11 魔女の家への来訪者(後編)
僕が王子だと気づかれたかもしれない――ファリエルが警戒感を抱いた途端。
ジャーヴィスが「よろしく」と歯を見せて笑った。
気さくな今の反応は、『これ以上追及しない』という意思表示だろう。でも違和感を覚えられたことは確かだ。
身に沁みついた振る舞いが出てしまったが、今後はうかつに出さないように気を付けなければ――。
ファリエルが反省する目の前で、商品のやり取りが始まった。
ジャーヴィスが、分厚いメモ帳にペンを走らせながらリリアナに尋ねた。
「ところで、こちらの御仁はたまたま今日ここに来たってわけじゃないんだよな?」
「あ、はい。実は……精霊召喚をしようとしたら、どこか間違ってたみたいで、ファリエルさんを召喚しちゃったんです」
「召喚? 人間を?」
「はい……。ジャーヴィスさんは、そういう話って聞いたことありますか?」
「いや、ないな」
「ですよね。私も記録を調べてるんですけど、全然見当たらなくて」
「ふーん……」
男が顎に手を当てて、ファリエルをまじまじと見つめた。
「ところで君、本当に人間なんだよな?」
「ん? ああ、もちろん」
人間以外の何者かになった覚えはない。確かに僕は生きている。
でも本当に僕は、死なずに済んだのだろうか――?
ファリエルが思い悩む一方で、行商人もまた、なにかを考える顔つきをする。
「不思議なこともあるもんだなあ。500年生きてきて初めてだ、魔女が人間を召喚できたなんて話」
「500年!? 貴方は一体……?」
改めて男を見る。どこからどう見ても自分と同じ、普通の人間だった。
ファリエルが唖然としていると、男がふと遠い目をした。
「俺は子供の頃、病弱だったせいで貧乏な親に捨てられてさ。そしたらとある魔女が拾ってくれたんだ」
リリアナから受け取った瓶を格子状の枠のついた箱に並べながら、話を続ける。
「彼女に恩返ししたくて『貴女のために生きる』って宣言したら、『私はもう老い先短いから、他の魔女たちに尽くして欲しい』って言われてさ。それで魔女並みに寿命が延びる薬を飲ませてもらって、こうしていろんな魔女の家を回って御用聞きしてるってわけ」
「魔女並み、というと?」
「魔女って人間よりもずっと長生きなんだよ。だいたい千年くらい生きるんだ」
「千年も……!?」
そんな話、一度も聞いたことがなかった――! ファリエルが新事実に驚いていると、リリアナが照れくさそうに笑った。
「私、225歳ですよ」
「全然見えない……! 年下かと思っていた。君はそんなに年上なのか!?」
「実はそうなんです。あ、そういえばずっと聞きそびれてましたけど、ファリエルさんっておいくつなんですか?」
「僕は二十歳だ」
「二十歳……」
すかさずジャーヴィスが小声でつぶやいた。
「なにか?」
「いいや、何でもない」
年齢の話はそれきりになり、リリアナとジャーヴィスが別の話を始めた。
最近の薬のニーズだったり、どの薬草が近年豊作で、逆にどれが希少になってきたとか。
耳慣れない薬草の名が次々と出てくる。リリアナは「もうこの値段じゃ作れないな……」とか「別の素材に切り替えてみようかな」などと、真剣な顔をして紙にペンを走らせていた。
付き合いが長いのだろう、ふたりの間には、男女にもかかわらずどこか親友めいた雰囲気が漂っていた。
ふと胸に違和感を覚えて、そっと息を吸い込み、吐き出してみる。
今までに感じたことのないもやもや感は、いくら深呼吸を繰り返しても晴れなかった。
会話を弾ませるふたりの声を聞きながら、考えを巡らせる。
国々を渡り歩いているであろうこの行商人なら、祖国がどうなったか当然知っているはずだ。
でもそれを尋ねたら――もし国が由々しき事態を迎えているとしたら――王子として国を捨ておくわけには行かない。リリアナのところに留まっている場合ではなくなる。
僕は、ボナマハト王国の第二王子だ。国民を見捨てるわけには行かない。
処刑台から見た光景を思い出す。僕を殺せと叫んでいた人々であっても、王位継承権を持つ者の義務として、国民のために生きなければならない。
リリアナを見る。彼女は僕を召喚してしまった責任を感じてここに留め置いてくれているのだろう。彼女に世話になりっぱなしでいいはずがない。
それでも。
ここから去れば、もう二度とリリアナに会えない気がする――。




