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本当の起因はどこにあるの?

新潟から徳島へ行くのに車を使うのはかなり時間も体力も使う。

真里奈と仁は新潟空港の駐車場に車を置いて、そこから大阪空港まで飛行機を使って移動することにした。


大阪からは船を利用して四国へと行くというルートを使ったのである。

新潟を早朝6時のフライトで徳島に付いたのは正午12時であった。


6時間近く掛かっての移動であった。


新潟は白銀の雪国であった。

西の関西圏は余り雪が降らないと言われているが、徳島にも雪は降っていた。


ただ新潟ほど深くはなく道路を白く染める程度のモノで、気温も体感温度も全く違うモノであった。

やはり西の方が温かいという事になるのかもしれない。


2人は徳島駅から現場に近い鴨島敷島にあるホテルに電話で予約を入れて一息つくように駅構内のレストランで腹ごしらえをした。


腹が減っては戦は出来ぬ。

というか、お腹が空いて倒れそう。

そう言う事である。


ゆっくり食事する真里奈を置いて仁は食事を終えるとそそくさと本屋で地図を買いそれを手に戻ってきた。

とにかく土地勘が無いのだ。


マップは必須であった。


仁はそれを見ながら

「現場周辺は交通の便が悪そうだな」

レンタカーした方が良いか

と呟いた。


真里奈はパクパクとカレーライスを食べながら

「取り敢えず浜松さんが紹介してくれた県警の人と会ってからの方が良いと思います」

と告げた。


同行と言う形になればレンタカーをしても意味がないし金が掛かるだけで邪魔になる。

そう言う事である。


仁は彼女の言葉を聞きながらふむっと呟くと

「確かにそうだな」

協力してくれるかもしれないからな

と答えた。


真里奈は仁を見ると

「でも井上さんの事件の奥には…高津さんのお母さんの事件があったんですね」

と呟いた。


仁は頷いて

「まさに負の連鎖だな」

と答えた。


不幸な事件が更に不幸な事件を起こす切っ掛けとなり…あの東都電鉄での無差別殺人事件へと繋がっている。


そう言う事であった。


君に辿り着くための事件推理


真里奈と仁が徳島県警を訪ねて迎えてくれた刑事は羽村幸二という若い刑事であった。


彼は笑いながら

「いやぁ、新潟県警に行った健吾から電話があった時は驚きました」

かなり出来る探偵と聞いているので

「こちらとしても、是非お力を借りたい」

と告げた。


この羽村幸二と言う刑事は聞けば浜松健吾と同期で徳島県警の刑事課へ配属される前に機動隊で一時同じ釜の飯を食った間柄だったという話である。

どこでどんな繋がりがあるか分からないという事だろう。


しかし、仁はそれを聞きながら苦笑し

「ああ、あるあるだな」

と言い

「そうか君と彼は機動隊から刑事課か」

俺は

と言いかけて、咳払いをすると

「あー、俺は探偵になる前は少しだけ警察官を志していた」

とはぐらかした。


仁自身も警視庁の刑事である。

いや、未来で刑事であった。

なので、刑事になるまでのルートを良く知っていた。


交番勤務から機動隊、そして、刑事課。

他にも交番勤務から看守を経て刑事課。

色々ルートがあった。


ついつい、自身の話をしそうになったのである。


羽村は仁の話を聞き

「そうなんですか、警察官を目指しておられたんですか」

と言い

「取り敢えずここでは何ですので近くに店は小さいですが落ち着いた雰囲気の喫茶店があるのでそちらに」

と歩き出した。


真里奈は羽村の後について歩きながら

「仁さんの時もそうだったし」

刑事さんってみんなそう言うお店持ってるのかな?

