魔王の歴史
アオイが魔族の狭間に入った日から遡ること20年前、魔王ヨウヘイは、ドワーフの村人達を従え魔王たるはどうすべきかを考えていた。
オエドを殲滅した翌日、魔王ヨウヘイはドワーフの村長夫妻を義理の親とし村の二人の子供を養子とした。
そして、オエドの精鋭部隊を率いていたレイスパンサーを妻に迎えた。
魔王は内から湧き出る力を他者に分け与える能力を持ち、ドワーフの中で強者とされるブロンドという青年に初めてその能力を使った。
ブロンドは、ヨウヘイの力を与えられると高揚感と共に自身の内に潜む悪しき力が呼び覚まされた感覚を得た。
力を与えられた者は強制的に魔王に忠誠を誓い、あたかも生まれ落ちた瞬間から魔王の下僕だったと錯覚させた。
そしてその能力は養子としたサキチとサヨにも与えられる。ブロンドと同様に二人も魔王に感謝し忠誠を誓った。
「ドベルク、ここは魔法やらが使える異世界なんやろ?」
「い、異世界、、、ま、魔王様が居られた世界とは違うという事でしょうか?」
「そや、ほんで魔法とか使えるんやろ?」
「え、ええ。しかし皆という訳ではありません。」
「ほな、ドベルクは?」
「いえ、使えません。ドワーフにそのような力はありませんので。」
「残念やなぁ。ほな、あいつら身体が強くなっただけかぁ。」
「魔王様、この先何をするおつもりですか?」
「んー。それを考えとんねん。」
その話しを傍で聞いていたサキチは、魔王にこのハコニワ全土を総べる事を提案する。
「魔王様、いやお父様はそれに値する御方。このような西の片隅で収まる器ではありません。」
「サキチ、嬉しい事を言うてくれるやんかー、さっきまでとえらい違いやなぁ。ええ子やでぇ。」
サキチは、父となった魔王に褒められ恍惚の表情を浮かべていた。それを見ていたサヨは嫉妬し、自ら話し出した。
「お父様、私からもございます。まずは、我々ドワーフをこのような片田舎に追いやった鬼神族を叩き潰しましょう!」
「鬼神族?オニか?」
もう一つのハコニワにある迷宮でアオイ達が遭遇したダイモナスという魔族は鬼神族の末端に位置する魔族であった。
鬼神族は、ディアモスというのが正式な種族名であった。しかし角を生やした見た目とその強さからオエドの創始者であるヒデヤス等からは鬼神族と呼ばれ恐れられていた。
「何や、お前らドワーフに仇がおんのか?」
「はい!あいつらのせいで我々はここに追いやられたのです!」
ドワーフが以前暮らしていたのは今よりも北に位置する肥沃な大地であった。しかし東方から現れた鬼神族によって土地は奪われ、今では桁違いの貢物を毎年要求されていた。
「そんな事があったんやな。よし、取り返そう。ほんで、今迄払った分は倍にして返して貰おか。」
「はい!お父様ありがとうございます!」
魔王ヨウヘイは、ドワーフの為に立ち上がったのでは無い。オエドを壊滅した時の快感が脳裏に焼き付き、自身の欲望を満たしたいだけであった。
「お前ら俺みたいに飛べるか?」
サキチとサヨは、目の前で浮遊してみせる。
「何や使えるやん。ドベルク、お前らも魔法使えるんやん。」
「い、いや、、、浮遊するなどという魔法は聞いた事がありません、、、。」
「ほな、これ何やねん?」
「、、、い、一部の魔族は空を飛ぶと聞きます。」
「そしたら、こいつら魔族になったんか!?凄いやんか昇格やな。」
「ありがとうございます。お父様。」
「魔王様、私も同行して良いでしょうか?」
「当たり前やんブロンド。今のところは、この4人しか戦力にならへんからな。」
魔王ヨウヘイとサキチ達は、鬼神族が占拠する土地へと飛び立った。
「キナヴァリ様、ただいま戻りました。」
「おう、オエドはどうだった?」
「噂通り瓦礫と化してました。」
「あのオエドが、、、横取りした奴は分かってんのか?」
「いえ。しかしメガミノオトシモノであるという噂も。」
「ヒデヤス以来のメガミノオトシモノが?それが真実であれば実に面白い話しだな。」
「ええ。何が原因か分かりませんが同士討ちという線もあるのではと。」
「もしくは、純粋にぶっ壊したかっただけか、、、」
鬼神族を束ねるキナヴァリは、齢500歳を超えても尚その強さは圧倒的であり、未だ全盛期と言っても過言ではない。それでも、落とせなかったのが150年前に作られたオエドであった。幾度も侵攻してはヒデヤスを筆頭としたサマーイに苦戦をし痛み分けが続いていた。ヒデヤス亡き後も、その意志と強さを引き継いだ者達によって阻まれていた。
鬼神族の根城の真上、上空には魔王ヨウヘイ達が眼下で蠢くオニを見ている。
「へえ、絵本で見るオニとは違うが確かに角があるんやな。」
魔王は鬼神族とは如何ほどかと、地上に降り立ち蠢くオニに近付いた。
「おい、なんか素っ裸の人間が来たぞ。」
「迷いこんだか?」
「さあな、しかし運の無い野郎だ。」
鬼神族の末端ダイモナス達は、突然現れたヨウヘイを餌が飛び込んできたと言わんばかりに見ていた。
「なあ?お前ら強いん?」
ヨウヘイは、自分の背丈をゆうに越えるダイモナスを見上げてニヤついていた。
「はっはっはっはっ。おい、聞いたか?この人間、俺達が強いかどうか知りてえんだとよ。」
「そうかい、なら身体に教えてやるよ!」
一人のダイモナスが手に持つ鉄の棍棒を振り下ろす。棍棒はヨウヘイの頭の上に真っ直ぐ降りてくる。
当たる直前、一瞬の事であった。
ヨウヘイは地面を蹴り攻撃を仕掛けたダイナモスの背後へと回った。そして鉄の棍棒は誰もいない地面を叩いた。
「!?」
驚いたダイモナスは目の前から消えたヨウヘイを探す。
「なんやねん。えらいゆっくりな攻撃やな。しかも棍棒ってダサいやろ。魔法とかは無いんか?」
突然背後から聞こえた声にダイモナスは驚き飛び退いた。
「ほ、ほう。早さだけは一丁前のようだな。」
もう一人のダイナモスはヨウヘイの早さに違和感を覚え勝負を急ぐ。
「おい!二人で一気にやっちまうぞ!」
ダイモナス達は左右に分かれてヨウヘイに棍棒を振り下ろす。しかし結果は変わらず空振りとなる。二人は何とかヨウヘイを視界に収めて何度も攻撃を仕掛けるが結果は変わらない。幾度目かの攻撃を仕掛けるとドンっという音と鈍い衝撃がダイモナスの胸に響いた。
「ぐぅ、、、」
ヨウヘイは心臓辺りに素手による打撃を繰り出していた。
「あら?死なへんねやぁ。」
胸を抑えヨウヘイの足元にしゃがみ込むダイモナス。
ヨウヘイはしゃがむ相手の髪の毛を掴み、今度は顔に平手打ちを叩き込んだ。
「ぐわあーっ」
ダイモナスは痛みに我慢出来ず声が出る。
「うーん。打撃はアカンか。やっぱり龍かぁ。」
青白く光る背中の龍が蠢く。
仲間が殴打されても動けずにいたダイモナスは、その背中の光を見て更に身体を硬直させていた。