かしこまりました、リオルド様」
耳まで赤くなったリリアナが、歯を見せて笑いながら歩き出す。
ファリエルは、自分の動揺がばれなかったことにほっとしながら、リリアナに続いて家を出た。




