青年アオイは少年
メガミノオトシモノのアオイは、着水した泉の側にいたゴブリンのモブとコリンと打ち解けて仲良くなっていた。
しかし3人の前途は多難であった。そもそもゴブリンの里にいる大人達は口々に「メガミノオトシモノは災いだ」と関わる事はおろか、近付く事さえも禁止されていた。
「そうなんだね。そんなにも僕は嫌われているのかあ。」
「、、、まあな。でも、そんなの俺達が言ってやるから。」
「そうだよ。アオイは何もしてないんだからさ」
「うーーん、、、でもこのままじゃ二人に迷惑かけちゃうから、、、それだけは絶対に嫌だな。」
アオイはすっと立ち上がり、辺りをキョロキョロと見回した。
「ど、どうしたんだよ?」
「うん、、、えーと、、、一人で寝泊まり出来る所無いかなって思ってて。」
「はあ?何だよそれ?」
「え?いや、ほら二人とは友達になれたし嬉しいけどさ、二人の里に行く訳にはいかないからさ。この辺で暮らそうかなって。」
アオイがそう言うとコリンは慌てて止める。
「アオイ、ダメだよ!キミみたいな子供が一人でこの森の中にいるなんて凄い危ないんだよ!」
アオイはコリンの勢いに驚きつつも子供と言われた事に違和感を感じた。
「えええ、、、こ、子供。コリンには子供に見えてるかも知れないけど、僕は大人だよ。」
「何言ってるんだよ!僕だって人間の大人も子供も見たことあるんだからね!キミは子供だよ!」
そう言うコリンの言葉が信じられず、モブの方に目をやると、モブもその通りだと大きく頷いていた。
アオイは再びキョロキョロすると、泉へ向かって走り出す。そして、泉に自身の顔を写して確認した。写っている顔はどう見ても小学生ぐらいにしか見えなかった。
「あ、あれ?え?、、、あらら?」
アオイは泉の水をチャプチャプとかき混ぜては、水面を覗き込む。しかし小学生の自分は間違いなくそこに居た。
「えええっ!!ぼ、ぼ、僕、小さくなってるじゃーーーん!!!」
そんなアオイの様子を見て、モブとコリンは呆れて笑っている。
「小さくなってるってどういう事だよ。まったく。」「本当アオイって変だね」
アオイは、子供だった事に気付き嬉しそうに二人に駆け寄ると、これからどうする議論は脇に置いておいて、二人の手を取り回りだす。キャハハ、キャハハと楽しそうに回っている。キャハハ、キャハハと、、、
「長いっ!しつこいっ!!」
モブがバチンと手を振り払った。コリンは目を回してふらついていた。
「えへへへ。調子に乗っちゃった。」
「アオイ、とりあえずな俺は15歳でコリンは13歳。アオイはさ、どう見ても俺達より年下なんだから、俺達の言う事はちゃんと聞けよな!」
「えへへへ。」
「おい!聞いてんのか!アオイ!」
「えへへへ。」
「だめだ、、、舞い上がってる。」
「モブどうする?」
「とりあえず、母ちゃんに言ってみるか、、、」
「母さん、怒らないかな。」
「父ちゃんよりマシだろ?」
「う、、うん。そうだねえ、、、」
二人は舞い上がって笑っているアオイの手を取ると里へと歩き出した。泉の回りには深い森が続いている。ゴブリン達はこの森の中で周囲から隠れるように里を作り、執拗につけ狙う凶悪な魔物から身を守る生活を続けていた。
周囲の魔物にとっては、ゴブリン特有の緑色の肌とギョロっとした目は、蔑視の対象であり嫌悪感を抱いていた。
モブとコリンもそうだ。里から出る時は気配を消して、魔物に出会わないルートを見つけては素早く移動していた。
アオイと出会った日も、里から大きく迂回と蛇行を繰り返しながら泉の側に咲く果実草から里の子供達に甘い実を持ち帰ろうとしていた。もし、魔物と遭遇してしまったら、、、それはゴブリンにとって死を意味すると言っても過言ではない。
