第33話 内通者
諜報部が動き出してから数日が経った。
ノルデンの周辺で新たな敵勢力が活発化しているとの情報を受け、俺たちは内部監視を強化し、潜む脅威を見極めるために全力を尽くしてきた。
その日、行政府の執務室にいた俺は、リリアンからの報告を待っていた。彼女が持ち帰る情報が、今後の行動を決定づけるだろう。
部屋の中には緊張感が漂い、窓の外で吹き荒れる風が、その重圧をさらに強めていた。
リリアンが扉をノックし、静かに入ってくる。彼女の表情はいつも以上に厳しく、何か重大な事態が起こったことを物語っていた。
無言のまま彼女が進み出て、俺の前に立つ。
「エルターナ様、調査の結果が出ました。ご報告いたします」
俺は深呼吸し、冷静を保ちながら彼女に促す。
「聞かせてくれ、リリアン。何がわかったんだ?」
リリアンは一瞬躊躇し、目を伏せた後、静かに話し始めた。
彼女の声は、重く、冷たく、そして厳然とした響きを持っていた。
「…非常に残念なことですが、我々の内部に裏切り者がいることが判明しました」
その言葉が耳に入った瞬間、俺の胸に冷たいものが走る。
信頼していた仲間の中に、裏切り者がいるとは。頭の中で様々な顔が浮かんでは消え、心の奥底で希望的観測を抱きつつも、現実を受け入れるしかない。
(はあ…人間はいつの時代も変わらないもんだな。 会社の金を横領してた奴を思い出す。)
「で、誰?」
リリアンは一枚の書類を差し出しながら、答える。その手は微かに震えていた。
「…防衛軍のラルフです。彼がマレフィクス王国と密通していた証拠を掴みました」
ラルフ。防衛の要として信頼してきた人物が裏切り者だったとは。
脳裏に彼の笑顔や、共に戦ってきた日々が浮かび上がる。だが、それらの記憶が今は裏切りの影に覆われ、醜く歪んで見える。
「ラルフが、マレフィクスと?」
俺は書類に目を通す。
そこにはラルフがマレフィクス王国に情報を流し、敵の手助けをしていた証拠がしっかりと記されていた。
密会の記録、金銭の授受、そして暗号化された通信文。
全てが疑う余地のない証拠だ。
「エルターナ様、彼はノルデンの成長を内側から妨げようとしていたことが確認されています。このまま彼を放置すれば、国全体が危険に晒されます」
リリアンの言葉は、俺の胸に重くのしかかる。
信頼していた仲間が裏切り者だったという現実に、心が揺さぶられる。しかし、今は冷静さを失うわけにはいかない。
「ラルフの身柄を直ちに拘束し、厳重に監視するよう手配してくれ。このことは他の幹部にも伝えるが、慎重に進める必要がある。ノルデンの信頼を崩さないようにするんだ」
リリアンは力強く頷き、すぐに行動に移る。
彼女の後姿を見送りながら、俺は自分自身に言い聞かせる。感情に流されてはいけない。今、必要なのは冷静な判断力だ。
俺は席に座り直し、深く息をつく。
ラルフが裏切り者だったという事実は、心に重くのしかかる。
彼は一体なぜ、このような道を選んだのだろうか。人間の弱さが見え隠れする。
その夜、俺は仲間たちを会議室に集めた。
行政府の会議室は普段は温かみのある木製のテーブルが並び、柔らかな光が満ちているが、今日はその空気が一変していた。
空気は冷たく、緊張感が漂っている。
全員が席についた時、俺は口を開いた。
「ラルフがマレフィクスと共謀していたらしい」
その一言が、全員の顔に驚きと戸惑いを広げた。彼らの表情には混乱があり、誰もが信じられないといった顔をしている。
「ラルフが?」と、グラントが疑念を込めた声で尋ねる。
「ああ、信じられないが事実だ。今は彼を徹底的に調査し、これ以上の被害を防ぐ必要がある」
俺は全員に目を向け、改めて言葉を続けた。今は冷静に行動することが求められている。
「この事態を受けて、内部の監視をさらに強化しなければならない。そして、皆が互いを信じることができるよう、しっかりとした対策を立てよう」
ゼドが静かに口を開く。
「エルターナ様、彼が何を考えていたのかを知ることが重要です。もし彼に協力者がいるなら、それを探り出す必要がありますな」
彼の言葉には一理ある。
全ての可能性を考慮する必要がある。
「その通りだ。今後の動き次第では、敵はさらに厄介な手を打ってくるかもしれない」
俺は全員に目を配りながら続ける。
ラルフの裏切りは大きな衝撃だったが、それに屈するわけにはいかない。
「しかし、我々はこれに負けるわけにはいかない。この国を守り、成長させるために、全力を尽くすべきだ」
仲間たちはそれぞれの意見を交わし、次の行動計画を立て始めた。
内部の脅威を取り除き、ノルデンの安全を確保するために、俺たちは再び一致団結した。
だが、俺の胸にはまだ解けない疑問が残っていた。
ラルフはなぜ裏切ったのか、その動機が何であるのか。それを知ることが、この先の戦いにおいても重要な鍵となるだろう。
夜が更け、会議が終了した後、俺は一人執務室に戻った。
窓の外に広がる闇夜が、まるでこの先に待ち受ける困難を象徴しているかのようだ。
俺は疲れた体を椅子にもたせかけた。
心の中に重くのしかかる不安を振り払いながら、再び仲間たちと共にこの試練を乗り越える決意を固めた。




