漸く見つけた螺旋の先…だけど
激しい雨音に混じって声が響いていた。
「ごめんなさい」
お母さん、ごめんなさい
「許して…お願い、お母さん」
泣き声が巨大な屋敷の一角で響き3歳の子供が大部屋の片隅で蹲っていた。
「許せない!」
許せない!
「許せない!」
山王寺美江は泣きながら棒を振り上げると
「産むんじゃなかった!」
私を裏切り続けたあの人にそっくりになって…私をあざ笑っているの!?
「私なんてただの家同士の結婚の道具だって罵っているの!?」
清一さん!どうなの!!
と叫びながら子供を棒で叩いていた。
彼女と夫の山王寺清一の間で生まれた子供の清一郎を彼女は毎日毎日折檻し続けていた。
来る日も。
来る日も。
夫の清一が生きていた頃の彼女は清一郎に手を上げることはなかった。
だが、1年前に清一が流行り病で急死してから何かに取りつかれた様に…いや今まで胸に貯め込んでいた何かの箍が外れたように毎日手を上げるようになったのである。
清一郎の身体には多くの傷跡が残り今もなお紫に染まっている場所が幾つもあった。
雨は降り。
辺りは薄暗く。
日本家屋に漂う重々しい雰囲気に冷気が交じり合って立ち昇っている。
折檻するその様子を見た山王寺清香は慌てて清一郎を庇うように抱き締めると
「お義姉さま、おやめください」
お兄さまはお姉さまを裏切ってなどおりません
「お義姉さまを嘲笑ったりしてなどおりません」
信じてください
と泣きながら叫んだ。
家政婦だった金子珠美も駆け寄ると
「そうです、奥様。おやめください」
清一さまは奥様を大切に思っておられました
「裏切るような真似はしておりません」
と2人を庇うように立った。
美江は息を吐き出しながら珠美を睨み
「お前が…清一さんを誘惑したんじゃないの!」
私の夫を…あの人を…
「お前が…」
と言うと踵を返して部屋を出た。
珠美は安堵の息を吐き出すと震えながら清一郎を抱いている清香の背中を優しく撫でながら
「清香お嬢さまに清一郎さま」
どうかどうか
「奥様も旦那様も恨みに思わないでください」
本当に旦那様は奥様を愛しておられたんです
と告げた。
清香も小さく頷きながら
「わかっています」
お義姉さまも本当にお兄さまを愛しておられた
「だから」
と言いすっと開いた襖を見て血の気が引いたように目を見開いた。
そこに包丁を手にして張り付けたような薄い笑みを浮かべる美江が立っていたのである。
「もう、終わりましょう」
ね、清一さんのところへ参りましょう
「清一郎」
そう言って珠美を見ると
「お前は来ないで」
もうあの世でまで清一さんを奪いに来ないでちょうだい!
と包丁を両手に握って足を踏み出した。
外では雷鳴が響きザァザァと激しい雨音が響いている。
清一郎は震えながら清香の腕の中で時折雷光で明るくなる母の顔を見つめていたのである。
美江は包丁を上に振り上げ
「さぁ、行きましょう」
清一郎…もうこれであの人が取られる心配はないわ
と告げた。
珠美は慌てて美江の手を掴むと
「おやめください!」
危のうございます!
「奥様!落ち着いて…お願いします!!」
と揉み合いになり、大きく振り払った。
瞬間に包丁の刃は美江の頸を霞めて血が周囲に飛び散った。
美江はふらりと後退り座り込むと
「呪ってやる」
お前達の血を
「私を裏切った…お前と…旦那様の血を…」
と言うとそのままばったりと倒れた。
ざあざあと雨は降り続き雷光が消えた空間には闇が…深い深い闇が広がっていた。
君に辿り着くための事件推理
1979年5月25日午前10時23分。
仁は車の中で携帯を見て
「とうとう昭和に来ちまったかー」
と小さく呟いた。
真里奈は頷いて
「そうですね」
よくテレビで懐かしき昭和の時代ってやってましたけど
「私たちいま昭和なんですね」
と車のドアを開けると周囲を見回しながら告げた。
徳島から東京へ向かい、東京と神奈川の間の多摩川河川敷の駐車場でのことである。
多摩川を越えると東京である。
仁は息を吐き出すと
「これで、ケリがついてくれると助かるが」
と呟き車から降り立つと川の上を渡る風に身体を浸して大きく伸びをした。
多摩川の周辺はまだ緑が多く残っており何処かほっとする光景である。
これからが2人にとっては正念場であった。
1年前の1978年5月25日に起きた事件の犯人を見つけなければならないのだ。
しかも45年後の2023年ではコールドケースとなっている難事件である。
通常で考えれば無理な話である。
が、やらなければ45年後に起きる大きな悲劇が形を変えて起きるかもしれないのだ。
それを食い止めるために時間を遡って捩じれて歪んだ糸を解きほぐすように事件を解決してきたのである。
ここでくじけるわけには行かなかった。
真里奈はムンッと笑顔を見せると
「仁さん、頑張りましょう!」
負の連鎖を断ち切って山王寺君も仁さんのお姉さんも救いましょう!
