女神の祝福
オエドの大通りを進み、少し狭くなっている横道へと入る。
奥へと進むにつれて、より生活感が溢れ出てくる。通りに面して置かれた植木鉢や、洗濯物。往来の喧騒から離れるとそこには長屋が並び、住人の私生活が垣間見える。
姿形は違うけれど、生活そのものに大差は無いのかと感じられる程、居住空間には古き良き日本を感じる。
長屋を抜けた先に、少し広い場所がある。公園とも違い、運動場という方が正しいか。天守閣のあるメインの城とは豪華さに欠けるがそれでも立派な城が運動場の奥に見えた。
「ヨウヘイさん。着いたよ。」
「うん。ありがとう。ここは何処??」
「いいからいいから。とりあえず、中に入ろ。」
サキチ達に連れられて、運動場を抜けて城へと歩く。
重装備という訳ではないが、武具を付けた門番が二人立っている。鎧兜では無いのだと少し残念ではあった。
サキチは門番に挨拶を済ませると、すんなりと城の中へと入った。〇〇城跡のような場所へな幾度か赴いたが、実際に使われている城は初めてだ。
「サヨ、先にヨウヘイさんと行っといてくれよ。俺、先生のとこ行ってくるわ。」
「わかった。ダラダラ喋ってないで、直ぐに連れてくるのよ。」
「分かってるよ。じゃあ、後で。」
サキチは先生と呼ばれる人の所へと行き、俺はサヨと共に城の奥へと入っていった。
「サヨさん、さっき先生って言うてたけど、何か勉強しなあかんのかな?」
「勉強?勉強っていうか、試験かな。」
「試験、、、うわあ、、、まさかここに来て試験とは、、、」
「そんなに嫌そうにしないでも、大丈夫だよ。とりあえずあそこの部屋で待ってましょ。」
見た目は若くなったとはいえ、45歳。勉強もそうだが試験なんて高校生以来やっていない。ハコニワ2日目にして、早くも気が重い。
ガラガラと扉が開く。サキチと共に女の人が入ってきた。獣人ではあるが、狼とは違う雰囲気だ。
「こんにちは、ヨウヘイさん。」
「あ、どうも初めまして。」
サキチが俺の隣に座ると、獣人は自己紹介を始めた。
「私は、カタリー。ここの試験官よ。宜しくね。」
カタリーは、しなやかな身体付きではあるが、どこか危険な雰囲気を纏っていて四方八方に鋭敏な感覚を張り巡らせているかのようだった。
「そんなに緊張しないで。私にも移ってしまうわ。」
「す、すいません。試験と聞いて、少し戸惑ってて。」
「ふふふ。そんな構えなくても良いわよ。試験といっても、通過儀礼に過ぎないわ。特にメガミノオトシモノにとっては、とても簡単な事だと聞いているわ。」
そして、カタリーは試験の事や、施設の事を教えてくれた。
試験といっても、何かを成す訳ではなく城の地下に降りて女神の祝福を受けるのだという。
ここは、元々その祝福の儀を執り行う場所だったようだが、初代領主ヒデヤスにより祝福の儀が行われる場所の上に後から城を建てたそうだ。
そこに、オエドの精鋭部隊が駐留し日々訓練を行っているという。目の前の運動場は、その訓練場所になっている。
また、この城自体が部隊の駐屯地にもなっており2階部分には居室が用意され寝食を共にしているのだそうだ。
試験官のカタリーは精鋭部隊の一人であるが、その中でも部隊長を任されているという。
危険な雰囲気と感じてしまったが、それは戦士特有のものなのかも知れない。
カタリーに連れられ、俺は地下へと進んでいく。
階段を降りるていくとそこは建物の中ではなく、洞窟のような様相に変わる。カタリーが持つ松明の灯りを頼りに岩肌の通路を下っていくと重厚な鉄の扉がある。
扉の前でカタリーは振り返る。松明がゆらりとしている。
「ヨウヘイさん。ここからは、貴方一人よ。大丈夫。私も、他の部隊の者達も祝福を受けているから。安心して。」
カタリーの言葉を信じて、重厚な扉を押し開ける。ギイという鈍い音。中は暗く何も見えなかった。
「ふう。」
一呼吸。多少の緊張感を保ちながら、真っ暗な部屋の中へと足を踏み入れた。バタンっと鉄の扉が閉まる。
数秒か数分か、徐々に足元が見えてきた。自分の足元から周囲を見ようと顔を上げると、目の前には青白い火の玉が飛んでいた。恐怖を感じる事はなく、神々しい現象のように思えた。
火の玉が数回俺の周囲をぐるりと回り、天井に向けて真っ直ぐに飛び上がると岩肌に衝突し花火のように破裂する。
青白い火の粉が岩肌にくっつくと、イルミネーションのようになり辺りを美しい景色へと変えた。
「ほう。転移者とは。ヒデヤス以来だね。」
声だけが地下に響く。昨日聞いた美しい人の声では無く、俺は周囲をキョロキョロと見回すが、聞こえてきた声以外には何も感じる事はできなかった。
「名は何というのだい?」
声だけの主に答える。
「ヨ、ヨウヘイといいます。」
「ヨウヘイ、この場所は、其方へ祝福を授ける場所である。其方の望みを叶える場所では無い。しかし、其方に必要なものを授ける場所に変わりない。ただ、我に身を任せればよい。」
何者か分からない声は、耳からではなく身体全体に響く。質問をぶつける事も、その声に抗う事も出来ない。黙って立ち尽くし、何かが終わるのを待つしか無かった。
「ヨウヘイ、生きよ。其方は、この地で只管に゛生゛を求め我武者羅に生きよ。その為に必要なものは、我が授けよう。」
話が終わるやいなや、青白い火の粉が再び一塊に集まる。
そして青白い尾を引きながら俺をぐるりと包んでいく。目の前は青一色になり、身体の底から熱を帯びた。
「あ、熱い、、、苦しい、、、」
カタリーから聞いていた簡単な通過儀礼というには、いささか苦痛を伴うものであった。
「ぐわあぁぁあー、、、、」
耐えきれず悲鳴と共に意識を失った。
「さん、、、ヘイ、、、ヨウ、、、、、、ヨウヘイさん」
耳元で聞こえるサヨの声で目が覚める。
ぼやける視界に入ったのは、心配そうな顔で俺を覗き込むサヨとサキチだった。
「こ、ここは?」
「良かった気付いたんだね。ここは、医務室よ。」
「医務室、、、火に包まれて、気絶したのか、、、、」
「うん。カタリー先生が運んでくれたのよ。」
「、、、カタリー、、、そうか。」
重くダルい身体をゆっくりと起こす。俺はまだ自身の変化を感じる事は無かった。
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