祝福の日
女神の祝福という青白い火の塊に包まれてから数時間、気を失った俺はカタリーによって城の医務室へと運ばれた。
カタリーからは、突然鉄の扉が開き俺が投げ出されたのだという。今まで、多くの隊員が祝福を受けてきたが、このような事は初めてであったという。メガミノオトシモノが祝福を受けるのは、150年前の初代ヒデヤス以来なのだから理由が分からない事が起きても仕方ない。ヒデヤス以前の事について詳細な記録など無いのだから。
「サキチ、、、サヨ、、、カタリー、、、」
頭の中はまだぼやけていた。
「何?どうしたの?まだ具合悪いの?今、サキチが先生を呼びに行ってるからね。」
「、、、、」
俺はぼやけている中、ベッドから降りる。
「だ、だめだよ。寝てないと。」
サヨの制止を気にもせずに、医務室を出ると多少のふらつきを感じながら、城の外へと向かった。医務室に辿り着いた記憶なんてある筈も無かったが、どちらに迎えば出られるのかは感覚が教えてくれていた。
「、、、、」
俺の後をサヨが不安な顔で歩いている。時折、「戻ろう」「危ない」と声をかけていた。
外に出てハコニワの太陽の下に立つと、身体の内部から燃えるような熱を感じる。
着ていた衣服を脱ぎ捨て、下着も放り投げた。
「きゃあっ」
サヨは咄嗟に目をふさぎ小さな悲鳴を上げる。
城の外にいた二人の門番も異様な光景に言葉が出なかった。
「あ、熱い、、、熱い、、、」
サヨが恐る恐る指の隙間から俺の背中を見ている。
「え、、、な、、なに、、それ、、、」
俺はサヨの方へとゆっくりと振り返った。
「キャアーーーー」
大きな悲鳴が運動場に響き渡る。
サキチとカタリーは医務室にいる筈の二人がいない事で動揺しつつ城の中を探していた。最初に訪れた部屋、地下へと続く扉、どこにも見当たらずどうしたものかと思案していると、外から悲鳴が聞こえてきた。サキチとカタリーは、何事かと大急ぎで城の外へと向かうと、そこには驚き震えながらへたり込むサヨと立ち尽くす門番の二人。そして素っ裸のヨウヘイが立っていた。
「ヨ、ヨウヘイ、、、どうした!何してるんだよ!」
サキチが近づこうとすると、カタリーはそれを止めた。
カタリーからは先生の優しさが消え、戦士の眼差しとなっていた。その視線の先にはヨウヘイがいる。
ヨウヘイは、カタリーの視線を感じると手前にへたり込むサヨや立ち尽くす門番には一瞥もくれずにカタリーだけを見ていた。
「ヨウヘイ、、、貴様、、、何があったのだ。」
カタリーはヨウヘイの身体に起きている異変に、恐怖を感じていた。
それは、城内にいた部隊の者達も察する事が出来る程の異様な気配だった。
「、、、、カタリー、、、、。」
ヨウヘイは、カタリーの方へ歩を進める。
ドタバタと城の前に部隊の者達が集まる。
「カタリー隊長、、、あれは。」
「メガミノオトシモノだ、、、いやだったが正しいか。」
「嫌ややなあ、、、そんな怖い顔せんでええねんで。」
ヨウヘイが語りかけると、カタリーは周囲の隊員へサキチとサヨを避難させるよう指示を出し、再びヨウヘイを視線の先に置いた。
獣人は、その力を抑える為により人型へと近づけた容姿を保っている。人型であっても獣人それぞれの特異なスキルは使える為、訓練や力の劣る相手との戦闘などでは人型を解除する事は無かった。
「いいかお前達、手を出すんじゃないよ!」
カタリーは、そう部下に伝えると全身を震わせた。白い湯気が立ち上ると、皮膚は硬い毛で覆われていく。しなやかな身体付き、黄色の体毛に黒い輪状の斑点が特徴的であった。レイスパンサーであるカタリーは、姿勢を屈めて臨戦態勢をとっていた。
「えーと、、それは、、ヒョウやね。そうやヒョウや。へえ、、、獣人ってそうなんのか。ほな、狼も変身するんやなあ。」
ヨウヘイは、カタリーの様子を見ても驚きも戸惑いもせずに、ふれあい動物園にでも来たかのように笑っていた。