と呼びかけると左手を握りしめ気合いのガッツポーズをした。
仁はそれに目を細めて笑むと
「そうだな」
と息を吸い込んで吐き出すと
「気合いだな」
気合い
と車に乗り込み
「行くぞ」
と声をかけた。
真里奈は頷くと助手席に乗って
「はい!」
と答えた。
河川敷に現れた2人を乗せた車は一路橋を渡って東京へと入っていった。
2人が解決しようとしている事件は1年前に起きた吉田律子というキャバクラで勤めていた女性が殺された事件である。
荒川区の階段の踊り場で仰向けに倒れているのが見つかり死亡が確認されたのだが、階段の上には揉み合った形跡があり殺人事件として、この時点ではコールドケースではなくホットケースとして捜査されている状態であった。
都会の真ん中でしかも住宅街。
本来なら目撃者の一人や二人いても可笑しくないものなのだが、まるで都会の死角のように目撃者は居なかったのである。
もちろん防犯カメラも道路や各店にあるわけではないのでカメラで追跡やカメラで怪しい人物がいたのかどうかを確認したりすることはできなかった。
科学が進めば警察の捜査方法も変わる。
科学が進めば犯罪の検挙率も変わる。
そのことを時間を遡りながら川原仁は感じずにはいられなかったのである。
仁は運転しながら感慨深げに
「しかし、本当に昭和と令和では…本当に捜査も取得する情報量も格段に違うんだな」
と呟いた。
真里奈はそんな彼を助手席で見ながら
「仁さん、何か感慨深げに浸ってるわ」
と心で突っ込み
「仁さん、あの…それでこれからどこへ行くんですか?」
と聞いた。
仁はハッとすると
「そうだな」
と言い
「取り敢えず千代田区にいく」
と案内板を見ながらハンドルを切った。
千代田区の一角には出版社が建ち並ぶ区域がある。
仁はそこへ真里奈と共に行くとビルとビルの合間にある狭いのに駐車料金がバカ高い駐車場に止めて
「さて、聞き込みの前に出版社巡りと行くか」
と告げた。
真里奈は「え?」と声を零すと
「出版社ですか?」
新聞にはそれほど多くの情報載ってなかったですよ?
