落下物
ここは『ハコニワ』という世界。
日本が存在したあの世界とは別の世界。
何万年も前から存在する世界。
そこに一人の男が落下する。男は途轍もない速度で落下しく。
『ハコニワ』のちょうど中心部に、【セントラル】と言われる大きな泉がある。その泉には、『ハコニワ』に暮らす人々が楽しみにしている事があるのだった。
数年から数十年に一度、規則性の無い間隔で突然にやってくる落下物。
『ハコニワ』に暮らす人々は、突然にやってくる落下物に対し親しみを込めて【メガミノオトシモノ】と呼んでいた。いつ来るか分からないのに、泉への着水を確認すると、あれよあれよという間に人々は泉を囲み、今か今かと着水した【メガミノオトシモノ】が浮き上がるのを待つ。
死を覚悟し意識が遠のいた俺に訪れたのは、バチンという全身を同時に叩かれたような衝撃と、沈んでゆく身体と顔面の穴から縦横無尽に入る水だった。落下していた俺は訳も分からずに浮上した。
「ぶはあ!!」
俺が浮上した途端に、聞こえてきたのは大勢が一斉に発した歓声と拍手だった。
依然として状況を掴む術の無い俺は、小舟でやってきた者達に抱えられて舟に座る。
何か言っているが、頭が混乱しているのか雑音のようにしか聞こえない。よく見ると、小舟の者達は外国の人のようだ。金髪に青い瞳。なるほど、それで何を言っているのかさっぱり分からないのだと混乱しつつも納得できた。
人は不思議なもので、一つでも納得できるものがあると先程までの混乱が嘘のように落ち着いてくる。
落ち着いてくると、周囲を見回すのが常だろう。
「ほんまに、なんか分からん場所に来たんか、、、」
俺がそう呟くと小舟の者達は、歓声を上げたり、岸で待つ者達に何やら大きな声で伝えていた。
所々に聞こえてくるのは、聞き間違いかも知れないが、「ほんま、ほんま」と聞こえる。これは俺の真似をしているのかと耳を澄ましてその者達の声を聞いていた。
岸に着き、船を降りて気付いた事がある。
小舟に乗っていた者達も、岸で歓声を上げ拍手をしてい者達もやたらに背が低い。俺が180センチという事もあるかも知れないが、どう見ても半分程度。俺の腰当たりに人々の顔があった。
奇妙とは思わないが不思議な光景だった。
背が低い以外は、それぞれに年齢を重ねた顔をしていたり、幼い子供はさらに小さい人だった。
金髪だけかと思っていたが、よくよく見るとそれぞれにグラデーションがある。少し暗い色や、より明るく白に近い者もいる。俺が見えている限りで集まる人々に共通しているのは、綺麗な青い瞳だった。
何かを言いながら、楽しそうな顔で俺を見上げている人々の中から、一層年老いた小さな人がやってくる。
俺の前、集団の手前にいた者達はその老人に気づくと、道を開け、老人の腕を支えていた。
特に何かを感じた訳ではないが、俺は屈んで老人と顔を合わせる事にした。
「ふぉっふぉっふぉ。お優しい事で。」
「えっ!」
老人は目が合った途端に、俺が理解できる言葉で話しかけてくれた。突然の事で驚きと喜びを隠せずにいた。
「わ、わかる!何言うてるかわかるで!!」
「ふぉっふぉっふぉっ。今回のメガミノオトシモノは、ほんまの人なんだねえ。」
老人も笑顔で俺を見ていた。
俺は知っている言葉を聞けた喜びで、老人の手を取り上下に振ってしまっていた。
周囲の者達は、俺と老人の様子を少し困ったような顔をして見ていた。
「あ、あの。おじいさん、ここはどこなんですか?」
「うん?あれれ、聞いてなかったのかい?」
老人はそう言うと、周囲の者達に目配せをする。そして、再び俺の目を見ると、せーのと声を掛けた。掛け声の後、周囲の人々は満面の笑みを浮かべながら
「ハコニワへようこそ!!」
と声を上げた。