と呟いた。


仁はそんな彼女の横を歩きながら呟きを耳にすると

「まぁ、あるあるだな」

と心で突っ込んでいた。


羽村が案内した喫茶店は確かに落ち着いた雰囲気の愛らしい西洋風の作りをした店舗であった。

出入り口にはハーブの鉢植えが幾つか並べて置かれ、中に入ると洒落た電灯で店内を明るくしていた。

また、奥の庭先にもハーブの鉢植えや白雪姫など西洋のお伽話の人形が配置されていてファンタジーぽい雰囲気を醸し出していた。


羽村は2人を店の中でも一番窓際の席へと案内し、顔見知りらしい店のウェイトレスに手を上げて呼び寄せた。


ウェイトレスの女性は直ぐにやってくると

「ご注文は」

と三人に聞いた。


羽村は何時も注文しているのだろう「コーヒー」と答えた。

仁もそれに「同じで」と告げた。


真里奈はメニューを見ながら

「私は…紅茶で」

と答えた。


ウェイトレスとは「かしこまりました」と奥の厨房にオーダーを通して、直ぐに注文の品を持って戻るとそれぞれの席に置いて立ち去った。


さっさと注文をしてその後はノータッチで宜しくと言う感じなのだろう。


それぞれ飲み物が置かれると最初に唇を開いたのは羽村であった。

彼は仁を見て

「健吾からは調書と捜査資料を見せたと聞きました」

と告げた。


それほど深い意味はない。

ある意味、話しの出だしを作る切っ掛けのようなものである。


仁はそれに頷き

「ああ、見せてもらった」

と答えると

「それで幾つかの可能性を持ってやってきたんだが」

と返した。


羽村は驚いたように「おお」と小さく声を上げた。

運よく行き詰った捜査のカンフル剤なってくれるなら…という期待が湧いたようである。


彼は少し身を乗り出し気味に

「実はこちらでは所有者が事件前に死んでいるという時点で車からの後追いが難しくて」

山道ですし目撃者もいなくて

と状況の厳しさを説明した。


仁は頷いて「だろうな」と言うと

「恐らく車は悪徳中古販売社から購入したか闇ディーラーからだろうと思う」

所有者名義を変更していなかったに違いない

と告げた。


羽村はそれは徳島県警でも周知の事実で静かに頷いて次の言葉を待った。

仁も相槌のように頷いて応えた。


その手の捜査の難しさは実感として知っている。

行き詰った時に突破口を開くことは難しいのだ。


中々人間は視点を変えることが出来ない。

それこそ、中島家への事件も真里奈の言葉が無ければ井上旭と林小次郎の2人は捜査線上に出てこなかっただろう。


そういうモノなのである。


仁は地図を広げながら

「それで元々交通量の少ない場所だ」

と場所を指差した。

「この山道を使う人間は限られている」

こことここに住居と職場を持つ人間から潰していくのが良いと思ってな

「住人を調べるよりは会社から潰した方が良いだろう」


羽村は目を見開き

「会社から…か」

と呟いて、ちらりと仁を見た。


何故か?という無言の問いかけである。


仁はそれを理解し

「そもそも時間帯だが両親の話では学校が終わって午後4時過ぎ頃に帰ってくる」

そう調書には書いていた

「つまり学校を出て何時も通りに自転車で家へと向かう」

そして家の近くの山道のカーブで事故に遭ったと考えると逆算すると事故は4時前後と考えられる

と告げた。


羽村は大きく頷いた。

「確かに」


仁はそれを受けて

「という事はこの時間帯にここを通る場合に車で移動してと考えると仕事が終わる始まるが3半から4時、もしくは4時から5時になると思う」

変な時間だから絞れてくると思うが

と告げた。


羽村はハッとすると「確かにそうですね」と答え

「あとは事故後に乗り物を変えたかどうかですね」

と告げた。


仁は頷いた。

「それとルートを変えたというのもな」


羽村は笑んで立ち上がると

「それに関しては県警の方で意見として出して何人か応援を頼みます」

と告げた。

そして悔しそうに

「本当に気の毒だったんですよ」

検死では事故後にまだ意識があったみたいで

