第36話 平和の行方(前編)
ノルデンは平和が続いていた。
かつて小さな村から始まったこの国は、俺の指導のもとで急速に発展し、今や周辺諸国からも一目置かれる存在となっていた。
しかしその裏で、心には常に不安が影を落としていた。
ノルデンがこれほど成長を遂げる中、次第に外部からの脅威が増しているのではないかという懸念が俺の胸を離れない。
今日もいつも通り、行政府で幹部会議が行われていた。
「マレフィクス王国やアーデン王国はここ最近は静かです。しばらく心配する必要はないでしょう。それと、テュポーン召喚者の特定も引き続き行います」とシルヴァが報告する。
「………ですが問題もございまして…」
「問題?」
俺は聞き返す。
「…最近、世界各地で謎の組織『夜の影』が活動しているとの報告があります。彼らは夜間に行動し、成長を阻害するための工作を行っているようです」
「ノルデンも対象の1つかと思われます」
シルヴァは冷静に報告を始めたが、その言葉には緊張感が漂っている。
「夜の影?」
シルヴァは続けて説明する。
「彼らの目的はまだ明確には分かっていません。しかし、既にいくつかの盗難や破壊工作が確認されています。彼らはノルデンの技術や情報を狙っている可能性が高いです」
俺は顔をしかめた。ノルデンの発展を妨げる存在が現れることは、決して見過ごすわけにはいかない。
だが、それ以上に気になるのは彼らの目的だった。
「彼らのリーダーについて、何か情報はあるか?」俺は問いかける。
「噂によると、そのリーダーはかつて別の王国で裏切りに遭い、すべてを失った人物だと言われています。その人物が持つ深い復讐心が、彼らの行動を支配しているようです」とシルヴァは答える。
「復讐心ねぇ…」
俺は深く考え込んだ。
復讐は人を狂わせる。それが彼らの行動原理であるならば、話し合いが成立する可能性は低いだろう。
しかし、彼らを完全に敵として排除するのは得策ではないとも感じている。
「これ以上の被害を出さないために、まずは防衛を強化する必要がある」と俺は決断を下した。
「トリスタン、お前の技術でノルデンの防衛システムを強化し、可能な限り彼らの動きを監視できるようにしてほしい。早期発見が肝心だ」
「了解しました、エルターナ様」
トリスタンは即座に返事をし、今後の行動を頭の中で組み立て始めた。
「レオ、君はノルデンの軍を指揮してくれ。彼らの侵入を阻止する準備を進め、必要に応じてゴブリンたちの力も借りよう」
「任せてください!」
レオは力強く答え、その目には闘志が宿っている。
「そして、俺自身が『夜の影』のリーダーと接触を試みることにする。彼らがただの復讐心で動いているのなら、その真意を確かめたい」
俺は決意を固めた。
「エルターナ様、それは非常に危険です。どうか慎重に…」
セレスティアが心配そうに声をかける。彼女の瞳には、俺への深い信頼と共に、失いたくないという切実な思いが込められているようだった。
「分かっている。しかし、対話が可能ならば、無駄な戦いを避けるべきだ。それが俺たちの望む未来だろう?」
俺は微笑みながら答えたが、その微笑みは決して楽観的なものではない。
数日後、俺は「夜の影」のリーダーと接触するための準備を整えた。
彼らのアジトは森の中に隠されており、夜の闇に紛れて行動するため、その場所を見つけること自体が困難だった。
しかし、シルヴァが集めた情報を頼りに、俺ははついにその入り口を発見した。
夜の静寂が広がる森の中、エルターナは息を潜めながら慎重に進んでいった。
遠くに微かな灯りが見えたとき、俺はその場所が彼らの拠点であることを確信した。
「ここだな…」
俺は低く呟き、その場に立ち止まる。
周囲には、夜の影が一層濃くなったように感じられた。
やがて、俺は「夜の影」のリーダーと対峙する時を迎えた。
彼は俺が来るのを分かっていたかのように1人で森の中に突っ立っていた。
黒いフードを深く被り、その顔は陰に隠れていた。彼の姿は、まるで夜そのものが形を取ったかのように見える。彼の瞳は冷たく、深い怒りが宿っているようだった。
「俺はエルターナ、ノルデンの代表だ。お前たちの行動には理由があるはずだ。それを話し合いたい」
俺は静かに言葉をかける。
リーダーは一瞬の沈黙の後、低く鋭い声で答える。
「話し合いだと?お前たちのような者に何を話す?俺たちは復讐のために生きている。信じていたものに裏切られ、すべてを失った俺たちに、平和な未来など必要ない」
「だが、それが本当に望むことなのか?過去に囚われるだけでは、未来は築けない。お前たちが力を合わせれば、共に新しい未来を作ることができるだろう。ノルデンはその場所を提供するつもりだ」
俺は真剣な眼差しでリーダーを見つめる。
リーダーは一瞬目を伏せた。彼の中で何かが揺らいでいるようだった。
しかし、その揺らぎはすぐに消え去り、彼の目には再び冷たい光が宿る。
「お前の言葉は甘い。だが、それは俺たちには届かない。俺たちの道は決まっている。お前たちと共に生きるつもりなどない」
リーダーの声には、揺るぎない決意が込められていた。
「そうか…」
俺はその言葉に重く頷く。
リーダーの心に深く根付いた憎しみを感じ取り、それがどれほど強いものであるかを理解した。しかし、同時にそれが彼らを破滅へと導く危険なものであることも理解している。
こうして対話は決裂した。
ノルデンを守るため、そして「夜の影」との未来を再び交差させるため、次の一手を考え始めた。
次なる戦いが、既に迫っていることを感じながら。




