13 あと少しだけ
行商人が去ってから数日後。
ファリエルは、なまっていた身体を鍛え直そうと、早朝から剣代わりの枝を振っていた。
森のひんやりとした空気の中、 仮想の相手を頭に描いて、その動きと競り合う。
朝日が眩しくなってきた頃には汗だくになり、息が上がってきた。
肩で息をしていると、リリアナが家から出てきた。
その手には、飲み物とタオルを持っている。
「ファリエルさんが元気になって、本当に良かったです」
「本当にありがとう、リリアナ。君のおかげだ」
汗を含んだ髪を掻き上げて、微笑んでみせる。
するとリリアナが、ぴたりと足を止めた。
ぽっと頬が赤くなる。
照れる様子にファリエルもまた照れくささを感じてしまう。
お互いぎくしゃくしながらカップとタオルの受け渡しをする。
水に口をつけた途端に喉の渇きに気づいて、一気に飲み干す。
冷たい水が、火照った身体を冷ましていった。
和やかな時間の中でも、すぐに心に影が射す。
身体は完全に回復した。
いつまでもこうしてリリアナの世話になっているわけにはいかない。
それでも、あと少し。
あと少しだけ――。
「……リリアナ。君になにか恩返しをさせてはもらえないだろうか」
「恩返しなんてそんな! 元はといえば私がファリエルさんを召喚しちゃったのが悪いんですし」
「悪いはずがない。君は僕の命の恩人なんだ。なにか僕に役立てることはないか?」
自分でも必死だなと思いながらリリアナに畳みかける。
小首をかしげたリリアナが、視線を横に流す。
『うーん』とつぶやいてから、またファリエルを見た。
「そしたらお言葉に甘えて……、薬の素材を集めてきてもらえたらありがたいなって」
「採集か。喜んで引き受けよう」
「採集、でもうれしいんですけど……。ちなみにファリエルさんって、戦うのはお得意なんですか?」
いきなりの質問に、ファリエルは目を丸くしてしまった。
自分で『得意だ』と豪語するのは気が引ける。
でもこれまで兵士たちに混じって厳しい鍛錬を続けてきた自負はある。
「戦いの経験はある。役に立てそうか?」
「わ、ホントですか? そしたら魔物を狩って、魔石というものを集めて欲しいんです」
「魔石?」
「はい。魔物って、死ぬと身体が蒸発するみたいに消えるんですけど、魔物の生命力の源となってる石だけは消えずに残るんです」
「へえ、魔物とはそういう生き物だったのか……! 初めて知った」
ほとんど見たことのない生き物に興味を覚えていると、リリアナがファリエルの顔をじっと見上げてきた。
上目遣いの可愛らしさに息が詰まりそうになる。
「ちなみにファリエルさんって魔物を狩ったことはあるんですか?」
「……いや、ほとんど遭遇したことがないし、見かけたとしても撃退までだな」
「そっか。魔物って、ちょっと傷を負うとすぐ魔女の森に逃げ込んじゃいますもんね」
「ああ。深追いする理由もなかったし、とどめを刺すまで対峙し続けたことはないな」
少なくとも、王国周辺に出没する魔物はそういう習性だった。
そのため、国を挙げて対策に講じる必要もなかった。
改めて、手に持った太い木の枝を眺める。
魔物狩りは決定した。
でも魔物を追い払うのではなく倒すなら、武器が必要だ。
「この家には、なにか武器はあるだろうか。僕は剣が一番得意だから、剣があるとありがたいのだが」
「剣はないです……すみません」
「そうか。どこかで調達できるだろうか。ジャーヴィス殿は、しばらく来ないのだよな」
「そうですね、いろんな魔女のところを巡ってらっしゃる方なので」
リリアナが、地面に視線を落とす。
まばたきが増える。アクアブルーの瞳が揺れる。
なにかを迷っているらしい。
君のためなら、なんだってしてみせる――。
(いや、この言い方は重いと思われるか? リリアナの負担にならないような言い方は……)
とファリエルが迷っていると、リリアナが意を決したように顔を上げた。
澄んだ青い瞳がきらきらと輝いている。
「あのっ、もしよかったら……、一緒に街へ行きませんか?」
「街……?」
リリアナからの、予想外の誘いに目を見開く。
そんなファリエルを見上げたリリアナが、笑顔で大きくうなずいた。
「はい、ひとりだとちょっと怖いのでほとんど行かないんですけど、ファリエルさんがいてくれたら心強いです!」
(街へ出かける、か……)
リリアナの外出に同行したいのはやまやまだった。
でも、もし追っ手に見つかってしまったらリリアナを巻き込むことになる。
それだけは避けたい。
「……できれば変装していきたいものだな」
「あ、それはもちろん。私もこの格好のままじゃ怖くて森から出られないですよ」
「そうか。変装道具を持っているのか?」
「見た目を変えられる薬があるんです。試しに髪の色と長さを変えてみますか? 例えば男性なら、長くするだけでも意外と女性だって思い込んでもらえたりしますよ」
「なるほど。髪を長く、か……」
髪を伸ばしたことは、今まで一度もない。
(見苦しくならなければいいのだが)
違和感が生じるかどうかは、薬の性能とは関係ない。
ファリエルは少しだけ不安を感じながら、リリアナに続いて家に入った。