「救急車を呼んでいれば助かったかもしれないという話だったから余計に」

と呟いた。


助かったかもしれない命。

それが、加害者が逃げたことによって失われてしまったのだ。


本人も無念だっただろうが、両親はもっと無念だったに違いない。

その一人が林小次郎なのだ。


彼がしたことは許せることではない。

ただこのひき逃げ事件に関しては彼がどれほど悲しく悔しかったのかは仁も真里奈も感じずにはいられなかった。


たった一人の息子を失う無念さ。

増してひき逃げ犯が救急車さえ呼んでいてくれていたら…仁も真里奈も顔を見合わせて視線を伏せた。


仁は一旦予約しておいたホテルに荷物を置いて羽村と車で色々回ることにしたのである。

真里奈に関しては

「ホテルで待機しておいてくれ」

という事であった。


いわゆる、お留守番という事だ。


2人は羽村にドリームホテル鴨島敷地まで送ってもらい荷物を置くと真里奈は2人を見送り、仁は彼と共にその足で出掛けた。


羽村は運転をしながら

「それで会社ですが何処から回りますか?」

目星とかありますか?

と聞いた。


仁はマップを見て

「一つ可能性が高いところがある」

と告げ

「徳島鴨島病院だ」

飯尾の方から見たら山を越えて少し行ったところだからな

「迂回するには山裾よりも中に入り過ぎている」

直線の山越えコースを利用する人間がいてもおかしくはないだろう

と告げた。


羽村は笑むと「なるほど」と答え

「じゃあ、徳島鴨島病院へ」

レッツゴーですね

とアクセルを踏んだ。


鴨島町は吉野川市にあり海と言うよりは内陸の山側の地域であった。


山の裾の尾が入り組んで広がり住宅地と住宅地を分断している。

整った広い道は山裾に通っているが遠回りになり時間が掛かり、道は狭くても山道を超える人もいる。


羽村の運転で仁は徳島鴨島病院へ着くと受付へ行き、最初に勤務表を提出してもらったのである。

5年前からのモノからである。


勤務表からは出退のみならず人や勤務状況など様々な事が分かる。


仁はそれをパラパラと見て笑むと

「やはりな」

と呟いた。


羽村も横から覗き込みながら感心したように

「流石、健吾が名探偵というだけありますね」

と言い勤務時間の欄を指差すと

「確かにここの看護婦の勤務は三交代制で朝の9時30分から17時00分と16時30分から25時00分と24時30分から9時00分とに分かれている」

こう言う勤務時間もあると言う訳ですか

と告げた。


16時30分というのは病院と現場の距離を考えて事故の時間に通っていてもおかしくはない出勤開始時間である。

つまり、2004年7月7日のこの勤務時間の人間が事故を起こした可能性は皆無ではないという事である。


仁と羽村は5年前から勤めている看護婦や医師の中で2004年の7月7日が出勤となっており且つ日勤と夜勤ではなく準夜の人間を中心に聞き込んだ。


主には当時の通勤ルートの確認を中心に通勤中の詳細である。


日勤は朝の9時から夜の5時まで病院で詰めているから事故を起こすのは不可能。

夜勤も午後24時30分から翌朝までなので不可能。


時間に当てはまるのは16時30分からの準夜の勤務の人間だけなので彼らだけに焦点を絞れば良いのだ。


ただ、本人たちだけでなく他の職員たちにもその前後で異変のあった人物がいなかったかと言う事も序でだが聞き込むことにした。


徳島鴨島病院は一般病院とは言え地域ではかなり大きな病院なので勤めている人数も100人近くいて少なくはない。

5年と言う歳月の中で退職している人間も勿論いるだろうし、事故を起こした人間が素直に話さないことも十分あり得る話しである。


だから、他の職員にも聞き込まなければならないのだ。


仁と羽村は先に専門病棟から開始した。

朝という事で外来は忙しいのだ。


小児科や外科に勤める看護婦の殆どは5年前の記憶は曖昧だったが、その中で住む場所が変わっておらず2004年の7月7日に準夜勤務で山越えルートを通った看護婦が1人存在していた。


