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ここに俺がいても良いんですか?  作者: ぱぱのです
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終わった日の始まり

肌寒い


天気が良いのが、逆に嫌になる。


痴呆症になり、俺が誰かわからないまま逝った母。

お別れしたのは、先週の金曜だった。


それまで母の入院費用や生活費を工面する為に、幾つものバイトを掛け持ちしていた。


爪の先に溜まったゴミなのか、そもそも黒ずんでいるだけなのか。

母を病院のベッドで看取った後に、俺は自分の手を天井に向けてじっと見ていた。


「結局、死んでまうんかい。」


つい口に出た自分の言葉に、自分の心が震えた。


病院の一階にある待合には、静かに眠る母と嗚咽が止まらない俺がいた。


唯一の家族を失って、誰も来ない簡単な葬儀を坊さんと過ごし、あっという間に燃えて消えた。

俺に残ったのは、汚い手と真っ白な骨壺だけ。


何も無い部屋に帰り、幾つものバイト先にメールを送る。


「すんません。辞めます。」


繰り返し、繰り返しその文面を送る。

返信は見ていない。自分の為に働いていなかった。

だから、何を返されても続ける気力は無かった。


ピピ。コンビニの傍らにあるATMに表示された、僅かな残高を12円だけ残して引き出した。

ホームセンターで掃除道具を買い漁り、その足で何も無い部屋に戻ってからは、ひたすらに生活感を消していった。


「おかん、、、おかん、、、」


口に出していたのか、頭の中なのか覚えていない。

でも、繰り返していた。


何も無い部屋を綺麗にして、何も無い部屋から最後の荷物を持ち出すと、大家が住む角部屋を訪ねた。

鍵と残高を渡すと、10000円を返してくれた。


「あんた、生きなアカンねんで。」

大家は10000円と共に、そう声を掛け、俺の肩を叩いた。


大家のおばさんは、俺や母を気遣ってくれていた。

でも、俺は俺の為に生きる気力が無かった。


頷きもせず、大家の顔も見ずに背中を向けた。


「せや、あんたコレ持っていき。」


大家は後ろから俺の上着のポケットに何かを入れた。

俺は少しだけ振り返り、何かは分からないまま頷いた。


それが1時間前の事だ。


大家がくれたのは、ロトロトという数字を選んで買うクジ券だった。選ばれた数字は、俺には無縁な数字が並んでいた。クジ券に書かれた引き換え開始日は今日だった。


取り敢えず、近所のドンチホーテにあるクジ券売り場に持っていった。これで最後。これが俺がこの世にいる最後の鎖。これをクジ券売り場に渡して、ハズレを見て終わる。


「はい。確認ですねえ。こちらの画面を見ていてくださいねえ。」


少しの時間に吹く風が冷たい。


「あらあ。残念ですう。こちら、ハズレ券ですう。」

「お兄さん、スクラッチしますう?」


最後の筈、、、そう思っていた。しかし、スクラッチと言われ返された10000円を思いだした。


「せやな。ほな、これで買えるだけ頂戴。」


俺の汚い手には50枚のスクラッチが渡された。

狭い台で汚い爪を立てて削るが上手くいかない。見かねたクジ券売り場の中の人が、削る道具を貸してくれた。

結果もろくに見ずに、ひたすら削る。

さっきまでの肌寒い風が、今は涼しく感じる程に腕を動かした。

何分経っただろう。無心で削る俺の側を何人が通り過ぎただろう。全てを削り終えて、中の人に渡す。


「はあい。お疲れ様ですう。ほな、ここ見といてねえ。」


ほんの少しの間で、また肌寒さがぶり返す。

俺は画面の中でハズレがカウントされるのをじっと見ていた。10、20、30、40、46、47、48、49


「そりゃ、当たらんわ」

そう呟き下に置いた僅かな荷物を手に取った。


「おめでとうございます!!」

急に中の人が甲高い声で叫ぶ。

目線を画面に向けた。

「高額当選か、、、」

高額当選の欄は、0枚のまま。


「はあい、こちら当たり券と10000円ですう。おめでとうございますう。」


「なんやそれ」

つい口に出た。


「ちょっとお、喜んでくださいよお。当たったんですよお。もお。」

中の人が俺の声に反応した。

「、、、すんません。」


「はあ、、、とりあえずこっち来て。」

中の人は、手招きしてクジ券売り場の横に誘導していた。

「な、なんですか?」

「いいからあ、こっち、こっち。」


俺は訳も分からずにいたが、誘導されるがまま売り場の横に移動する。そこには小さな扉があり、そこから中の人が屈みながら出てきた。


「もお、、、せっかく会いに来たのにい。」


俺は何を言っているのか、意味が分からないまま出てきた中の人を見ていた。

いや、見ている筈なのに白くて見えない。


「あら、時間かしらあ。」

中の人がそう言ったのを最後に俺は意識を失った。







「おめでとうございます!!」

甲高い声で俺は目が覚める。ダルく重い身体をゆっくりと起こすと、周囲を見回した。

何も無い。横たわっている筈の地面も、見上げている筈の空もクジ券売り場も無い。そこにあるのは、中の人の声をした美しい女性だった。


「え、、、なに、、なんやの、、これ。」

戸惑う俺に構うことなく、美しい中の人は続ける。

「はあい。それでは、行きますよ。」


「え?なに?いく?」


美しい中の人は、俺の手を取った。ふわっとした感覚だけを残して、俺は再び意識を失った。

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