「ガルルル、、、舐めるなよ。」
カタリーは、ヨウヘイの様子に苛立っていた。
周囲の隊員達も、カタリーの獣化が終わるとすぐにそれぞれが、それぞれのレイスへと獣化した。
「あはははは。これ、サファリパークやな」
ヨウヘイは、獰猛な獣に囲まれても尚動揺もせずにこの場の雰囲気を楽しんでいた。
「ガルルル、、、貴様、その背中、、、元からあったのか?」
カタリーは、獣としての臨戦態勢は保ちつつ冷静にヨウヘイの様子を見ていた。
ヨウヘイの背中には、青白い痣が龍のように刻まれていた。そして、その痣は不気味な淡い光を帯びている。
「ん?」
ヨウヘイは自身の肩越しに背中の方へ視線を落とした。
カタリーはその瞬間を逃さずに、地面を蹴り出し一瞬にして間合いを詰め、鋭利な爪ガはえた手を全力でヨウヘイへとぶつけた。ドンっと衝撃音が響く。
隊員の目の前には、信じたくない光景が広がる。
カタリーが全力で振り抜いた腕は、ヨウヘイが難無く掴み、持ち上げている。カタリーは気を失っているのか、力なくだらんとした状態で停止していた。
「た、た、、、」
隊員達は唖然としていた。
「た、隊長おーーー」
ヨウヘイは、カタリーを持ったまま獣化した隊員達に目を向けると、人差し指を口元に持っていく。
「しいーーー。静かにしてくれへんかな。」
隊員達は、それでも怯まずに身体を強張らせながら、ヨウヘイに向かい怒鳴っていた。
「き、貴様!隊長を離せ!!」
「隊長から手を離せ!」
ヨウヘイはカタリーを離す事はせずに、キョロキョロと辺りを見回す。
「、、、、おった。」
ヨウヘイはそう言うと、攻撃を仕掛けた時のカタリーを上回る速度で、隊員達の背後へ回るとサキチとサヨの目の前に立った。
「なあ、サキチ、サヨ。」
ヨウヘイは二人を見下ろしている。
サキチとサヨは、恐怖も重なりヨウヘイの事がより大きく見えていた。二人はただ身を震わせるだけで精一杯だった。
「なあ、ドワーフは俺を歓迎してくれたんやなあ?」
二人は震えている。
「何?あかんの?嫌なんか?ん?」
サヨは涙を溜めて震えている。
サキチは、恐怖に支配されながらも懸命に答える。
「い、、いやじゃ、、ない、、、か、、、歓迎、、した。」
「そうやんなあ。ドワーフは、味方やんなあ。良かったわあ。」
ヨウヘイは、カタリーを自身の肩に乗せると小さなドワーフ二人を両手に抱えた。
「そこのお前。」
ヨウヘイは、そのまま振り返り一番近くの隊員に声をかける。
隊員は、頷く事しか出来ない。
「名前は?」
隊員は、生唾を飲み込み必死に答える。
「、、、ヤマ。」
「そうか、ヤマか。もしかして、川や海もおんのか?」
「し、知らない、、、いない。」
「なんやねん冗談やないか。真面目に答えんなや。」
「、、、、」
ヨウヘイは、レイスウルフのヤマに語りかける。
「ヤマ、今からお前は生き証人な。」
「え?、、、生き?」
「そう、お前はこの動物園で唯一の生き残り。」
「、、、」
「まあ、ゆっくりと座っとき。」
ヨウヘイはそう言うと、空中へと浮遊する。
ある程度の高度を保ち、クッと身体に力を入れる。
一瞬であった。背中の痣が強く光ると、青白い龍がヤマ以外の隊員達を囲み、食い散らかしていった。
誰も悲鳴をあげる暇もなく、ただ青白い光に胴体や頭部などを食い千切られ、無惨な姿へと変えられた。
残ったのは、おびただしい血痕と肉片だけだった。
ヤマは仲間の返り血を浴びて、灰色の体毛は全て朱色に染まっていた。
「ヤマ!」
浮遊しているヨウヘイが地上のヤマを呼ぶ。
ヤマは、ギリギリ意識を保ち上を向く。
「ほな、後は頼むわ。またな。」
ヨウヘイは、上空から飛び去っていく。
それを見届けるとヤマは気を失った。
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