ひとりぼっちのオオカミは灰色の国で夢を見る
昔々あるところに水の国と言う小さな島国がありました。そこには雨を自在に降らせることのできる力を持った美しい姫が住んでいました。姫のお陰で水の国は水に困ることなく、大地が潤い、木々が生い茂る美しい国として小さいながらも栄えており、人々は幸せに暮らしていました。しかし、その幸せは長く続かず、ある時、姫が忽然と姿を消してしまったのです。
水の国の住人たちは隣に位置する砂漠の野蛮な人間たちの仕業だと考えました。砂漠の国は雨が滅多に降らず、土地が干からびて草花が育ちにくく、水の国との貿易で生活できているようなものでした。
雨が降らなくなった水の国の人々は言います。「あの砂漠のものどもが自分の国を豊かにするために姫を攫ったに違いない。」「どんな手を使っても今すぐ姫を取り返すのだ。」と。
今にも攻め込んでこようとする水の国に砂漠の王子がいいました。
「我が国は決して水の国の姫を攫ってなどいない。疑わしければ国中を探してみろ。」と。
しかし水の国の人々は信用しません。王子の言葉を聞いてもなお嫌疑をかけ、攻め入ろうとしてくるのでした。今にも戦争が始まりそうになったその時、王子が声をあげます。
「ならば自分が姫を探しに行って見つけてきてやる。」と。
それから王子は世界中を旅しました。寒さの厳しい吹雪の国や雷が轟く荒天の島国、はてには美しい花々が咲き誇る名もない小さな国にも行き、毎日毎日姫を探し続けました。そしてある時この世界で1番大きな太陽の国に辿り着きました。そこはどこの国より発展していて村ではなく、人々が賑わう街ができていました。街には見たこともない色々な物が売ってあり、王子は目を輝かせますが目的を忘れてはいません。この国でも姫を探していると、ある時ついに姫を見つけることができたのです。王子は姫にこれまでの事を話しました。しかし、姫はこう言いました。
「私はもうあの国に戻ることはできません。どうかお許しください。」と。
しかし、王子は国のために諦めることなどできず何度も姫を説得します。王子の説得に心折れた姫は自分がつけてあるイヤリングを一つ、王子に預けこう言いました。
「このイヤリングを持って水の国にある神殿に祀りなさい。そうすれば遠くいる私から雨たちに話をしてあげましょう。」と。
王子は姫に感謝し、姫のイヤリングを持って国へと帰ります。水の国へ着くと王子は王様に姫と話したことを全て伝えました。王様はその話を聞いて、姫の言った通りに神殿へイヤリングを祀りました。するとどうでしょう。ずっと降っていなかった雨がぽつりぽつりと降り出したのです。王様は王子に大層感謝をし、砂漠の国へと謝罪しました。
「もう二度とあなたたちを疑うことはしないと誓おう。」と。
それから以前のように雨が降る様になった水の国は、砂漠の国と大変仲良くなり、みんな幸せに暮らしました。
「ねーねー!これ、どう思う?」
一人の男の子がコソコソと隣で眠る男の子に話しかける。
「あー?…ってこれ!?おい!なんでこんなモン持ってんだ!もしかして禁書庫に忍び込んだのか?!」
「ち、違うよ!廃材部屋で今日見つけたんだ。」
「ばっか!にしても持ってくるやつがあるか!死にたいのか?!」
「大丈夫だよ!大人にバレなきゃ!」
人創暦175年、グリーズ帝国のとある施設の一室での出来事である。
ここ、グリーズ帝国では「夢」は人を堕落させ、労働不足や経済破綻を深刻化させると言う考えのため「夢」を見るということは禁忌とされている。そのため「夢」を持つことは重罪であり、老若男女問わず即刻処分される。また、「夢」は感染するとされ、「夢」を語る者は感染源として処分され、感染源の影響で「夢」を見る者は感染者と見なされ、その者も処分対象となる決まりとなっていた。徹底して「夢」を禁じているこの国では「夢」を彷彿とさせる絵本や物語、それに関わる資料は全て処分されており、ここの国民は誰一人としてそう言う物を見たことがなければ、想像することすらない。他人に無関心でただ黙々と己に課せられた仕事を行い、生きるためだけの食事をし、生きるために寝るだけの日々がこの国の国民には普通であり、人々はこんな毎日に疑問を抱くことは無い。
そのため、少年たちが見たこともない色とりどりに描かれたその絵本に没頭するのも無理はなかった。
絵本を見つけてきた少年アラはそれから毎日寝る前にあの絵本を、共に眠るルーと一緒に見るのが日課となっていた。ルーもルーで初めて見る絵本に夢中になり、夢の中で絵本に出てくる様々な国々を想像するようになっていった。
「水の国ってどんな感じなんだろう。雨ってここみたいに黒く無いのかな?水の中は泳げるのかな?ここは池はあるけど有毒物が混ざってるから泳げないし。」
