第40話 声の主
「夜の影」のリーダーとの一件から、すでにいくつかの月日が流れていた。
ノルデンはその間、着実に国力を高め、聖国協商共栄圏の設立によってますます経済的な繁栄を遂げている。
その成果は顕著であり、ノルデンの街並みや人々の生活が明らかに豊かさを増しているのが感じられる。
しかし、そんな国家の成長とは裏腹に、俺の頭の中には一つの疑問がずっと渦巻いていた。
あの時、俺を助けてくれたあの声の主が一体誰なのかということだ。
あの事件、つまり「夜の影」のリーダーとの対決は、俺にとって忘れられない出来事だ。
あの絶体絶命の状況で耳元に聞こえたあの声。しかし、その声の主が誰なのか、俺にはまったく見当がつかない。
その謎を解きたいと思いつつも、日々の忙しさに追われて、深く追求する機会を持てずにいた。
そんな考えが頭をよぎる中、夜が訪れる。
部屋の中で横になり、いつも通りの疲労感が体を包み込む。夜の静けさが心を落ち着け、安らぎをもたらすとともに、夢の世界へと誘っていた。
俺はすぐに意識を手放し、深い眠りの世界へと引き込まれていった。
「おい、起きろ。私だ」
――今、誰かの声が聞こえた気がする。
眠りの中で、確かに誰かが俺に話しかけている。
聞いたことのあるような、けれどどこか曖昧な声だ。
その声に反応して、俺はゆっくりと目を開ける。
目の前には一人の女性が立っている。彼女の姿は鮮やかで、神々しい光を放っていたが、俺にはその顔に見覚えがなかった。どうやら初対面のようだ。
「助けておいてやったんだ、感謝の一つもないとは、礼儀を知らん奴だな」
女性の口から発せられたその言葉に、俺は思わず体を起こす。
彼女の声――どこかで聞いたことがある。いや、確かにあの時聞いた、俺を救った声だ。
「貴方は……誰だ?」
俺は率直に尋ねた。謎の声の主が目の前に現れたこの状況に、困惑を隠せない。
心臓が少し早く打ち始め、目の前の女性の存在感に圧倒されていた。
すると、彼女は静かに答えた。
「私は大天使ガブリエルだ」
「ガブリエル?」
俺は彼女の言葉を繰り返す。
ガブリエル――それは俺がすでに体内に取り込んだ存在のはずだ。
なぜここに実体として現れているのか、理解できない。
(ガブリエルはもう俺の中にいるはずじゃなかったか?)
俺の心の中でそんな疑問が浮かんだ時、すぐにシステムから答えが返ってきた。
〘はい、その通りです»〙
(じゃあ、こいつは一体……?)
「おい、エルターナ。ここは夢の中だ」
ガブリエルが冷静に告げる。その言葉で、俺はようやくこの状況を受け入れることができた。
「夢の中……?」
俺は彼女の言葉に戸惑いながらも、周囲を見渡す。
確かに、何か現実感がない。空気も、風景も、どこか不自然で、まるで幻想のようだ。
「そうだ。私はお前の頭の中から語りかけている。今お前が見ているのはただの虚像に過ぎない」
彼女の言葉は明瞭で、説得力があった。
俺がこの状況を夢だと理解するのに時間はかからなかった。しかし、納得いかないのは、なぜ今このタイミングでガブリエルが夢に現れたのかということだ。
「でも、なんで今さら夢に出てきたんだ?どうして急に?」
俺が質問すると、ガブリエルは不機嫌そうに顔をしかめ、声の調子を少し上げた。
「せっかくお前を守ってやったのに、礼の一つも言わないからな」
俺は彼女の言葉に苦笑する。
(そんなこと言われても…笑)
俺の内心を察したのか、ガブリエルは少し肩をすくめた。
「まあ、こうして会話ができたんだ。お前がどう思っていようと、これからは長い付き合いになるだろう。お互いよろしく頼むぞ、エルターナ」
彼女の言葉には、軽い調子ながらもどこか重みがあった。
俺が言葉を選んでいる間に、彼女はさらに続ける。
「ちなみに、私は意思を持っているが、肉体はお前に奪われているからな。実際には姿を持つことはできない」
「そっか……なるほどな」
俺はようやくガブリエルがどういう立場で俺に接しているのかを理解した。
彼女は俺の中に存在し、精神的には独立しているが、実体はない。ただ、そうやってコミュニケーションを取ることはできるらしい。
「これからよろしく頼むな、ガブリエル」
俺は素直に彼女の提案を受け入れた。
何かこの先、彼女の力が必要になるだろうという予感がしたからだ。
夢の中での不思議なやり取りは、どこか現実よりも鮮明に感じた。
そして、俺はそのまま再び深い眠りに落ちた。
ガブリエルとの対話が、夢であったとしても現実に影響を与える感覚を覚え、心のどこかで彼女の存在が重要な意味を持つことを感じ取っていた。
翌朝、目が覚めると、夢での出来事が頭にしっかりと刻まれていた。
ガブリエルとの対話は、ただの夢だとは思えないほどリアルだった。
そして、俺の中に宿る大天使の存在が、今後の俺の運命に大きな影響を与えるのだろうという確信を持ったのだった。
部屋の窓から差し込む朝の光が、眠りから目覚める俺の顔を優しく照らす。
昨日の夜にガブリエルと話したことを思い返すと、何とも言えない感慨が込み上げてくる。
俺はその感覚に促されるように、布団を押しのけて起き上がり、窓の外に広がるノルデンの風景を眺めた。朝の空気は清々しく、今日も一日が始まるのだという期待感があった。