彼女は当時のことを意外と覚えており詳しく話をしてくれたのである。


彼女は間島美幸という30代の女性で羽村と仁が聞くと

「ええ、確かに私はずっと山越えのルートを通っていました」

でも私は車の免許取ってなくてずっとバイクで通ってました

と告げた。


ブレーキ痕や破片からバイクでないことは分かっていたのでバイクで通勤していた彼女はひき逃げ犯ではないという事になる。


彼女は更に思い出しながら話を続け

「それにあの日、私が通った時は多分事故はなかったです」

気付いていたら手当とか通報してましたし

と告げた。


つまり、事故は彼女が通過した後に起きたという事である。

もし彼女が通る前に事故が起きていたら視界が悪くても道路に倒れた青年に散らばった車の破片などに気付かないはずがない。


そう言う事である。


だが、彼女は不意に

「あー、そう言えば」

5年前に辞めた先輩なんですけど

「伊藤杏奈さんていう方で」

彼女も同じルートだったと思います

と告げた。

「同じ準夜でしたけど彼女の方がその日は遅かったんです」


それを聞き、仁はメモを取りながら

「伊藤杏奈…さんか」

その日彼女が遅かったと覚えているという事は何かいつもと違っていたとか?

と聞いた。


通常、自分のことは覚えているが人の事を覚えているというのは何か異変があったからである。


何時もと違う。

気にかかることがあった。

そういうのが人の脳に残りやすいのである。


間島美幸も同じで頷きながら

「ええ、その日は遅かった上に出勤されて直ぐに休憩室に入って横になって休まれたからびっくりして」

覚えていたんです

と言い

「顔色も悪くって汗もかいていたから『大丈夫ですか?』って声を掛けて」

無理なら休んだらって言ったんです

「当時、伊藤さんの勤務って夜勤と準夜の連続だったので殆ど寝ていなかったんじゃないかなって」

仕事は激務でしょ?