と聞いた。
仁は笑むと
「ああ、そうだな」
だが前に行ったように出版社の社会部や記者は情報を結構集めているんだ
「それを載せるか載せないか…という事だ」
記事は小さくとも情報は多いってことはあるあるだ
「それに雑誌記者と警察は意外と情報交換が激しいんだ」
と言い
「記者が独自で入手した情報もあるからな」
と東都新報社のビルの中へと入った。
そして受付の女性に手帳を見せると
「実は一年前に起きた荒川区のキャバ嬢事件を調べている記者がいるという情報を得て話をしに来た」
少し聞きたいことがある
と告げた。
それに受付の女性は驚いて週刊誌のフロアに内線を入れると事情を話して内線を切った。
「直ぐに責任者が来られます」
真里奈は心の中で
「…仁さん、刑事さんだ」
と突っ込んだ。
慌てて一人の男性が下りてくると仁は会釈をして警察手帳を見せ
「実はかなり縮小はされてはきているんだが、捜査は行っていて」
調べている記者がいると聞いて何かめぼしい情報があったのかを聞きに
「彼女は吉田律子さんが勤めていたキャバクラで働いる子で色々聞いていたんだ」
彼女がそちらの記者とも話をしたと言っていてな
と告げた。
真里奈はハァワーと驚き
「私、キャ嬢になった上にそんな取材を受けていたことになっちゃった」
と心の中で突っ込んだ。
が、勿論顔に出すことはしなかった。
男性はチラリと彼女を見ると「なるほど」と言い
「こちらへ」
と誘った。
2人は応接室に通され男性と彼が連れてきた男と向き合うように座った。
男性は東都新報社の雑誌担当の編集長で、彼が連れてきた男はフリーライターの大間という人物であった。
大間は仁と真里奈を見て
「ん?もしかして旦那…刑事の癖に言いくるめて若いキャバ嬢をこれにしたんですか?」
と肘で小突くふりをした。
仁は咳払いをすると
「まさか」
と言い
「それより」
調べた情報を教えてもらいたい
と告げた。
大間はフムっと息を吐き出しつつも
「サツの旦那じゃしょうがありませんね」
と言い
「名前は吉田律子で32歳…赤阪のキャバクラ『パールクレイ』で『あずみ』と言う名前で働いていて男性を家に連れて行っては…まあ、そういう事をしていたそうです」
子供は1人…
と言いかけた。
仁はそれに頷くと
「確か光男で9歳だな」
と告げた。
大間は頷くと
「ええ、そうです」
と答え
「律子が死んだ後に子供の本当の父親だった高津光秀が引き取っていきました」
まあ律子の仕事柄もあったのでDNA鑑定はしたみたいです
と告げた。
仁は頷いて
「なるほど」
と言い
「だが吉田律子は男を連れ込むのに自分の家に連れて行ったという事は」
と呟いた。
大間は指をさしながら
「それなんですよ」
と言い
「吉田律子が息子と住んでいたマンションは江戸川区の八丁堀でキャバクラは赤阪」
変に思いましてね
と告げた。
仁は手帳を出してメモを取りながら
「なるほど、確かに荒川の住宅街に行くという理由がないな」
と告げた。
「それで?」
大間は腕を組んで
「誰かに呼び出されたとしか答えが出なくて荒川区に住むキャバクラの客を調べていたんですよ」
と告げた。
仁は頷き
「確かにそうだな」
と答えた。
「一覧はあるか?」
大間は顔を顰めながら
「えー」
と不服そうに仁を見た。
「こっちも商売ですからねー」
幾らサツの旦那でも一方的に情報ってのもね
仁は罰が悪そうに
「いや、確かにそうだな」
と答えた。
だが。
だが。
今は刑事でないので情報がない。
しかも、ここまで遡るとは思わなかったので2023年の刑事の時点での捜査資料も見ていない。
と言うか、この事件に関わる予測すらしていなかったのだ。
出来る訳もないのだが…つまりのところ情報が何もないのだ。
真里奈はハラハラしながら仁と大間を交互に見て
「ヤバイよね」
うんヤバい
と心で焦りながら、ハッとすると
「あの、私が…凄い情報を内緒で教えます」
と告げた。
仁も大間も同時に彼女を見た。
仁は内心
「今度は何を言い出すつもりなんだ!?」
真里奈ちゃん!!
