放課後ニャンキー
俺には秘密がある。放課後にはニャンキーになって近所をオラオラするという秘密が。
これは誰にも知られてはならない。特に同じ学校に通う人間には決してバレてはならない秘密なのだ。
「きゃー! このにゃんこ目付きが可愛くないー! かわいいぃぃぃ!」
どっちやねーん。
そんな感じで今のところバレてない。
ニャンキーとなった自分は街の平和を守るためにパトロールをする。
これも我が一族の定め。仕方無い。仕方無いのだ。
「いやーん! このにゃんこお腹モフモフー!」
おぅふ。そこはもっと優しく……。
「あ、たまたまだ。プリプリしてるー!」
おぅふ。そこは乙女が触っては……。
「潰したくなるねー」
「ぶにぁぁぁぁ!?」
女子高生には頭がおかしい奴がたまに紛れている。俺のポンポンを潰したくなるとはどんな精神をしてやがるのか。
全速力で逃げ出した。向かった先はいつもの見回りルート。
今度は女子大生が沢山通る道だ。
……いやいや、これは歴としたパトロール。女子高生からの女子大生と来て商店街ルートを辿るのがいつものパトロールとなる。女の子には何かと危険が多いのでな。
痴漢とかストーカーとか本当にいるから。
本当だから。
本当だから!
ニャンキーな自分でもびっくりするけど本当にストーカーとかいるんだってば! 女の子の後を追いかける男がさ!
特にあれだ。春に多い。
……春の便りって奴だな。
新入生とか、わりと狙われ易いのだ。
自分はそんな女の子を守るために今日もニャンキーとして塀の上をパトロールしているのだ!
大学生になると女の子は一気にお洒落になる。そして香水とかも使うようになる。
ぶっちゃけ臭くて死にそう。
塀の上にいるのはそういうことだ。
でも我慢しなければならない。これも我が一族の定め。我が一族の男子は代々放課後ニャンキーとして世のため人のために尽くさねばならない宿命を負っているのだ。
多分呪いだ。先祖が昔、猫に何か酷い事をしたんだろう。
うちの家系の男子は思春期になると猫に変身する。夕方から夜に掛けて『にゃおん』と変身してしまうのだ。
ニャンキーとして世のため人のために誠心誠意働いてないとニャンキー化は終わらない。朝になっても猫のままだ。
うちはずっと母子家庭だと思っていた。猫を飼ってるだけのな。うちにはオス猫が一匹居た。母親は自分よりも猫を大切にしてた。
ある日猫は消えて父親が出来た。
そして母親と共に去って行った。
今の自分は祖父母と暮らしている。父親は屑だったようだ。ニャンキーとしての務めをろくに果たさずに次世代へとニャンキーを継承させたのだ。
いつか絶対、ぶん殴る。
母親もぶん殴る。
だがひとまずはパトロールである。
塀の上から女子大生が歩く様子を眺める日々。時間的に学校帰りがほとんどだ。
女の子ってどうしてこんなに可愛いのかな。年上だけど胸が高鳴るね。にゃはー!
「ふわぁ!? 猫さんだー! ちょーいちょいちょいちょい」
……大学生って変なのが多い。女子高生よりも変人率は高い。
塀の上に手を出してくる女子大生もそれなりにいる。でもこんなに変な声を掛けながら手を伸ばしてくる人はそこまで多くない。
「あら、今日も猫さんですわね。もーれもれもれもれ」
……何語よ。怪しい呪文にしか聞こえない。今日もツープラトンで『ちょいちょいもれもれ』だ。なんだこの魔界は。
二人とも可愛いのに『ちょいちょいもれもれ』だ。
放課後ニャンキーになってから女の子に対するイメージは大きく変わった。
馬鹿な男子と大差ない。
うん。大差ないよ。
「にゃんこだー! 三味線にしてやるー!」
「ぶにゃぁぁぁぁ!」
女子大生も玉にすごいのが混じっている。こうして俺は商店街へと移動するのだ。逃げた訳ではない。パトロールだ。小腹も空いたし。
今更になるが俺の毛並みは三毛である。紛うことなき三毛猫だ。ポンポンは勿論プリプリで尻尾はボンボンでもある。
オスの三毛猫はレアな猫。
商店街でも有名な招き猫として俺はみんなから大切にされている。
商店街は帰宅中の学生や夕飯支度の奥様方で大賑わいだ。
「にゃんこさんだー」
俺は小学生にも人気者。とりあえずコロッケ寄越せ。玉ねぎ無しのだぞ? あそこの肉屋で売ってる一個五十円のコロッケな。
今日も人間に戻れれば何も問題無いんだが、ニャンキーのままだと大変な事になるのでな。
「ちくわー」
……まぁ嫌いではないぞ?
