第49話 迫りくる影
会議室の重厚な木製のドアが閉じられると、そこにいる全員の表情が一層引き締まった。
ノルデン自由連邦国の首脳部が集まるこの場所には、重苦しい空気が漂っている。
窓の外では、秋の風が葉を散らす音が聞こえていたが、その静寂さが、逆に状況の緊迫感を際立たせていた。
「状況は、思っていた以上に悪化しています」
セレスティアの低く冷静な声が会議室に響く。
彼女はテーブルの上に広げられた地図を指さし、冷徹に説明を続けた。
「シャドウルアやマレフィクス軍が国境付近で活発な動きを見せています。特に、リュクシス公国との境界線に沿ったエリアでの軍事活動が増えており、我々にとっても脅威となる可能性があります」
その言葉を受け、会議室の空気がさらに緊迫感を増した。全員がその言葉の重みを理解していた。
シャドウルアとマレフィクスの軍事行動は、単なる示威行動では終わらないかもしれない。いつ戦争が勃発してもおかしくない状態にあることは、誰の目にも明らかだった。
「新大陸周辺での資源争奪が火種となり、南方諸国連合との対立は日に日に深刻化している」
俺は地図を睨みつけながら口を開いた。
「このままでは、南方諸国連合と我々共栄圏との全面対立は避けられないだろう」
沈黙が会議室を支配する。誰もが次に何を言うべきか、どう行動すべきかを模索しているようだった。
「防衛体制は強化されていますが、敵の戦力は圧倒的です」
レオが静かに言葉を発した。
彼はテーブルに置かれた戦力報告書を手に取りながら、冷静に続ける。
「彼らの海軍は新大陸近くでの戦力増強を進めており、既に数百隻の艦隊が確認されています。我々も急ピッチで防衛策を進めていますが、南方諸国連合の戦力は無視できるものではありません」
彼の言葉には、軍事担当者としての重みと責任感が滲んでいる。
戦争は、もう避けられない段階に来ているのかもしれない。
「外交による解決は、まだ可能なのでしょうか?」
エリザが静かに問いかける。
彼女の顔には、わずかに不安の色が見えていたが、それでもなお平和的な解決を模索し続けたいという意志が見て取れた。
「可能性はありますが、時間が限られています」
セレスティアは慎重に言葉を選びながら答えた。
「南方諸国連合の首脳たちは、既に戦争を前提とした準備を進めているように見えます。しかし、私たちはまだ対話の余地を残しており、その機会を逃さないようにしなければなりません」
俺は彼女の言葉に頷きつつも、現実的な選択肢が少ないことを感じていた。
戦争はすでに水面下で始まっている。
外交交渉が実を結ばなければ、世界は大戦へと突入してしまうだろう。
その時、会議室のドアが軽くノックされ、秘書のリリアンが顔を覗かせた。
「エルターナ様、記者たちが準備を整えています。インタビューのお時間です」
俺は深い息をつき、椅子から立ち上がった。
「わかった、すぐに行こう」
記者たちは、今の世界情勢をどう捉え、どう報道するのかを模索している。
ノルデンのリーダーとして、彼らに明確なメッセージを伝えることが求められている。そして、そのメッセージが未来を左右する可能性もあるのだ。
記者たちが待つ広場に出ると、眩しい日差しが俺の顔を照らした。
広場には、各国から集まった数十人の記者たちが並んでおり、その顔つきはどこか緊張しているようだった。
彼らの背後にはカメラや録音機器がずらりと並び、フラッシュが瞬くたびにその光が俺を追っていた。
「エルターナ様、今の国際情勢について、どのようにお考えですか?」
最前列に立つ記者が、遠慮なく質問を投げかけてきた。質問の内容は予想通りだったが、それでも答えを慎重に選ばなければならなかった。
俺は一歩前に出て、ゆっくりと答えた。
「現状、南方諸国連合と共栄圏の対立が激化しており、戦争の危機が迫っていることは否めません。しかし、私たちは平和を望んでいます。ノルデンとしても、共栄圏としても、戦争を回避するための努力を続けていることを強調したい」
その言葉に、記者たちがメモを取る音が聞こえる。
彼らのカメラは絶え間なく俺を捉え続け、その姿はおそらく数時間後には各国のメディアで報道されることだろう。
「具体的には、どのような対策を講じていますか?」
別の記者が質問を投げかけた。
「防衛体制を強化しつつも、外交交渉を通じて南方諸国連合との対話を続けています。軍事的な備えは欠かせませんが、同時に、戦争を回避するための外交的な努力を怠ることはありません」
俺は冷静に言葉を選びながら答えた。
「私たちにはまだ時間があります。しかし、その時間は限られていることも事実です」
この回答に、記者たちの視線が鋭くなった。
彼らは次の質問を準備していたが、その前に俺が続けた。
「世界大戦が勃発するかどうかは、私たちの手にかかっています。しかし、我々ノルデンとしては、平和を追求する道を諦めるつもりはありません」
俺の声には、覚悟と決意が込められていた。
「戦争が避けられないとしても、できる限りの努力をしなければならない。それが私たちの使命です」
記者たちはその言葉をじっと聞き、誰もがその意味を噛みしめているようだった。世界が今、重大な岐路に立っていることを、彼らも理解している。
「エルターナ様、国民に向けてのメッセージはありますか?」
最後に、一人の記者が静かに尋ねた。
俺は大きく息を吸い込み、視線をまっすぐに前へ向けて話し始めた。
「国民の皆さん、今は非常に困難な時期です。世界が再び戦争の危機に直面しています。しかし、私たちは最後まで平和を追求します。皆さんの協力と理解があり、私たちはこの困難を乗り越えることができると信じています」
「国民の皆さんには不安や恐れがあるかもしれませんが、どうか信じてほしい。ノルデンは決して孤立しておらず、共栄圏の仲間たちとともに、よりよい未来のために立ち向かっていきます」
その瞬間、広場の空気が少し和らいだように感じた。
国民に向けたメッセージは、単に指導者としての義務というだけではない。俺自身も不安や恐れを感じているが、だからこそ、その声が人々に届くことを信じている。
戦争を避けるための最後の希望が、平和への強い意志であり、それを国民と共有することが不可欠だ。
インタビューが終わると、広場に集まった記者たちは散り散りになり、それぞれの媒体に向けて報道を準備し始めた。
俺は再び深呼吸をしてから、セレスティアの元に戻る。彼女は少し離れた場所から俺のインタビューの様子を見守っていた。
「見事でしたね、エルターナ様」
彼女は静かに言う。
「記者たちも、これで少しは冷静さを取り戻したように見えます」
俺は苦笑しながら答えた。
「そうだといいが…平和を追求することは容易ではない。だが、少なくとも今はその道を探り続けるしかないな」
「そうですね。戦争が避けられない状況にあっても、我々ができることはまだ残っています」
セレスティアは穏やかな表情で言葉を続ける。
「そして、ノルデンの国民もあなたのリーダーシップを信じている。彼らの信頼を裏切らないように、私たちも最善を尽くしましょう」
俺は彼女の言葉に静かに頷き、再び空を見上げた。
薄雲が広がる空は、まるで世界の未来を暗示しているかのように見えたが、その中にも微かな光が差し込んでいた。たとえどれだけ困難な状況であっても、平和への希望は決して捨ててはならない。




