メガミノオトシモノ
ハコニワの真ん中【セントラル】という泉に落ちて、綺麗な青い瞳を持つ人々に「ハコニワへようこそ」と歓迎されてから小一時間、俺は老人が住む家に招かれていた。
老人の家を囲むように、周囲には幾つもの家が並ぶ。テレビでよく見るヨーロッパの町並み特集に出てくるような、カラフルな家々が並んでいた。
しかしどの家も日本の家に比べると半分程度の大きさである。2階建てに見える建物も、2階の窓はバスケットの選手ならジャンプをすれば覗けるのではと思える程である。
当然かも知れない。どの人を見ても、俺の腰あたりの身長しかないのだから。
ただ老人の家は、高さはないものの周囲に比べると間口も広く俺でも屈みながらではあるが入る事は出来たし、屋内で立つ事も可能だった。とはいえ、首はほぼ90度になっているが。
用意してくれた椅子は遠慮して、床に座らせて貰った。
「ふぉっふぉっふぉっ」という聞き心地の良い老人の笑い声が、初めてきた場所に少しの安心感を与えてくれた。
老人の家の窓には、一目俺を見ようと子供から大人まで入れ代わり立ち代わり覗き込んでいた。
少し目が合う度に、「うおー」「でけー」「ほんまー」などと声が上がる。
そうそう、あの「ハコニワへようこそ」という声を聞いてからというもの、人々の話している言葉が分かるようになっていた。あの時は落ち着いてきたと思っていたが、そうでも無かったのだろう。混乱というのは、恐ろしい。
「ふぉっふぉっふぉっ。ところでほんまの人よ、貴方のお名前を聞いても良いかな?」
「あっ、、そうでしたね。すいません。俺は、いや私の名前はヨウヘイと言います。」
「ほう。ヨウヘイさんとな、良い名前ですなあ。」
「あ、ありがとうございます。」
「ワシはドベルク。この村で一応村長をしております。まあ、ただ皆より長生きしとるだけなんだがね。」
ドベルクは、村の事やここに住む人々の事を話してくれた。
俺が落ちた泉が【セントラル】、そして西岸にあるこの村は、【ウエストバンク】と呼ばれている。
ここに住む人々の背の低さを聞いて良いものか、もじもじしている俺の様子を察したのか、種族の事を話してくれた。彼らはドワーフという種族だという。
ドワーフという名前は、日本でも聞き馴染みがある響きだった。確か、もの作りを飯のタネにしている髭をたくわえた屈強だが背の低い種族だった気がする。それとなく、そんな質問をしてみたが、あっさりと違う事がわかった。
確かに背は低いが、屈強という程の人は見かけていなかった。彼はもの作りではなく、農作物や【セントラル】の泉で取れる水産物を加工、販売して生計を立てているそうだ。ちなみに、名物は【セントラルマス】という魚だそうだ。そう、あの日本でも馴染みの魚「マス」である。
この村の事を一通り聞き終えて、俺は聞きたい事を改めてぶつけてみた。
「ドベルクさん、俺、、、あの、、めちゃくちゃ美人の人に連れて来られたんですど、、、それ誰なのか分かりますか?」
そう聞く俺をドベルクは、頷きながら微笑んで見ていた。
「し、知りませんか?」
「ふぉっふぉっふぉっ。知らないとは言えませんが、知っているというには遠い存在ですなぁ。」
「え?ほな、知ってるんですか?」
「ふぉっふぉっふぉっ。貴方のような人を我々は、メガミノオトシモノと呼んでいるんですよ。」
「、、、ん?メガミノ、、、」
「ええ。メガミノオトシモノです。ふぉっふぉっふぉっ。」
「ほ、ほな、あれは女神さん!!」
「ふぉっふぉっふぉっ。そうでしょうなあ。いやはや
羨ましい限り。我々も一目で良いのでお目にかかりたいものですなあ。」
そう言い笑うドベルクを余所目に、俺はあれが女神かと鮮明な記憶を辿っては、微笑んでいた。それ程に美しい人だった。
「また、会えるんですかねえ、、、」
俺はぼそっと独り言のように呟いたのだが、ドベルクはその呟きに答えてくれた。
「ふぉっふぉっふぉっ。それは我々には分かる事ではないですが、ヨウヘイさんが女神様から伝えられた使命を全うすれば、その願いは叶うかも知れませんなあ。」
「そうですかあ。使命、、、。まあ、ここで生きるとしか言われてませんけどね。ははは。」
俺は女神の言葉を思い出して天井を見ていた。
「ほほう、、ここで生きると。それであれば、我々も女神様の意向に沿わねばなりませんな。我々も協力しますぞ。」
「え?ほんまですか?それはありがたいです。」
「ふぉっふぉっふぉっ。゛ほんま゛が出ましたなあ。ええ、ほんまですとも。まあ、今日はウチでゆっくりとお休みくださいな。明日、若い者を付けますんでな。」
俺はドベルクの言葉に甘え、休ませて貰うことした。
不安は既に無かった。何故かは分からないが、ここで生きるという言葉が心に清々しさを運んできていた。
俺の頭はおかしな頭なのかも知れない。つい数時間前には死のうと考えていたのだから。
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