少年は圧倒的
深い森で3人が出会ったのは、「森の虐殺王」と呼ばれているパグロームベア。ゴブリンのモブとコリンは、絶対絶命のピンチに身体を強張らせ身動きが取れずにいた。
しかし、アオイだけは「いけるかも」と平静を保ち熊と対峙していた。そして、その言葉の通りパグロームベアの渾身の一撃を受け止めると、「ね。大丈夫みたい。」と笑っていた。
「熊さん、諦めてくれない?」
アオイは、腕に力を込めて震わせているパグロームベアに話しかける。
「ぐぬぬぬぬ。こ、小僧めええ。」
パグロームベアは、アオイの空いた胴体に向けてもう一方の腕を振り回し横殴りにした。ドンッという衝撃音と共にアオイは吹き飛ばされて木に衝突した。
「ア、アオイーーー!!」「アオイーーーー!!」
モブとコリンが叫ぶ。
「ガハハハ!!偶々防いだからと調子に乗りおって!人間の子供など容易く殺せるのだ!!」
パグロームベアは、繰り出した攻撃で自信を取り戻すと、その横暴な眼差しをゴブリンへと向けた。
「さあ、次はお前等だ、、、ガハハハ。」
そう言うと肩で風を切り歩を進める。
「まずは、生意気そうなお前だな。」
パグロームベアが目を付けたのはモブだった。
「く、くそう、、、くそう、くそっ!!」
モブは友達を救えない無力さと、それでも恐怖で動けない自分に苛立っていた。
パグロームベアが拳を振り上げて狙いを定める。その時だった。
「コラーーーーーー!!」
背後から吹き飛ばされたアオイが大声を出した。
モブとコリン、そしてパグロームベアも振り返る。
そこには、髪の毛に葉っぱをくっつけたアオイが怒って立っていた。その様子を全員が口をポカンと開けて驚いて見ていた。
そんな様子はお構い無しに、アオイはズンズンズンズンとパグロームベアに近付く。
「諦めてって言ってるよね!」
プンプン怒る小さなアオイに、パグロームベアは怯んでいた。なぜなら攻撃を受け止められただけではなく、会心の一撃を食らわせた筈の子供が目の前で元気に立っているのだから。
「う、嘘だろ、、、何なんだ、、てめえ。」
「熊さん、この二人は友達なんだよ。分かる?と、も、だ、ち。だからこんな事しないで!」
パグロームベアは混乱していた。言葉にならない雄叫びと共に両腕をぐるぐると回し、餅つきのようにテンポよくアオイに向けて振り下ろしていった。ドンドンドンっと鈍く重い音が何度も響いた。
何発も何発も振り下ろし、肩で息をする程に疲労困憊の様子のパグロームベア。しかし目の前には、腕をクロスにしたまま一歩も動いていないアオイが立っていた。
そして、アオイは頬を膨らませて怒っていた。
「もう!しつこいよ!本当にしつこい!」
アオイは、堪忍袋の尾が切れたのかそう言い放つと拳を握り締めて、パグロームベアの肉厚の腹部にドンッと当てた。パグロームベアに伝わった衝撃は凄まじいものだった。腹部から身体の内部を破壊されたかのような激痛が走ると、立ってなど居られなかった。意識を失いそのまま前屈みに倒れ込みアオイに覆い被さった。
「、、、、」「、、、、」
モブもコリンも状況を飲み込めずにいた。
もそもそとパグロームベアが動く。そして、地面とパグロームベアの隙間からアオイが這い出てきた。
「ぷはあ!重たっ!」
けろっとしたアオイを見ると二人とも涙を流しながら駆け寄って抱きついた。
「アオイーー。ごめーん。俺、何も出来なかったあー」
「アオイ、僕もごめーん。アオイーーー。」
二人は無事に生き残った安堵感やアオイへの申し訳なさで泣き喚いていた。
「ええ、、なんで?どうしたの??え??二人とも、苦しいよお。」
アオイは、そんな二人の様子に困惑しつつも、更に仲良くなれた気がして笑っていた。
ひとしきり泣き喚き、笑いあうと目の前の現実に目を向けた。
「なあ、アオイ。これってまだ生きてるよな。」
「うん。そうだね。」
パグロームベアは意識を失い、大いびきをかいて横たわっていた。
「ねえ、アオイ。どうするの?」
「うーーん、、、どうしよう。」
「寝かしとけば良いんじゃねえか?」
「風邪引かない?」
「はあ?何言ってんだよ!風邪?こいつが!?そんな訳ないだろうよ!」
「そうだよアオイ、風邪は引かないと思うし、このままにして里に行こうよ。」
「うーーん、、、」
アオイは二人の話しに理解を示しながらも何となく心配で動けなかった。
「ねえ、モブ、コリン。このままにしてたら、違うのに食べられたりしない?」
「え?パグロームベアが?」
「あ、うん。パグロームベアって言うんだね、この熊さん。」
「いや、誰が食べるんだよ!こんな怖い奴。」
モブはそう言うが、コリンは違っていた。
「でもさ、食べないかも知れないけどさ、、、普段の恨みじゃないけど、ここぞとばかりに違う魔物が来て殺しちゃったりするかもよ。」
コリンの言う通り、森を我が物顔で闊歩する虐殺王に恨みを抱く魔物は多い。返り討ちに怯えて手出しはしないものの、こんな状況を見れば好奇と見て襲ってくるだろう。
「二人ともごめん!僕、ここに残るよ。」
「え?」
「やっぱりさ、何か嫌だなって。本当ごめん!」
モブとコリンはアオイの様子を見ると諦めたのか、気絶したパグロームベアの傍らに座った。
「え?どうしたの?」
「いいよ。起きるまでだろ!」
「うん。いいよ。また襲ってきたら助けてよね。」
アオイも二人の側に座り笑顔を向けた。
「もう、何だよその顔。やめろよ。」
「えへへへ。」
3人は、他愛もない話しをしていたが、木漏れ日の暖かさや穏やかな風が吹き抜けていくといつの間にかぐっすりと昼寝をし始めていた。
その様子に困惑したのは、入れ違いで目を覚ましたパグロームベアだろう。気絶した自分の傍らで無防備に眠る人間の子供とゴブリン達。襲おうと思えば、いつでも食い殺せる距離にいる。しかしそうはしなかった。
パグロームベアは辺りを見回す。
「こいつら、、、。」
パグロームベアは、彼等が自分の命を気遣い傍らに居続けた事を察した。大きな身体で3人を包み、再び目を閉じた。パグロームベアの顔は穏やかであった。