第17話 嵐の前の静けさ
俺は、執務室で一人静かに考えていた。
アルテウス王国の使者がノルデンの国民を無惨にも殺害したという報告が届いてから、心の中の怒りが収まらない。
この国の平和を守るために俺がしてきた努力は、全て無駄だったのか?
対話による解決を望んでいたが、ここまで来てしまったらもう後戻りはできない。
「エルターナ様、会議の準備が整いました」
リリアンがドアをぶち破って声をかけてきた。
(まったく…、こんな時にも相変わらずだな…。)
彼女は俺の秘書であり、時折その力を見せつける脳筋だが、今は真剣な表情をしている。
「分かった、すぐに行く」
俺は立ち上がり、執務室を後にする。
廊下を歩きながら、これから何をすべきかを整理しようとするが、怒りが冷静な判断を妨げる。
だが、俺が感情に流されてはならない。
ノルデン自由連邦国の君主として、国民を守るための決断を下さなければならない。
会議室に入ると、既に幹部たちが集まっていた。
それぞれが自分の役割を果たすためにここにいる。
そして、彼らの視線が一斉に俺に集まった。
「みんな、話は聞いていると思うが、アルテウス王国の使者が国民を殺した。これは宣戦布告と受け取っていいだろう。俺たちはどう動くべきか?」
俺は彼らに問いかけたが、その答えは既に自分の中で決まっている。
対話はもはや無意味だ。
戦争が避けられないならば、ノルデンを守るために戦うしかない。
「エルターナ様、戦争は避けられないようですね」
グラントが重々しい声で言う。
「我々の準備は整っています。しかし、アルテウス王国の兵力は我々の倍以上です。通常の戦術では勝ち目は薄いかもしれません」
そんなことは分かっている。
「誰か、何か策はあるか?」
ゼドは少し考え込んだ後、静かに声を上げた。
「エルターナ様…膨大な魔力を持つあなたなら、ある魔法を習得できるかもしれません。それは、古代の時代から封印されてきた魔法です」
「……非常に危険で、扱いには注意が必要ですが…あなたなら使いこなせる可能性があります」
「古代魔法か…」
(存在だけは知っていた。)
俺はその言葉に興味を引かれた。
ノルデンを守るためなら、どんな力でも使う覚悟はできている。
「ゼド、詳しく教えてくれ」
ゼドは少し躊躇しながらも話し始める。
「その魔法は、かつて大陸全土を揺るがした強力なものでした。しかし、あまりに危険なために封印されてきました。使用者の魔力が強大であるほど、その威力も増大します」
「ただし、魔力の消耗も非常に激しいです。エルターナ様ほどの魔力でも、一日に使えるのはせいぜい二発が限度でしょう」
俺はその言葉に驚きつつも、冷静さを保つ。
「それでも、俺たちにとっては貴重な戦力だ。必要なら、その魔法を使う覚悟がある」
ゼドは頷き、他の幹部たちも次第にその計画に納得していく。
しかし、この古代魔法に頼りすぎるのは危険だということも、頭の片隅で考えていた。
会議が終わり、幹部たちは各自の役割を果たすために解散していった。
会議室に残ったのは、俺とゼドだけだ。
「ゼド、今教えてくれ。俺にその魔法を習得させてくれ」
「分かりました。では、場所を変えましょう。城の外で練習するには、少し目立ちすぎますから…」
ゼドの提案で、俺たちは首都から少し離れた静かな場所へと移動した。
誰にも邪魔されずに練習できる場所が必要だ。
ゼドは慎重に呪文の構造を説明し始める。
その内容は複雑で、普通の人間なら到底理解できないようなものだったが、俺は何故かスラスラと読むことができた。
(なぜだろう…。スキルとか何かか?)
