和風
ハコニワで初めて迎える朝は、どこか懐かしさを感じた。
昨日美しい人や異世界への落下、ドワーフとの出会いなど出来事が多すぎて感じる暇が無かったが、辿り着いたハコニワの世界は、日本の夏を思わせる。
夏とはいえ、暑苦しい程ではなく初夏という方が、この雰囲気に当てはまりそうだ。爽やかな風が心地良い季節を感じた。
時間は分からないが、窓から見える白白とした空を見ると、夜勤明けに歩いていた家路を思い出させる。
「おかん、、、何か分からんけど、そっち行くの先延ばしやわ。俺、もうちょっと生きてみるわな。」
ドベルクに貸し与えられた客間から昨日話しをしていた居間へと続く扉を開けると、居間は懐かしい香りが充満していた。そしてその香りの中には、ドベルクではない老婆が見えた。
「ええと、、、おはようございます。ヨウヘイです。昨日からドベルクさんにお世話になってまして。」
老婆は、ゆっくりと俺の方へと身体を向けた。
「ええ、ええ。聞いておりますよ。ヨウヘイさん。さあ、もう少ししたら朝食の準備が出来ますんでね、こちらへどうぞ。」
用意して貰った椅子は、申し訳ないが脇にずらして床に腰をおろした。
「あら。そうですよねえ。あはは。大きいですもんねえ。」
老婆は俺の様子を見て、穏やかな顔で笑っていた。
「お口に合えば良いですが。さあ、召し上がってくださいねえ。」
老婆が用意してくれたのは、まだ健在だった母が好んで作っていた、THE・和食であった。そう、あの香りは味噌汁であった。母の痴呆が進行してからは、インスタントの味噌汁や、定食屋では食べていたが、ここまで温もりを感じる味噌汁は何年ぶりだろうか。俺は手を合わせ、夢中で出された料理を口に運んだ。
「あらあら。そんなに一気に運ばなくても沢山用意してますから。」
老婆は俺の食いっぷりを見ても嫌な顔せずに優しく微笑んでいた。
「ふぉっふぉっふぉっ。起きてましたか。」
俺はかきこんだご飯を口に含んだまま、ドベルクの声の方へと返事をする。
「あ、おふぁようございまふ。」
「ふぉっふぉっふぉっ。たんとお食べくださいな。」
ドベルクが座ると、老婆がドベルクの朝食を運ぶ。
「婆さん、ありがとよ。」
「いいええ。あんたもたんと食べんとねえ。」
「ふぉっふぉっふぉっ。」
「あははは。」
目の前にある穏やかな空気にほっこりとする。
「あ、あの。ドベルクさん。こちらの方は、奥さんですか?」
「ん?ああ、紹介してませんでしたか。そうですよ。」
ドベルクは、老婆に手で挨拶するよう促していた。
「あらやだ。すいませんねえ。ドベルクの妻のミザといいます。皆からは婆さんとしか呼ばれてないので、お好きに呼んでくださいねえ。あはは。」
「ミザさん。こんなにも美味いご飯を食べたのは、何年ぶりか。ほんまに最高の朝ご飯でした。ご馳走さまでした。」
「あら゛ほんま゛が出ましたわねえ。あはは。お口に合って何よりですよお。」
昨日からそうだが、俺が言う「ほんま」という言葉にドワーフの人々は敏感に反応し、そして喜んでいた。まあ、日本でも田舎の言葉はついつい繰り返してしまう事もあるし、彼らのリアクションも馬鹿にしているような印象も無かったので、粒立てて聞く事はしなかった。
朝食を終えると、ドベルクが昨晩のうちに声を掛けてくれていた若者のドワーフが訪れた。
「村長、おはようございまーす。」
「着きましたよおー。村長ー。」
玄関の外から明るい声が聞こえてきた。
「ふぉっふぉっふぉっ。来たようですな。ささ、ヨウヘイさんもこちらへ。」
外に出ると、二人の若者がいた。
「ほれ、二人共挨拶せんか。」
ドベルクが若者に声をかける。
「あ、おはようございまーす。」
短髪の若者が満面の笑みで応えた。
「あ、、どうも。おはようございます。」
「違うわい。馬鹿もん。名前を言いなさいと言ってるんだ。まったく、、、」
「えへ。そうか。俺は馬乗りのサキチっていうんだ。」