「今から考えると凄く大変だったと思います」

彼女って勤務交代とか無理な勤務でも断らない人だったから

「甘えている人多かったと思います」


仁と羽村は顔を見合わせて

「それでその伊藤杏奈さんって方は?」

と聞いた。


美幸は考えながら

「確か、少しして病院辞めて引越ししたと聞きました」

と告げた。

「場所までは私知らなくて」


仁はメモを取りながら

「調査にご協力ありがとうございます」

と答え、羽村に彼女の行方を追うように頼んだ。


その後も聞き込みを続け、病院の駐車場の隅っこに壊れた車があったが直ぐに無くなっていたので、気のせいだったのかもしれないという話もあった。


視界に触れた程度の情報では流石に5年の歳月を保ち続けるのは難しいという事だろう。

これがコールドケースをホットにする難しい点である。


時間が経てば経つほど記憶や遺留品、残留物が減って真実が見えなくなっている。


仁は話を聞き終えると

「だからこそ、初動捜査が大事だって言われるゆえんだな」

とぽつりとつぶやいた。


結局、伊藤杏奈という病院を辞めた看護婦以外に該当する人間はおらず時間も夕方に差し掛かったのでその日の捜査は終了という事になった。


仁は羽村にホテルまで送ってもらい部屋へと向かった。

が、部屋に真里奈はおらず仁は驚くと

「マジか!」

と思わず部屋の前で叫んだ。


鍵が無ければ…入れない、という事だ。

仁は深く息を吐き出すと一階のエントランスに戻り

「せめて鍵はフロントに預けて出掛けて欲しかった」

とぼ焼きながら彼女を待った。


真里奈は少ししてからホテルの入口の前で車から降りると運転していた女性に礼を言いホテルのエントランスへと姿を見せた。

「あ、仁さん」

おかえりなさい


仁は顔を顰め

「どこへ行ってた」

見ず知らずの土地で

と告げた。


それに真里奈はう~んと考え

「お花を手向けに」

と告げた。

「行きはタクシーだったんだけど」

そこで林さんのお母さんと出会って送ってもらいました


仁は目を見開くと

「え?」

と呟いた。


真里奈は笑むと

「一緒に回れないし」

せめてお花を手向けてあげたいなって思って

「おばさんともお話して」

その…お互い辛いと思うから辛い時は泣いた方が良いって言いました

「私も母にそう言われたので」

悲しい時は逃げたら良いって

「泣くのも逃げるのも弱いからじゃなくて心を守るためだって」

と告げた。

「おばさん凄く泣いて」

おじさんと泣きながら話をしようと思うって言ってくれました


仁はそれに聞き目を細めると静かに笑みを浮かべた。

「そうか」

確か息子さんを亡くして奥さんと亀裂が入って別れて流れるように東京に来たと言っていたからな


真里奈は小さく頷いた。

仁は息を吐き出して

「だが、危険なことはダメだからな」

とビシッと告げた。


真里奈は笑顔で

「はい」

と答え

「それで犯人は?」

と聞いた。


が、仁は彼女に

「ああ、その前に」

と言うと

「鍵はホテルに預けてから出掛けてくれ」

部屋にはいれないからな

と告げた。


真里奈は目を見開くと

「あ、すみません」

と答え

「じゃあ、部屋に」

と照れ隠しに笑みを浮かべて歩き出した。


仁は頷くと苦笑しつつ

「部屋に戻ってから話をする」

と答えた。


そして、部屋に戻ると仁は部屋の窓際にある椅子に座り

「怪しい人間はいた」

いま羽村に行方を追ってもらっている

と告げた。


真里奈は正面に座って笑みを浮かべ

「分かると良いですね」

と答えた。


仁は目を細めて優しく微笑んだ。


真里奈はそれに

「仁さんの癖ですか?」

笑う時にすっと目を細めてる

と告げた。


仁は驚いたように指先を口元に当てて

「そうか?」

考えたことなかったが

と呟いた。


真里奈は笑って

「その指を口元に当てるのも、ですね」

と指をさして告げた。


仁はう~んとからかわれているのか?と思いつつ肩を竦め

「夕飯、食べに行くぞ」

と話題を切り換えるように立ち上がり足を踏み出した。


真里奈は頷くと

「はい」

と答え後について歩いた。


伊藤杏奈の消息は意外なほど早く分かった。

彼女は徳島を離れて東京へ行き、そこで一人の男性と再会して結婚をして暮らしていたが1年前に亡くなっていたのである。


ただ彼女は手紙を残しており、そこに全てが書かれていたのである。

自分が犯した罪とその自責の念を。


男性は内容を読んで悩んだ末に公にする方ではなく墓場にまで持って行くつもりで保管してなかったことにしたのである。

勿論、本当に消し去るつもりなら燃やしたり廃棄したりすれば良かったのだが、やはり両親の呵責からどちらにすることも出来ずにずっと持ち続けていたのである。


仁は羽村からの連絡で県警へ行き、その話を全て聞くと一瞬驚いて

「ご協力ありがとうございました」

と告げた。


羽村は笑むと

「いえ、こちらこそ川原さんが来ていただいたお陰でコールドケースだったひき逃げが解決できて感謝します」

これで林夫妻に漸く報告が出来ます

と告げた。


林一馬を引いた中古車も手紙に書かれていた山中から放置されボロボロになった状態で発見されたのである。


