第31話 なんかまた来た
二週間ほどの間、クランクに滞在した草薙たち。その頃になればナターシャの仕事もあらかた片付き、終わりが見えてきた。
すると、エルケスの冒険者ギルドから撤収の連絡が入る。
『諸外国からの情報を入手したため、ナターシャ嬢と共にエルケスへ帰還せよ。それと、タケルに対する暗殺の話もしたい』
ギルド長からの簡潔な手紙だ。
「では、私たちはエルケスに帰還しますわ。研究結果は随時書面でお送りいただけると助かります」
「もちろんです。お帰りのご無事をお祈りします」
こうして草薙たちは、クランクの街を後にする。その際には、十人ほどの住民からデュークワイバーン討伐のお礼を受けた。
「お礼として色々と受け取ってしまったな」
「そうだな。果物にパンに小型の鍋。いくつかは贈与としてギルドに申請しないと駄目そうだな」
「ギルドもなかなか厳しいですね」
そんな話をミゲル、ジーク、草薙がする。一方で女子のほうは、クランクの街で買った雑貨などを紹介し合っていた。
そのような感じで最初に来た街道を戻り、ジョーディの街へ寄る。ここで一泊してカレロ街道を北に進むのだ。
カレロ街道の道中までは順調である。気になることと言えば……。
「最近ちょっと涼しくなってきましたねぇ」
「そうだな。もう十月下旬だからな。これから冬になる」
「もうそんな時期ですか」
確かに街道脇を見てみると、広葉樹林の葉は赤く色づいていた。
(そういや、夏用の服しか持ってなかったな。冬がどこまで寒くなるか分からないけど、金はあるからエルケスの街に戻ったら防寒着でも探すか……)
そんなことを考えている時だった。急に馬車が止まる。
「うおっと……」
と同時に、マシューの怒号が聞こえる。
「バカヤロー! 死にてぇのか!?」
その声に、草薙たちはビビる。
「なんだ急に?」
「マシュー、どうしたの?」
ナターシャが御者席にいるマシューに聞く。
「どうしたもこうしたもないですよ。変な男が急に馬車の前に出てきたもので、文句を言ったまでです」
窓の外を見れば、確かに謎の男が馬の前に立っていた。男を見たミゲルは、馬車から降りて話をしに行く。
「大丈夫ですか? どこか怪我でもしているんですか?」
「いや、そういうわけじゃあねぇ」
その男は右手でミゲルの顔を掬い上げるように動かす。それと同時に、手のひらから炎があふれた。
その炎はミゲルの顔面に命中しそうになったが、ミゲルは間一髪の所で回避する。
「ほう。今の攻撃を避けるか。面白い」
「貴様、カタギの人間ではないな?」
ミゲルは剣に手をやり、今にも抜刀しようとしていた。
ミゲルの様子を見た草薙たちは、馬車から降りてミゲルのそばに駆け寄る。
「あぁ、俺はそんじょそこらの一般人とは違う。反王家派の雇われだと言えば分かるだろう」
その言葉を聞いて、草薙は身構える。ミーナたちも自分の武器を構えて相対する。
「クソ、ここで暗殺者が来るか! 俺たちは逃げるぞ!」
マシューの判断で、ナターシャたちは馬車に乗り込み、その場から逃げる。
「そこにいるお兄さんが話題のタケルだな?」
そういって男は草薙のことを指さす。
「そうだ、と言ったら?」
「まぁ、まずは挨拶代わりに殺すがね」
草薙の返答に、男は答える。その瞬間、男の姿は消えた。
しかし草薙にはギリギリ見えた。その男がジグザグに動きながら接近してくる様子が。そして草薙の顔面に向かって拳を振るってきた。
「うっ……!」
草薙は反射的に腕を前に出し、男の拳を止める。
「俺のためにも、さっさと死ねぇ!」
「ぐぅぅぅ……!」
猛烈な攻撃をしてくる男に対し、草薙は下がりながら防御に徹するしか出来ない。
「オラァ!」
強烈な右フックが草薙の腹に命中する。草薙の体が一瞬宙に浮き、吹き飛ばされた。
「ぐはっ……」
「タケル!」
草薙は地面に転がり、無防備な姿を曝してしまう。それを見たミゲルとジークが、男に向かって攻撃を仕掛ける。
『アガスト・ミギー!』
幾千のダガーナイフが降り注ぐ中、ミゲルが男に斬りかかる。
「甘い」
斬り込んできたミゲルの剣を躱すと、降り注ぐダガーナイフを手から噴出した火炎で吹き飛ばす。
「ふっ!」
その直後も斬り込み続けるミゲルの攻撃を、男は連続で躱していく。
「クソ、なぜ当たらない……!」
「貴様もなかなかの手練れだが、動きが単純だな。それで俺に勝つことは出来ない」
そういって男はトンッと後方に飛ぶ。
二人が戦っている間にミーナとアリシアは草薙の元へと走る。
「タケルさん、大丈夫ですか!?」
「なんとか……」
向こうのほうでミゲルとジークが戦っているのが見える。
(少しダメージが入っているが、まだ大丈夫……)
腹部を抑えつつ、草薙は立ち上がろうとする。
「待ってください。今回復させます」
そういってアリシアが回復魔法をかける。
『パライト・ライト』
淡い緑色が草薙の体を覆う。腹部にあった痛みが徐々に引いていった。
「痛みが消えた……。これならいけるかも」
草薙は立ち上がり、男に向かって歩いていく。
「暗殺者なら、逆に殺される覚悟を持っているってことだよな……? だったら、俺がお前を殺してやる。俺を殺せるのならな……!」
草薙は覚悟を決めた。