と狼狽えた。
真里奈は大間に
「今日の阪神競馬の12レースの勝ち馬券…3-6で万馬券です!」
間違いありません!とドーンと告げた。
…。
…。
仁と大間は凍り付いたように彼女を見た。
正に何を言い出すんだ行き成り、である。
だが、大間はブッと噴き出すと
「こりゃいい」
旦那面白いキャバ嬢ちゃんを
と大笑いして
「しょうがないなぁ」
そのジョークに免じて
と一覧を差し出した。
「こっちも身銭切ってもらっているんですから頼みますよ、旦那」
そう言って
「ま、それコピーなので差し上げますよ」
と告げた。
仁は頷いて受け取りながら
「助かる」
また協力を仰ぐかもしれないが
と言い、一覧を手に立ち上がった。
そして
「ああ、一応言っておくが、この子の予言は当たるから今日の12レース買っておいた方がいいぞ」
そう言って立ち去った。
大間は笑って見送り2人が立ち去ると
「ま、100円買って次のネタでも仕込んでおくか」
と馬券売り場に足を運んだのである。
が、正に12レース2万の万馬券で大間は腰を抜かしたのである。
仁も5000円分の券を買いながら
「よく見ていたな」
と告げた。
真里奈は笑顔で
「新聞見ていたら『万馬券』って大きな字で書いていたのでちょっと読んでみました」
と答えた。
仁は12レースが終わると換金して
「地金商で換金しなくても当面の生活費は出来たな」
と言い
「だが、これまでもそうすれば良かったか」
と今更ながら呟いた。
そして、新宿にあるパークスホテル新宿南口に部屋を取った。
5階の502号室で2人は窓際にある椅子に座りテーブルの上に一覧を広げた。
真里奈はそれを見ながら
「荒川区以外の人も入ってますね」
と告げた。
仁も向かい合って見ながら
「ああ、恐らく吉田律子の客リストだろう」
と言い
「ここから荒川区の人間を洗い出してあたるか」
と告げた。
真里奈はそれを見て
「…あの」
と呟いた。
仁は「ん?」と顔を向けた。
真里奈はそっとある一行に指をさした。
「これ、勘違いなら良いんですけど」
仁はそれを見ると
「…勘違い、かどうかは…行けばわかるだろう」
と告げた。
「荒川区じゃないが行く価値はあると思う」
…山王寺清一郎か…
翌日、仁と真里奈は車で取り敢えずは荒川区に住む店の常連客でも吉田律子指名の男性の家へと向かった。
全員で十数名。
家を訪ねいない場合は居る場所を聞いて職場へも向かった。
平日の夕方という事でほとんどの男性が職場で仕事をしており証言も取れた。
町田と言う男も仁と真里奈を家に入れるとリビングのソファに座り
「営業で回っていましたよ」
うちの会社は2人1組なんでアリバイあります
と言い、肩を竦めて
「まあ警察に隠しても仕方ないので」
彼女の家でやりましたよ
「でもね、彼女と結婚なんて」
と首を振った。
「俺には妻も子供もいるのでね」
それに
「彼女、絶対に言うんですよ」
光男を可愛がってくれないと駄目だってね
「他の男との子供ですよ」
俺以外の奴にもそう言ってましたね
「だから一回きりで終わり」
仁は携帯で証言を取りながら視線を伏せて
「なるほど」
分かった
と答えた。
真里奈はリビングのソファに座りながら周囲を見回していたが町田の言葉に視線を向けて視線を伏せた。
高津光男は母親のことを男狂いで自分を愛してなかったと言っていた。
だが、本当は違うかったのだ。
彼女は自分と息子を愛してくれる人を探していたのだ。
真里奈は心の中で
「ちゃんと光男さんの事を考えていたんだ」
と呟いていた。
他の数人の男性も同じような事を言われていたのである。
同じ荒川区に住む多田治人も2人をリビングに招き入れ
「妻は出掛けていましてね」
丁度良かったです
と言い
「こう言っては何ですが、確かに彼女とそう言う事がありました」
けれど、息子と自分をと言われてそれっきり
と肩を竦めた。
真里奈はリビングを歩き回りながら彼の家族が笑っている写真を見て
「写真ではこんなに笑顔なのに」
と心で呟いた。
ただ、彼にもその日にアリバイがあった。
会社で仕事をしておりそれは同じ部署の人間が確認していたのである。