「馬、、乗り?の、、サキチさん。宜しくお願いします。ヨウヘイです。」
短髪のサキチが挨拶をすると、もう一人の若者も続いた。
「ヨウヘイさん、私はサヨといいます。私も馬乗りをしています。宜しくお願いします。」
「サヨさん、宜しくお願いします。」
サキチにサヨとは、何とも和風な名前だ。ドベルクやミザとは異質な感じもするが、先程食べたTHE・和食の一件もあるし日本と通じるものを所々で感じる。
馬乗りと言われるとイントネーションを少し変えると格闘技や喧嘩のように感じてしまうが、その名の通り馬に乗る者の事だろう。
「えーと。お二人は、ご夫婦ですか?」
俺がそう言うと、二人はお互いを見ていた。サキチはニンマリとしていたが、サヨは顔を赤らめてサキチの頭を叩いている。見かねたドベルクが、話しかけた。
「ふぉっふぉっふぉっ。ヨウヘイさん、二人は幼馴染ですが、まだ夫婦ではありませんよ。ふぉっふぉっふぉっ。あんまりからかってもらっては困りますなあ。」
「え、そ、そうだったんですが。すいません。からかうつもりは無かったんですが、先程までドベルクさん達夫婦を見ていたものですからつい。」
サキチとサヨは、ドベルクに言われ俺を手伝う為に早朝からやってきてくれた。どうやら、街道の先にある街へと案内してくれるそうだ。
「ねえヨウヘイさん、どんな馬に乗ってた?」
「え?馬に?いや、、乗れないけど。」
そんな俺の言葉に、聞いてきたサキチも隣に立つサヨも、玄関にいるドベルクも口をあんぐりと開けて驚いていた。
いやいや、それはこっちのリアクションやし。馬に乗るって、めちゃくちゃレアやし。とこちらも唖然としていた。
「ふぉっ。乗った事もありませんかな?」
「ええ。乗った事もないです。」
「へえ。そんな人もいるんだ。」とサヨが話すと、サキチと相談し始めた。
「どうしようか。馬車は小さいわよね。」
「うーん。荷車は?」
「ダメよ。そんな可哀想じゃない。」
「ええー。でも、仕方ないじゃん。でかいし。馬乗れないし。でかいし。」
「、、、、でかいわね。馬乗れないわね。でかい。」
二人はジトッとした感じで俺を見てきた。
「あ、あの。荷車?でしたっけ。それで良いですよ。歩いて行ける距離じゃないんですよね。」
俺の言葉を聞くなり、二人は満面の笑みで仕方ない仕方ないと何処かへと歩いて行った。
「ふぉっふぉっふぉっ。馬に乗れるとばかり思っておって。すいませんねえ。」
「いえいえ。ドワーフの方達は皆さん乗れるんですもんね。それなら不思議ですよね。はは。」
「え?乗れやしませんよ。馬乗りは、ドワーフの中でも少数ですからねえ。」
「そ、そうなんですか?なんか、あんな感じで言われたんで常識なのかと、、、」
「いやいや、すいません。以前に来た【メガミノオトシモノ】の方々は、皆さん馬に乗る事が普通のようでしたんでね。そういうものなのだと我々も勝手に考えていたんですよ。」
そう、【メガミノオトシモノ】は、俺だけの事を言っている訳ではない。何十年か何年か、不定期に訪れていたようだ。因みに俺がここに来たのは、前回からは結構期間が空いたそうだ。ドベルク曰く、150年程前の事らしい。それ以前は、数年から数十年毎に落ちてきていたそうだ。
ドベルクの年齢を聞いてはいないが、300年前についても自分の経験した事として話しをしていたので、長生きというのはドワーフのイメージ通りかも知れない。
「これからヨウヘイさんに行って頂く【オエド】には、メガミノオトシモノの名残が多くありますんでね。ヨウヘイさんがここで生きる為に必要な手続きや他にも色々と役立つ情報も多い筈ですぞ。」
そんな話しをしていると、サキチとサヨが荷車を引く為に馬に跨り戻ってきた。
【オエド】とは、これまた和風である。
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