仁はその日の夕方にホテルに戻ると厳しい表情で真里奈に

「この事故を絶対に止めないとな」

と開口一番に告げた。


真里奈は常と違う仁の様子に驚きながら

「え、は…はい」

と答えつつ

「あの…犯人は分かったんですよね?」

止めます

「でもそれ以外に何かあったんですか?」

と聞いた。


仁は小さく頷くと

「犯人は伊藤杏奈と言う女性だった」

彼女は将来を約束していた男性と周囲の反対があって結婚できずに一人で暮らしてきたそうだ

「両親を早くに亡くして頼る人もいなくて只管に働いて生きていたようだ」

勤務表を見ても夜勤と準夜を繰り返したり日勤の後に深夜が入ったりと無茶な勤務だったようだ

と告げた。


真里奈は視線を伏せて

「そうだったんですね」

と呟いた。


どれほど大変でもどれほど辛くても頼る人がいなくて一人で生きてきた女性。

疲れが溜まり恐らくそれが遠因で事故を起こしてしまったのだろう。


仁は息を吐き出して

「そして事故を起こして…ひき逃げをした」

助けられた命を見殺しにしてしまった

「許されない罪を犯してしまって彼女はずっとそれを悔いて暮らしていたらしい」

何故あの時に救急車を呼び彼を助けなかったのかと

「怖くて逃げてしまったのかと」

ある意味…当然だな

「ひき逃げは許されることじゃない」

と言い

「逃げ出して東京へ戻って結婚して子供を産んでもずっと悩み」

精神的に病んで亡くなったそうだ

と告げた。


真里奈は唇を噛みしめると

「どんなに逃げても…自分の犯してしまった罪から逃れることは出来ないんですね」

一番してはならないと分かっているのはきっと自分だからなのかも

と呟いた。


仁は頷いて

「その伊藤杏奈が結婚した相手は筈木樹…つまりあの無差別殺人事件で亡くなった三人の死亡者の一人である筈木一郎君の母親だ」

と告げた。


真里奈はその事実に目を見開くと

「…嘘…」

と呟いた。


仁は首を振ると

「嘘じゃない」

嘘じゃないんだ

と告げた。


真里奈は暫く立ち尽くして、やがて顔を上げると

「止めます」

絶対にとめます

と告げた。

「私、必ず止めます」


仁は強く意志を込めた表情で頷くと

「勿論だ」

と答えた。

「だが、運命と言うのは恐ろしいものだな」

巡り巡って…彼女のしたことがその息子に…なんてな

「彼には何の責任もないのに非道な運命が襲い掛かったんだ」


真里奈は小さく頷いて

「そうですね」

投げた石は非情なほど自らの上に落ちるものなんですね

と呟いた。


2人は翌日新潟に戻り、12月25日までアパートで生活してその日の夜に井上家をこっそりと見に行った。


一人の男性がケーキとプレゼントを持って帰宅し、中から子供の明るい声と井上由子の明るい声が響いていた。


それを見た真里奈は笑むと

「ちゃんと話が出来たんですね、良かった」

雪で寒いのに温かいですね

と言い

「あの…私、今回の事であの高津と言う人も…救わないといけない気がするんです」

と告げた。


仁も驚いて真里奈を見つめた。


真里奈は明るい灯火が窓に映る井上家を見つめながら

「もしかしたら…この負の螺旋の起点は山王寺君や仁さんのお姉さんの血にも関わっているかもしれない」

今回のひき逃げの事件でそんなことを思ってしまったんです

と告げた。


仁は少し考えたものの笑むと

「ああ、そうだな」

と応え

「救おう」

と告げた。


真里奈は笑むとそっと仁の手を握りしめた。

仁はその手の温もりに目を細めて微笑み、優しく握り返した。


2人は互いの手の温もりに言葉の代わりに流れ込んでくる心に今は浸っていたのである。


そして、翌日。

アパートのお梅おばあさんと浜松健吾に別れを告げた。


お梅は泣きながら

「なんだか寂しくなるねー」

いいかい

「駆け落ちでもちゃんと二人手を繋ぎ合って生きていくんだよ」

と告げた。


浜松健吾は笑顔で

「羽村も感謝していると言っていた」

また難題があったら協力を頼むかもしれないから

「その時は宜しく頼むな」

と告げた。


2人は彼らに手を振ってアパートを後にした。


仁は真里奈を見ると

「徳島へ行く前に東京へいくか」

と告げた。


真里奈は首を傾げた。


仁は笑むと

「彼女のひき逃げの一番の遠因は筈木樹とのことだ」

それをどうにかするべきだからな

と告げた。


真里奈は目を見開き

「そうですね」

と答えた。


仁は頷いて「よし」と言うと、一路東京に向けてハンドルを切った。


そして、東京に着くと真里奈は時計を5年前の6月7日に合わせて

「時戻りの時計よ」

示した時へと誘え

と願った。


巡り。

巡って。

負の連鎖が筈木一郎を死なせたのならば。


この先に…あの事件の本当の遠因があるかもしれない。


真里奈は笑むと

「止めるからね」

私ぜったいに止めるからね

「山王寺君」

と心で呟いた。


そして、5年前の2004年6月7日へ時間を超えたのである。


最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

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