婚約破棄をしてくれないか?
この小説を開いていただきありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけると幸いです。
俺こと子爵家次男、ライド。
俺は今、この国でもトップクラスの権力者、この学園の生徒会長、王太子殿下に土下座をしていた。
――え?何やらかしたんだって?
違う違う、俺じゃない!俺は何もやってない!HAHAHA!
……何やってんだろ、俺。
ほぼデッドオアデッドの現状におそらく気が触れているのだろう。
入って来てから突然土下座をした俺に対し、殿下は震える声で「……とりあえず顔を上げてくれ」と言った。
俺は体勢は一切変えることのないまま顔だけ殿下に向けた。
「……君はなぜ、突然土下座を?」
殿下は得体のしれない生物を恐怖するような目で俺を見てくる。
――やめてくれ、正気だったら俺は絶対こんなことはしない、はずだ。
ふと、「お前ってちょっとずれてるよな」とかのたまう友人たちが頭をよぎったが、そんな事は無視しつつ、俺は話を始めた。
「三日前の事です――」
――三日前。
公爵家のジュール様が突然俺の元を訪れた。
彼は、俺を見るなり言い放ったのだ。
「ライド君。君にはジーレ嬢との婚約を破棄してもらいたい」
「は?」
突然のトチ狂った発言に、俺は飲んでいた麦茶を喉に詰まらせてしまった。
少しむせつつも、俺はジュール様に聞き返す。
「な、何故でしょうか?しかも、婚約の解消等ではなく、婚約の破棄などと……」
婚約破棄というのは、どちらかに過失があって初めて認められるものだ。それに、婚約破棄は、した方もされた方も両方名前に傷がつく。
この男は、一体何を言い出しているんだと思いつつ、ジュール様の話を聞き進める。
「簡単な事だよ。君には彼女を絶望のどん底まで突き落としてほしいのだよ」
「は?」
本日二度目の「は?」である。なんでわざわざジーレを傷つけなくちゃいけないのか?
「なんで俺がそんな事をしなければ――」
「当然だろう?傷ついたジーレ嬢を慰め、私がジーレ嬢と婚約するためさ!」
……なるほど、そういうことか。
こいつはジーレが狙いと。
「……帰ってください。話になら――」
「おおっと。それ以上はだめだよ?」
俺がジュール様を帰そうとした瞬間、突然現れた男によって首にナイフが突きつけられる。
「君はもう既に私の命令に従うしかないんだよ?」
そう言って彼が合図を送ると、男は俺の首の薄皮を一枚裂く。
「彼女の美貌、そして知識!そのいずれも君にはもったいない!私の傍で振るわれるべき力だ!そうは思わないかい?——まぁ、頭のよくない君には理解できないだろうけどね」
そう言って彼が指を弾くと、男は消えた。
「いいかい?返事は『はい』か『イエス』かだ。そうじゃない場合は、彼女は喪に付すことになるかもね」
「………………はい」
「——ということがありまして」
俺が詳細を殿下に告げると、殿下は眉を顰め、そしてじっと俺を見る。
「何故、私に?君と私には面識など一切ない」
殿下は座っていた椅子から立ち上がると、俺にソファに座るように命じてコーヒーを出した。
どうやら興味を引くことができたようだ。
それに、懸念も無くなった可能性が高い。
「現状を鑑みて、一番この方法が良かったと思ったからです」
「なるほど?」
殿下はコーヒーを一口飲む。
「それは君の家族に知らせるよりも?」
「はい。俺の家は子爵家ですから、もしも家族が動けば、家が標的にされる可能性があります。そうなると、出来れば身分の高い相手に行くのが最善かと」
「身分が上なら極端な話、私の父もいるし、ジュールの父親も厳格な人だ。君の話を聞いてくれる可能性はあっただろう?」
……その方法も考えた。しかし。
「先ほども言った通り、俺にはすぐに命を狙える監視がついているようです。手紙なんかを悠長に書いていれば物理的に首が飛ぶでしょう」
「ならここで話すのも……いや、ここだからか!」
「はい」
ここは学園の、生徒会室。それも現在王族の生徒会長のいる部屋である。
セキュリティが厳しいなんてレベルじゃないだろう。
それに、こんなところで俺を殺してしまえば、どう考えても調査され、真犯人まで見つかる可能性も高い。
ある意味で賭けだったし、今も上手くいっているのかは分からない。
「……で?こんな危険を冒してまで君がしたいことはなんだ?私に保護でもしてもらいたいのか?」
「いえ。私が殿下にお願いしたいのはたった一つだけです」
三日間の熟考の末、俺は、覚悟を決めた。
「俺が死亡、もしくは婚約破棄の憂き目に遭った際には、ジーレをどうかジュールから守っていただきたいのです」
そう言った俺に殿下は息を呑んだ。
「……君は、どうなっても良いと?」
「はい。……『俺の命を守って、家族を守って、彼女を守って』なんて、差し出せるものが無い俺にはできないお願いですから。だから、一つだけ、たった一つだけの一生に一度のお願いってやつです」
――俺なりに、どうすれば助かるか、必死で考えた。家族に相談、ジーレに相談、逃げる、言う通りにする。
不用意な相談は、被害を広めることになりかねない。家族はもちろん、ジーレに相談すれば、きっとジュールはなりふり構わなくなってしまうだろう。
逃げたり、言う通りにすれば、もしかしたら命だけは助かるかもしれない。
だが、その先はおそらく平民以下。貴族の暮らしを享受してきた俺にとっては一日先すら真っ暗な世界だ。
それに、ジーレはどうなる。確かに、ジーレとは政略結婚。愛しているとは言えない。
でも、大切な友人だ。彼女を不幸にしてでも手に入れようとする男がいて、彼女は幸せになれるのか。
俺はそうは思えない。
だったら、この命、最後ぐらい彼女の為に散らすのも悪くはない。
殿下は、考えを整理するように、コーヒーを飲み、そしてそっとコーヒーカップを置く。
「一つだけ。——私は彼と仲が良い。グルだとは思わなかったのか?」
「…………」
俺は黙りこんでしまった。——それを否定できなかったから。
「いい。君の本心を伝えてくれ」
「…………正直に言えば、グルである可能性を疑っていなかったわけではありません。」
殿下は無言のまま、じっと俺を見ている。
「しかし、公爵家ほどの人間からジーレを守れる人間だったのは、殿下ぐらいであった事」
「——そして、殿下が婚約者のマリー嬢と大変仲睦まじいとの噂を信じて、ここに来ました」
俺は、そこまで言うと、椅子から立ち上がり、再び頭を下げる。
「お願いです。……どうか、ジーレを守ってください」
殿下は、じっと俺を見据え、そして首を振った。
「残念だが、君の提案は受け入れることはできない」
「そんな――」
殿下は、立ち上がると、俺の手を取る
「私は君に興味が湧いたよ。ライド。まだまだ語り合えることが多そうだ」
「——え」
「君も、ジーレ嬢も、もちろん二人の家も。私が守ろう」
俺は、そんなの畏れ多いと首を横に振った。
「い、いえ、そんな……殿下に利が――」
「君自身が利、なんだよ。私にはない考え方、私にはできない判断。正直、君を守ることで受ける被害と利益の差を考えると、君を守った方が良いと私は考えた」
そう言って殿下は俺の肩をぐっと握った。
「——これからよろしくね?ライド君」
――その後。
ジーレに怒られたり、何故か俺が宰相補佐なんてやばい役目に登用されるなんてこともありましたが。
――俺は元気です。