「そりゃ泳げるだろ!きっとバケツの水よりも透明なんだろうな。」
「じゃぁさ!じゃぁさ!美しい花ってどんなかな?」
「花ってのを見たことねぇからわかんねぇよ。」
「そりゃそっか!いいなぁ。いつか行ってみたいなぁ。」
「俺は太陽の国に行ってみてぇなぁ。どんなものが売ってんだろ。」
「じゃあさ!いつか砂漠の王子みたいに世界を見てまわろうよ!」
毎日毎日飽きもせず、そんな話を繰り返していた。時には絵本の中にはない国を2人で想像して楽しむことだってしていた。そこにはこの鬱屈とした国には無い空気が生まれていた。
ある時学校の試験で良い成績を取り、報奨を与えられることになったアラは自分が将来貿易の要となるために他国民との交流を求めた。学士長は快く受け入れ、1週間後にアラを異国民が住まう、こことは違う別の施設への入所を進めた。その話を聞いたルーは疑問に思い、アラに問いかけた。
「おい、おかしくねーか?今まで報奨なんて向こうが勝手に決めてたろ。なんでアラのときにだけそんなことを?」
「さぁ?でもこれで異国の話が聞けるチャンスができたんだよ!」
腑に落ちないルーはその日学士長の部屋へと忍び込む。こんなことがバレたら鞭打ちじゃすまないかもしれない。そんなことを思いながらももう後戻りはできないためやるしかなかった。
誰もいない学校を一人、静かに歩きながら学士長室へと向かう。誰もいないことを確認し、鍵は古びた昔の施錠のままなので針金で簡単に開くことができる。中に入ると両サイドにはたくさんのファイルがびっしりと本棚並べられていた。アラについてはきっと機密事項だと思うので鍵の付いた引き出しだろうと踏み、鍵穴に針金を入れていく。カチャカチャカチャと穴を弄る音が部屋に響く。すると、カチャンと鍵が開く。引き出しを開けると、薄めのファイルと書類が入るであろう大きめの茶封筒が入っていた。まずはファイルを確認すると、今期の学生の上位成績者の名前と成績、性格などの詳細が書かれてあった。アラは常に首位だったので1番上に名前があり、すぐに見つけることができた。指でなぞって内容を確認していく。
「勤勉で真面目。模範的な解答が多く見られる、と。…ん?しかし、向上心があり過ぎるため要注意…。」
すかさず茶封筒の方も確認をする。そこには赤字で処分対象の文字。震える手で一枚一枚確認すると、以前学校に在籍していた子どもたちの写真と名前が書いてあるではないか。見たことある子どもと知らない子ども、病気がちで学校にこれなかった子どももいる。この子どもたちはどうなったのか、そんなことを頭で考えながらも心は別のことに支配されていた。どうかアラの名前がありませんように———。しかし、願いは虚しくもその少年の名前と写真を見つけてしまう。ルーは急いで部屋へと戻り、アラに全てを話した。このままでは処分されてしまう、逃げるしか無い、でもどこに?どうやって?大人に見つからず、子どもだけで生活するのも、この閉鎖された国から出るのも不可能だ。頭が追いつかない。心が受け入れられない。混沌とした思考の中でアラの声だけがすんなりと聞こえた。
「大丈夫。もし処分されても君のことは絶対に話さないと誓うよ。だから安心して。」
その言葉に、涙が溢れた。不甲斐ない自分を、この世界を、悔やみながらとめどなく溢れる涙を声を押し殺して止めようとする。しかしアラはそんなルーをそっと抱きしめてこう言うのだ。
「ただ同室だっただけの僕をそんなに哀れんでくれるのはきっと君だけだね。僕はそれだけでこの世界に勝ったような気分だ。」
それから1週間後。
予定通りアラは学士長に連れられて学校を去った。
一人分の荷物が空っぽになった部屋でルーは何もなしに呆然と立ち尽くした。そして、じわりと涙が出てくるのだ。アラと特別仲が良かったと言うわけではなかった。ただ同じ部屋で同じ時間に寝て、時には勉強を教えてもらい、またある時には本を開けると紙が飛び出すイタズラをして揶揄っていた。ただそれだけなのに、次々と思い起こすアラとの日々に胸が張り裂けそうだった。工場の煙で埋め尽くされた灰色の空はただ生ぬるい風を彼へと吹きかけるだけだった。
それから暫くたったある日、季節はもうじき冬が来ようとしていた。ルーは自分の引き出しが開けにくくなっているのに気がついた。何かが詰まっているのだろうか。隣でガサガサしているルーに同室のサンジュが本を読みながら興味なさげに話しかける。
「大丈夫か?」
サンジュはアラがこの部屋から居なくなってすぐに入ってきた新しい同室相手である。ルーはサンジュにいつものように返事をして引き出しに突っかかっているものを引っ張っていた。