二日かけて全員にあたり仁と真里奈はへとへとになりながらホテルに戻った。
真里奈はベッドに身体を横にしながら
「明日、山王寺清一郎さんのところへ行きますか?」
と聞いた。
仁は頷いた。
「ああ」
荒川区は全員当たったからな
「思い込みでの捜査は禁物だから荒川区を潰してからとおもっていたからな」
と告げた。
真里奈は頷いた。
夕食をホテルのレストランで取り、2人は部屋に戻るとそのまま夜の闇の中でも明るく光る都会の明かりを見ながら眠りに落ちた。
窓の向こうの空には皓々と月が輝いていた。
翌日、真里奈と仁は山王寺家へと向かった。
明治神宮の近くにあり代々木に大きな屋敷を構えていた。
真里奈は目を見開き
「大きい」
と呟いた。
真里奈は山王寺蓮について知っていることは新宿から東都電鉄に乗り換え文京にある東都大学付属高校に通っているという事ぐらいである。
彼女は彼の実家に来ているのだと気付くと「ひゃー」と小さな声を零してフルフル震えた。
「さ、山王寺君のご実家だ」
横に立ち仁は彼女の肩を叩くと
「落ち着け、真里奈ちゃん」
と苦笑しつつ告げた。
真里奈は仁を見ると照れ隠しに笑みを浮かべて「はい」と答えた。
仁は呼び鈴を押し中から出てきた家政婦に警察手帳を見せて
「山王寺清一郎さんに少しお話を」
と告げた。
家政婦は戸惑いながら
「ど、どうぞ」
と中へと誘った。
大きな庭がありその縁側に数人の女性が座り中央に1人の綺麗な男性が座って笑っていたのである。
真里奈は「あ」と言うと声を抑えて仁に
「山王寺君によく似てる」
と呟いた。
仁は笑むと
「なるほど、つまり」
山王寺清一郎と言う可能性があるわけだ
と呟き家政婦をちらりと見た。
家政婦は息を吐き出して庭を横切り
「旦那様」
と呼びかけた。
清一郎はチラリと仁と真里奈を見るとふらりと立ち上がり女性たちに
「今日はもう終わりだ」
お客様が来たからね
と告げた。
女性たちは2人をジロジロ見ながら立ち去った。
真里奈も女性たちを見つめて送り清一郎に視線を向けると
「本当に蓮くんとよく似てる」
と心で呟いた。
「でもこの人の目…なんだか何も見ていない感じ」
清一郎は2人に笑みを見せると
「どうぞどうぞ」
と家の中へと誘った。
仁は警戒しながら家の中に入ると玄関にいた女性に目を向けた。
女性は綺麗で清廉とした雰囲気を醸し出しており
「ようこそ、お越しくださいました」
榛さんに聞きました
「警察のお方だと」
と告げた。
清一郎は仁と真里奈を見ると
「ほほぉ」
そうなんだ
と言うと
「どうぞ、お話をお聞きしますよ」
と奥の客間に通した。
広い和室の中央にある膳の前に座り真里奈と仁は正面に座った山王寺清一郎を見た。
清香は部屋の隅に座り三人を見つめた。
仁は息を吸い込むと
「清一郎さん、赤坂のキャバクラ『パールクレイ』に勤めていた『あずみ』という女性をご存知だと思いますが」
と告げた。
清香は正座した状態で仁を見つめると
「清一郎さんはキャバクラなどと言う場所には参りません」
と告げた。
清一郎は笑むと清香の方を見て
「いいよ、叔母さん」
と言い
「警察の人なんだから何か情報を持っているんでしょ」
と笑った。
「知っていますよ、吉田律子さんですね」
去年の今頃お亡くなりになったと
仁は息を吐き出し
「はい、一年前の5月25日に荒川区の階段の踊り場で亡くなっているのが発見されました」
不躾ですがその日に貴方は何をされていましたか?
と聞いた。
清香はすっと立ち上がりかけた。
「なんて失礼な!」
仁は彼女に
「すみません、これが仕事なので」
と答えた。
清一郎は手で清香を制止し
「叔母さん」
と諫めた。
そして
「一年前の事は覚えてなくて」
と視線を僅かに伏せて
「けれど彼女を殺したいほど憎んだことはないですよ」
むしろ好ましく思っていました
と告げ、2人を見ると
「彼女は子供を愛していますからね」
と告げた。
真里奈は真っ直ぐ清一郎を見て
「嘘ですよね」
と告げた。
それに仁も清一郎も清香も彼女を見た。
仁はハッとすると
「またか!」
真里奈ちゃん!