「この魔法の力は非常に強大です。しかし、魔力の消費も尋常ではありません。一度使えば、エルターナ様の魔力でもほとんど尽きる可能性があります。ですから、使用する際には必ず勝機を見出してから使うべきです」
俺はゼドの言葉を真剣に受け止め、呪文の練習を始める。
初めてその呪文を発動させたとき、強烈なエネルギーが全身を駆け巡った。
その威力に驚愕しながらも、俺はなんとかその力を制御することに成功した。
「すごい…」
俺は息をつきながら呟く。
「これなら、確かに戦局を変えられるだろうな」
ゼドは冷静な表情で俺を見つめる。
「エルターナ様、その魔法は強力ですが、決して無闇に使わないように。あなたの判断が、国の未来を左右するのです」
「分かっている」
俺はそう答える。
「これからの戦いは、俺たち全員の力が必要だ。だが、この魔法は最終手段として使う。それまでに、できる限りの準備を整える」
ゼドは頷き、俺たちは再びコペンホルムへと戻った。
街に戻ると、夜の静寂が広がっていた。
幹部たちはそれぞれの準備に追われ、コペンホルムは一種の緊張感に包まれている。
俺は執務室に戻り、地図を広げながら国境付近の状況を確認した。
アルテウス王国との国境は、現在も緊張が高まっていると報告が入っている。
国境付近の街では、住民たちが不安な夜を過ごしていることだろう。
兵士たちは厳戒態勢に入り、何かあればすぐに応戦できるように準備を進めている。
俺はその報告を受けながら、どれほどの犠牲を出すことになるのかと心を痛める。
「エルターナ様」
静かな声が背後から聞こえる。
振り向くと、セレスティアが立っていた。
「南方のリュクシス公国からの援軍について、連絡がありました。彼らも戦いに備えてくれるとのことです」
「そうか、助かる」
俺は少しだけ安堵の表情を見せた。
リュクシス公国との同盟はまだ正式ではないが、彼らの助けがあればこの戦いを乗り切れる可能性が高まる。
「ただし、彼らの到着には数日かかるでしょう。その間、我々だけで持ちこたえる必要があります」
セレスティアの言葉に再び緊張が走った。
「分かっている。俺たちの力でこの国を守る」
俺は強い決意を込めて答える。
「それまでに、できる限りの準備を整える」
セレスティアは静かに頷き、再び姿を消した。
俺は一人、国境での緊張感を感じながら、深く考え込む。
この戦いが始まれば、ノルデンは未曾有の危機に立たされる。
だが、俺たちはこの国を守るために立ち上がらなければならない。
俺は再び地図に視線を戻し、国境付近の状況を詳細に確認した。
そこには数々の要塞や防衛拠点が記されている。
アルテウス王国は強大な軍事力を誇るが、俺たちには知恵と団結力がある。
さらに、古代魔法という強力な切り札を手に入れた今、戦局をひっくり返すチャンスは十分にある。
「この国を守るために、俺は何でもする」
その言葉を自分に言い聞かせ、俺は立ち上がる。
執務室を出ると、夜空には無数の星が輝いていた。
静かな夜の中、戦いの足音が迫っていることを感じながら、俺は行政府の高台へと向かう。
高台に立つと、国境方面を見つめた。
遠くにかすかに見える光は、敵軍の動きなのか、それとも味方の動きなのかは分からない。
だが、この静寂は長くは続かないだろう。
「エルターナ様…」
背後から声が聞こえる。
振り向くと、リリアンが立っていた。
彼女の顔には決意と、わずかな不安が見て取れる。
「エルターナ様も、少しお休みになられてはいかがですか?明日からの戦いに備えて、体力を回復させることも大事です」
俺は微笑んで頷く。
「ありがとう、リリアン。だが、今夜はもう少し考えたいことがある。お前も少し休むといい」
リリアンは少し迷った後、頷いた。
「分かりました。でも、無理はしないでくださいね」
そう言って、彼女は静かにその場を後にした。
俺は再び夜空を見上げ、これから起こる戦いに備えて改めて心を整えた。




