分からないまま
クジ券売り場で意識を失った筈の俺は、美しい人に手を握られ、ふわふわと何も無い空間を彷徨っていた。
俺は戸惑いと不安を隠せずにいた。
「あ、あの、、、何なんですか?」
「、、、ふふ」美しい人は、俺を見ずに微笑んだ。
微笑む顔を見ても、何ら安心はできなかった。
「いや、笑われても、、、ここどこ?ていうか、何かこれ浮いてんの?」
俺は美しい人と共に、上も下もない空間をふわふわとしていた。景色もない。視界には何も無い空間と美しい人と俺だけだった。
美しい人がやっと俺の目を見てくれた。
「あれ?もしかして、まだ見えてないのお?」
「え?何が?貴女の事は見えてますけど、、、」
「ええー、違うよお。もう、、、割と時間掛かるんやねえ。」
「時間?、、、何が?ちょ、ほんまに何の事かわからへんねんけど。」
俺は主語のはっきりしない物言いに、少々苛立ちを覚えていた。
「まあ、もう少ししたら到着だからいいか。」
美しい人はそう言うと、俺の手を少し強く握り直した。
視界が開けた感覚が俺を急襲した。更に、顔に当たる暖かな風や田舎で感じる懐かしい自然の匂いが同時に襲う。
今まで何も無い空間だった所に青く高い空が広がり、緑緑しい大地が眼下に現れる。地平線の先には、重たい煙が立ち上り今にも噴火しそうな山が見える。
「な!?、、、なんなんこれ、、、」
驚く俺に気付いたのか、美しい人が語りかける。
「やっと見えたんやねえ。良かったわあ。失敗かと思っちゃった。」
美しい人は俺の様子を見ながら、再び微笑んだ。そして広い空をゆったりと舞いながら話しを続けた。
ここはねえ、『ハコニワ』という世界。
何万年も前から存在していた世界なんよ。
キミはね、もうあそこの世界には帰らないの。ここがキミの世界。キミはね、この『ハコニワ』で生きていくの。
キミにはとても広くてどこまでも続くように見えているこの世界はね、実は全てが壁に囲まれているのよ。この無限に見える空も、広がる大地の奥底にある地底にも。それに、あのエトナ火山の先にも壁があるの。そう、ここは大きな箱の中なのよ。
ねっ、『ハコニワ』でしょう。ほら思い出して、キミの世界にもあったよね?ほらほらスマホのゲームでもあったでしょう?
ふふふ。
さあ、そろそろ説明は終わり。
じゃあねえ。また会いましょう。ふふふ。
「え?なに?終わり??え?」
美しい人は、そっと俺の手を離す。
先程までの浮遊感が瞬時に無くなる。俺がいた世界と同じように、強烈な引力で緑緑しい大地へと吸い込まれていく。
身体をジタバタさせる事もできない風圧の中、ただ落下していく。不思議と怖さは無かった。いや、そもそもあの美しい人とこの『ハコニワ』とそこに居る自分に実感が無かった。夢というには現実風味が強く、現実というには夢のスパイスが効いている。
「ここで生きるって、、、これ、もう死ぬやん」
何だか笑えてくる。ここで生きると言われた筈なのに、直ぐに死と直面するなんて。
「まあ、ええか。」
そう思う俺の頭に浮かんだのは、まだ気丈で逞しく、優しさに溢れ笑いに厳しい自慢の母の顔だった。
「なんか、分からんけど。結局そっち逝くわ。」
そして俺は意識を失った。