そう普段ならば、行きと同じく十二分に周囲に気を配り、神経を尖らせて些細な変化も逃さない。それが生き残る術だから。しかし、今日は違った。
アオイというメガミノオトシモノと出会い、それが大人の言う災いなどでは無く、天真爛漫な年下の子供だった。二人の意識は、周囲ではなくアオイをどうすべきか、大人達に何と釈明すべきかとそちらに向いてしまっていた。
行きに通ってきた同じ道を蛇行と迂回を繰り返し里へと歩いて行く。
ガサガサ。ガサガサ。
「くっせえなあ、、、」
森の奥でギラツイた目で3人を捉えた者がいた。
「おいおい。どうりで臭えはずだ。」
モブもコリンも気付けていなかった。普段であればあり得ない事であった。ギラついた視線も、その気配も感じ取れていなかっま。
ギラついた目の持ち主は、捉えた3人に向かいダダダダッと大きな音を立てて近づき、木々の間から彼等の前に立ち塞がった。モブとコリンは突然の出来事に顔は青ざめ、冷たい汗が吹き出していた。
「し、しまった、、、」「あわわわわ、、、」
二人は気配察知を怠っていた事、慎重にならなかった事を瞬時に後悔したが時既に遅し。目の前には、この森で出会いたくない最悪の魔物が立っていた。
魔物の名前はパグロームベア。我が物顔で森を闊歩する、最悪最強の存在。パグロームベアに見つかれば最後、逃げる事は叶わない。まるで玩具のように弾かれては踏まれ、噛み千切られては捨てられる。そのような残酷な熊に対し「森の虐殺王」という異名が付けられていた。
「コ、コリン、、、アオイを連れて逃げろ、、、」
モブは二人だけでもと一歩前に出る。
「モブ、、、無理だよ。こいつからは逃げられないよ、、、」
震える二人を見ていたアオイは、すっと前に出る。
「モブ、コリン、僕に任せてくれない?」
「はあ!?何言ってるんだよ!逃げろアオイ!」
「そ、そうだよ!キミだけは逃げて!」
二人の言葉にアオイは首を横に振った。
二人よりも幼い見た目のアオイは、先程までの天真爛漫さが消えて、落ち着いていた。
「びっくりしないでね。なんかね、いけそうなの。」
パグロームベアは、3人のやり取りを退屈そうに眺めていた。
「おい、もういいか?」
野太い声は3人を威嚇していた。
「あの熊さんさあ、友達が怖がってるからどいてほしいんだけど。」
威嚇をされてもアオイは意に介さずにいる。
「ああ?なんだお前、、、お前人間だろうよ。なんでそんなクソみてえな奴らとツルんでるんだ?」
「友達を悪く言わないで欲しい。」
アオイは、ぐっと拳に力を込めていた。
「ガハハハ!友達?そいつ等が??このチビは頭がイカれてんな!ガハハハ」
笑い終えたパグロームベアは大きく太い腕を振り上げると目の前のアオイに向けて勢いよく振り下ろした。
モブは一歩も動けず目を閉じていた。コリンはもう無理だと直立のまま目を閉じた。
ブンっという風を切る音がしてすぐ、ドゴッと鈍く重い音が響く。鈍い音を聞き終えたモブとコリンは薄目を開けて見回した。互いの無事を確認すると、恐る恐るアオイの様子が不安になり視線を向けた。そこには、腕を頭の上でクロスし重い筈のパグロームベアの攻撃を防いでいるアオイが立っていた。
「え?、、、あ、アオイ。」「す、凄い、、、、、なんで?」
驚く二人とは対照的に、パグロームベアは自身の半分にも満たない背丈の子供に自慢の攻撃を受け止められた事で、怒りに身を震わせ目を血走らせていた。
「小僧、、、ぐううう。」
パグロームベアは太い腕に更に体重をかけていく。しかし、1ミリも沈まない。
アオイは防いだまま振り返るとモブとコリンに語る。
「ね!大丈夫そうでしょ。えへへへ。」