「すこんぶー」
それは猫にあげてはならんものだ。
「私の愛ー!」
それは既に貰っている。撫でまくりだな。
今日も小学生の群れに餌付けされて満足である。
ここの商店街も少し前までは寂れていた。それはもうシャッター商店街そのままだったのだ。近くにスーパーが出来たりドラッグストアが出来たりして人の流れが変わってしまったのだ。
立地は悪くないんだけどねー。女子大生と女子高生の帰宅ルートになるし。
放課後ニャンキーとなった自分はこの身に掛けられた呪いを何とかするためにここに目を着けたのだ。
まずは近くの警察と連携してここの治安を回復。具体的には警察署のパトカーの上に乗って鳴きまくった。ポリスメンが集まって来たところで商店街に誘導。これを毎日繰り返した。
シャッター商店街では変質者の出没が頻繁に起きていた。これの除去である。
こんな危ないところを女子高生や女子大生が通れるか!
ということさ。
猫に導かれるポリスメン。世間の話題になるのも当然だろう。商店街に耳目が集まった。ここで放課後ニャンキーである自分の出番だ。
勝手に看板猫をしてやった。
開いてた店の前で踊りも披露してやった。誰も居なかったからやれたけどな!
こうして誰も来なくなってた商店街に観光客が来るようになった。
そして少しずつ商店街は活気を取り戻していった。
長かった。中一の時から高校三年まで掛かったよ。足掛け六年だよ。
俺、頑張ったよ。毎日朝になると人間に戻ってるから多分これで間違ってなかったんだろう。
でもいつまで放課後ニャンキーしないといけないのか、ものすごく不安でもある。
祖母に聞いたら『知らん』と一蹴された。思春期を越えてもニャンキーだった父は余程祖母を怒らせていたようだ。
つーか俺はいつ生まれたんだろう。考えてはいけない。そんな気もする。うん。ぼく、まだこどもだし!
「にゃこさんだー」
商店街は今日も人で賑わいを見せている。幼稚園児も、とことこ歩ける平和な商店街になって本当に良かった。
「……あれ? にゃこさんが、ひかってるぅ?」
そう、俺はいつでもギンギラ…………なぬぅ!?
「ぶにゃぁぁぁぁ!」
ダッシュで商店街を駆け抜けた。体が光るのは変身が解ける前兆である。まだ夕方なのに解けるとはこれ如何に。
いや、そんなことを言ってる場合でも無し。商店街で変身が解けたら俺が『変質者』になってしまうのだ!
だって今の俺は全裸だし?
この日は何とか変質者に成らずに家に帰ることが出来た。
商店街では噂になったが。
『看板猫、遂に光る』
とな。
商店街のみんなも何となく気付いているのだろう。商店街に現れた三毛猫がただの猫ではないことを。
猫神様の御遣い。
そんな風に商店街のおじいちゃんおばあちゃん達には拝まれている。
そんな上等なものではないんだが。
この日は祖父母と一緒に夕飯を食べた。ちくわと愛ではそこまで腹が膨れなかったのでな。祖父母に引き取られて初めて夕飯を一緒に食べた。
何故だか涙が止まらなかった。
次の日。
自分は人間のまま夜を迎える事になった。
俺の放課後ニャンキーは終わっていた。
そしてその後の話になる。
夕方の商店街に猫の被り物をした変人が出るようになった。その男は塀の上を駆け抜け派手に落ちたりして警察のお世話になった。
勿論女子高生のよく通る道と女子大生のよく通る道にも夕方になると猫男は出没した。
やはり警察のお世話になった。
塀の上はダメらしい。
厳重注意を受けた猫男はしょんぼりしながら夕方の街のパトロールに勤しんだ。
いつしか彼は近所の人間から、こう呼ばれるようになった。
『商店街の猫男』と。
そこは放課後ニャンキーじゃないんかい!
思ったけど黙っておいた。
商店街の看板猫。三毛猫ロシナンテは消えて、新たに猫男が現れた。
そんな噂を聞き付けた暇人達で商店街は今日も活気に満ちている。
……自分、そんな名前で呼ばれてたんだー、と驚くことにもなったとさ。
おわり。
「あ、猫男だー。ちょーいちょいちょいちょい」
「猫男ですわね。もーれもれもれもれ」
……こいつらには文句を言っておいた。
「ちょいちょいもれもれ言うなー!」
……おわり。
いや、終わらないな。大学生になった自分は彼女達の後輩になったのだから。ちょいもれ姉妹の後輩にな。彼女達は本当の姉妹ではないのだが、そう呼んでいる。
女子大生とは言ったが女子大の大学生とは言ってない。商店街には男子高校生と男子大学生も沢山通っている。
……いや、自分は男ですから。男に興味はないです。
あと自分が猫男になった理由はとても簡単なものだ。
「ちっ! 今日こそは三味線にしてやろうと思ったのに……奴が早朝に出没するって噂はガセだったのかしら」
この人も先輩だ。先輩になったのだ。猫三味線先輩だ。
……放課後ニャンキーは去った。
しかし呪いは解けておらず、今度は早朝ニャンキーだったのだ。
夕方に猫男にならないと午前中に猫に変身してしまうようになったのだ。
……ご先祖様。どれだけの悪事を働いたのですか。どれだけ猫に無体を働いたのですか。呪い強すぎです。
子孫は頑張ってます。ええ、頑張ってるんですよ。
「ちょーいちょいちょいちょい」
「もーれもれもれもれ」
「だから、ちょいもれは止めーや!」
子孫は、物凄く頑張っているんだよー!
これで本当におわりだにゃん。
……いや、ほら、こんな物語もありじゃないかなと思いまして。