と慌てて
「あ、真里奈ちゃ」
と言いかけた。
真里奈は清一郎に
「1年前の話をする時に一瞬視線を伏せました」
でも吉田律子さんがお子さんを愛していると言った時は真っ直ぐ見てました
「私、吉田律子さんがお子さんの光男さんを大切に思っていたのは本当だと思っています」
貴方も本当のことを言う時は真っ直ぐ見つめ嘘を言う時は視線を伏せる
「そう言う癖があるんじゃないんですか?」
だから貴方は1年前の事を覚えていると思います
と告げた。
「それに彼女がお子さんを愛していることを覚えているじゃないですか」
…教えてください…
「私は律子さんの息子さんを救いたいんです」
清一郎はじっと真里奈を見つめた。
真里奈も負けじとじっと見つめ返した。
「山王寺君に似てるけど、負けない!」
そう心で呟いた。
清一郎はクスッと笑うと
「覚えています」
君は不思議なお嬢さんだね
と言い
「だけど俺は殺していないよ」
そして殺したところも見ていない
と告げた。
真里奈は息を吐き出すと
「でも彼女を殺した人が誰かは何となく分かっている」
と告げた。
清一郎はにっこり笑うと
「だけど、秘密」
君には分かっちゃうかもね
と告げた。
真里奈は清一郎を暫く見つめて仁を見ると
「仁さん、この人…多分言わないと思います」
と告げた。
仁は息を吸い込み吐き出すと
「分かりました」
と告げて立ちあがった。
そして清一郎を見て
「犯人を庇っているつもりかもしれないが」
それは犯人に対して2つのことを奪っていることになるぞ
「一つは犯人に悔いるチャンスを」
一つは犯人に謝罪するチャンスを
「つまり犯人に対しても被害者に対しても何一つ救いにはならない」
清香は仁を見つめて目を見開いた。
清一郎は2人を見つめたものの唇を開こうとはしなかった。
真里奈と仁は背を向けると会釈をして立ち去った。
仁は屋敷を出ると
「さて、振りだしか」
と呟いた。
真里奈は笑むと
「そんなことないです」
と告げた。
仁は驚いて真里奈を見た。
真里奈はんーと考えながら
「私、気になっていることがあるんです」
と告げた。
仁は笑むと
「真里奈ちゃんの気になっていることはためになることが多い」
車の中で教えてくれ
と告げた。
真里奈は頷くと
「はい」
と応えた。
2人は駐車場に行ってそれぞれ車に乗り込むと真里奈が考えながら
「吉田律子さんの客の人はアリバイがあった」
山王寺清一郎さんは彼女を殺していないと思います
「ただ清一郎さんは誰がやったのかに気付いていた」
と告げた。
仁は頷くと
「まあ、奴がやってない確証はないがな」
一応そうしておこうか
と答えた。
真里奈は仁を見て
「でも、もし犯人が清一郎さんとして荒川で態々犯行する理由が分かりません」
と言うと
「実は私、2か所で同じ人を見ているんです」
と告げた。
仁は「は?」と彼女を見た。
真里奈は指を折りながら
「一回目は荒川区の多田治人の家のリビングに飾られていた写真で」
と言い
「もう一回はさっき私たちが尋ねた時に帰っていかれました」
と告げた。
仁は目を見開くと
「まさか!」
と呟いた。
真里奈は頷くと
「男の人を自宅へ招いてやっちゃう…吉田律子さんの行動を憎む人は男性だけとは限らないと思います」
と言い
「むしろ」
と告げた。
仁は目を細めて
「同性か」
と呟いた。
真里奈は真っ直ぐ前を見ながら
「清一郎さんが言わなかったのは」
彼女にはお子さんがいたからだと思います
と言い
「何となく…あの人…世捨て人みたいな感じがあって」
でも律子さんを好ましく思っている理由がお子さんを愛しているからっていうのに
「何か引っかかるんです」
と告げた。
仁はエンジンを入れると
「…それで思い出した」
犯人を捕まえた後にしておくべきことがあったな
と呟き
「録音した音声を…高津光男に聞かせてやらないとな」
とアクセルを踏みかけた。
そこに一人の女性が駆け寄り車の窓をとんとんと叩いたのである。
山王寺清香である。
仁は窓を開けて
「どうかしましたか?」
と聞いた。
清香は頭を下げると
「先程は失礼をしました」
と告げた。
仁は苦笑し
「いやいや、裏取りする時にはあるあるなので」
お気になさらず
と答えた。
「誰でも身内を疑われたら同じような態度になります」
清香は一瞬俯き、しかし、仁を見つめると
「清一郎があのようになったのは…あの子のせいだけではないのです」