「あぁ。だいじょうぶっ!と、」
詰まっていたのはよく見る学校の備品で手紙を入れるサイズの白い封筒であった。なんだこれ?こんなものは知らない。いつの間に引き出しに入っていたんだ?自分が何度か引き出しを開けたときには入っていなかったそれをよく見ると裏にはテープが貼ってあった。どうやら引き出しの天井部分に貼り付けてあったようだ。差出人の名前も何も書かれていないその封筒をまじまじ見ながら封を切る。中に入っていたのは一枚の手紙。内容は『全てを委ねる。waste2 N-5 W-3』とだけ書いてある。頭の上にハテナを飛ばし、手紙の内容について考えてみるが何も思いつかない。とりあえずルーはその手紙をサンジュにバレないようにポケットに忍び込ませた。
それからことあるごとにルーはあの手紙のことを思い出していた。
「(wasteは無駄、無駄な物、…ゴミ?2は何だ?ゴミが2つ?N-5は部屋番号かと思ったがそれも違う。そもそもここの部屋は全て数字だ。)」
一人頭を悩ませるも、どれもしっくりこない。あーでもない、こーでもないと、さして成績の良くない頭で必死に考える。
それからまもなく春が来そうなそんな時、ルーは頼まれていた、廃材室の片付けを行っていた。春が近いといってもまだ寒く、手が悴む中で黙々と廃材の仕分けをしていた。山のように積まれた廃材たちを明日の焼却日に処理できるようにしているのだ。なぜルーだけがこんなことをしているのかと言うと、授業中に居眠りをしていたのがバレたため、教師から罰として命じられたのである。
「ちっくしょ〜。今まで居眠りなんかしたことねぇのに。あの手紙のせいでとんだ厄日だぜ。」
さっさと終わらせて温かい飲み物を飲もう。そう決めてただひたすらに仕分けをしていく。やっとこさ終わったと思って帰ろうと廃材室のドアを閉めたその時、廃材室を指し示す表札に目がいった。「廃材室1」と書かれた表札に何かが結びつきそうな気がして、ドアの前から動かず、じっと考える。廃材ということは要らないもの、ということはゴミ!wasteは廃材室のことで2は部屋の番号だったのだ!あの手紙が晒すことが一つ解明できた気がして嬉しくなる。ルーは隣にある廃材室2と書かれた表札のある部屋と入って行った。
ドアを開けるとそこは不燃ゴミのガラクタまみれであった。ルーはポケットから手紙を出してまた頭を悩ませる。
「あとはN-5 W-3…か。」
最初の暗号も単純だったのだ。きっとこれも単純な物に違いない、と自分の記憶の中で役立ちそうなものをゔーんと思い浮かべる。
「さすがに北に5歩とかそんな簡単すぎるものじゃねぇよな。」
と言いつつも、試しに進んでみることにした。手紙の示すように北へ5歩、西へ3歩。そこはちょうどアルミ缶のゴミが溜まって置いてある場所であった。
「おいおい。まさかホントにここに何かあるってーのかよ。てかこんな単純すぎる内容だったら暗号とも呼ばねーよ。」
一人苦笑しつつ、ルーはその山になっているゴミの中を一つずつ調べることにした。流石に1日で探し切るのは無理があるので、何かと理由を作って廃材室へと来れるようにした。5回目に廃材室へと訪れたとき、ついにそれを見つけた。空のアルミ缶にしては重いので、蓋を開けると中にはアラと一緒に何度も読んだあの絵本と少し分厚めの封筒が入っていた。アラだ。ルーはすぐにアラからの手紙だと感じ、ポケットに仕舞い込んだ。絵本は流石にバレると思い一旦同じ場所へと戻し、走って部屋を出る。走って走って、校舎裏の誰も通ることのない溝に腰掛け、手紙の封を切る。そこには事細かに各クラスの時間割と担当教師、その他の教師の行動の習慣と予測が記してあった。2枚目には校内の地図にルートを示す赤い線が書かれたものとちょっとしたメモ。3枚目はこの国の港までの地図が2枚目と同じように赤い線とメモが書いてある。最後の4枚目は何とも壮大な、けれども緻密に練られた亡命の計画が書かれてあった。そして、計画書の最後にはこう書かれてあった。
『名前も知らない君には僕の人生をかけたこの遺物の処分を頼みたい。僕にはできなかったことを君に頼むのをどうか許してほしい。この窮屈な世界でいつか種が芽吹くときを夢見てる。』
ざぁっと突然風が吹く。灰色の筈の空が何だか薄くなったような気がした。
さあ、種は芽吹いた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
長編の連載にするか悩んだのですが、とりあえず短編としてまとめて見ました。
最近は風邪が流行っているので皆様も体調にはお気をつけて。
今後の作品の糧となりますのでご意見、ご感想、評価などなんでも気軽にお伝えください。