あの時貴方が言ったように誰もが間違ってしまったのだと思います
「いえ、私が間違ってしまったのだと思います」
と告げた。
「今回の件…清一郎にも遠因があると思いますが許してください」
真里奈は綺麗に微笑むと
「はい!」
と答え
「清一郎さんはやっていないと思っています」
だけど吉田律子さんを死なせてしまった人はちゃんと正面を向かないとダメだと思うので
と告げた。
「私、ちゃんと救うので安心してください」
仁は真里奈を見て苦笑すると清香に
「その通りです」
ただ貴女も彼とちゃんと向き合った方が良い
「守るだけでなく」
彼の本当の声を聞くべきだと俺は思います
と答え
「じゃあ、その言葉ちゃんと受け止めました」
とアクセルを踏んで車を動かした。
清香は頭を下げながら2人を見送った。
仁は荒川区に行き多田家を訪れると帰っていた多田治人の妻である朱利に
「自首を勧めます」
と告げた。
「山王寺清一郎は貴方がしたことに気付いていたと思いますが彼は貴方のことは言わなかった」
それは自首をしてほしいと思っているからかもしれません
「吉田律子のやったことは間違っていたと思います」
ただ彼女も息子と自分を愛する人を探していただけなんだと思います
「貴方がしたことも正しいとは言えない」
貴方は彼女の命を奪うべきではなかった
彼女は俯いて泣き崩れると
「でもでも夫と清一郎さんと関係を持っていることを知って許せなかったんです」
私の大切な人を2人共と
「だけど殺すつもりはなかったんです」
と告げた。
多田朱利の夫は吉田律子だけでなく外で女を作り家庭を顧みない男であった。
体裁だけは取り繕って何も知らないふりをしているが女として受け入れられないものがあったのだ。
そんな時に近隣の女性に連れられて行ったのが山王寺清一郎の家であった。
人を惹きつける容貌と誰にでも優しく多くの女性が彼のところに集っていた。
そんな彼にも身体で触手を伸ばした吉田律子が許せなかったのである。
夫と山王寺清一郎の2人と関係を持った彼女を呼び出し階段の上で言い争いになって揉み合いになった時に手を払った弾みで彼女を階段から落としてしまったという事であった。
彼女は息子を祖母に預けてその足で警察へと出向いた。
殺人ではなく過失致死が適用されると仁は真里奈に告げた。
「事情も事情だからな」
良くて執行猶予
「実刑が下ったとしても早く出ることが出来るだろう」
それに彼女を止めることが目的だからな
真里奈は頷いた。
翌日、真里奈と仁は新潟に行くと幼い光男と会い録音した内容を聞かせた。
仁は光男に
「君のお母さんは自分だけじゃなくて君も一緒に愛してくれる人を探していたんだ」
男に狂っているんじゃなくて
「君と一緒に幸せになりたかっただけなんだ」
方法を少しだけ間違ってしまった
「そういう事なんだ」
君を愛していたんだ
と告げた。
光男は音声を聞いて
「俺、お母さんは俺のことなんかどうでも良くて男の人が好きなだけだと思っていた」
それで男の人に殺されたんだと思っていた
「でも本当は俺のことちゃんと考えてくれいたんだ」
俺のこと捨てるために男を探していたわけじゃなかったんだ
と泣き崩れた。
真里奈は笑むと
「そうよ」
だから貴方は幸せにならなくっちゃ
「誰も傷つけずに貴方は幸せにならないと」
それがお母さんの願いでもあったんだから
と告げた。
光男は顔を上げると笑みを浮かべて小さく頷いた。
「頑張る」
それに真里奈も仁も微笑みを浮かべた。
きっと彼があの間違った罪を犯すことはないだろうと感じたのである。
2人は光男と話し終えると車に戻って安堵の息を吐き出した。
仁は一息ついて
「よし、これで最後だな」
1978年の4月に
と告げた。
真里奈は時計を合わしかけて
「…何か、針が動きにくい気がします」
と呟いた。
仁は驚くと「…まじか」と呟いた。
真里奈はゆっくり動かして何とか合わせると仁の手を掴み
「何となく怖いので一緒に」
と時計の上に2人の手を重ねた。
祖母の代から使っていた時計は少しずつ傷みはじめていたのである。
もし、時計が壊れた。
真里奈は祈るように
「時戻りの時計よ」
示した時へと誘え
と呟いた。
時計は動き2人は無事に1978年4月24日へと時を遡ったのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。