2年前の事件、でもその向こうには
枯れ木がざわめいていた。
闇の中でも光と影が枝の動きに合わせて地の上に陰影の絵を描いている。
空には重々しい鉛色の雲が広がり白い粉雪を風に乗って降り下ろしていた。
その中を一人の女が顔を歪めながら逃げ惑い白い道端に足跡を残していた。
髪は乱れ衣服も裂けて肌が見えている。
彼女は息を切らせながら走り
「た、助けて」
な、何故?
「どうして?」
と小さく呟いた。
それに背後から追いかけていた影は目を細めると
「君が悪いんだ」
君が愚かにも
「ノコノコとやってきて…あの女と同じだ」
と呟くと木に掴まり恐怖に彩られた瞳で見つめる女に手にしていた刃物を振り上げて下ろした。
悲鳴は闇夜に降る雪に吸い込まれ手にかけた人物以外の耳に届くことはなかった。
この日はあちらこちらで煌びやかなイルミネーションが輝き、明るいジングルベルの曲が日本中に流れるクリスマス。
多くの人々がケーキやチキンを前に笑い合い他愛無い話で楽しんでいた。
そんな夜に新潟の片田舎で起きた凄惨な事件であった。
君に辿り着くための事件推理
青く晴れ渡った空が頭上に広がっていた。
雲は白い白い夏の入道雲。
耳に残るのはあの日に聞いた彼の言葉。
『好きだった…ずっと見てた』
彼と恋を始めたい。
彼との恋に辿り着くために過去へと遡った。
桜井真里奈は車から降り立つと周囲を見回した。
川原仁も同じように車から降り立ち周囲を見回した。
大きな一軒家が建ち並び明るい日差しが降り注いでいる。
通りを歩く人の姿は無いが全く人がいない雰囲気ではなく何処かの家からか分からないがテレビの声が響いて来ている。
所謂、極々普通の住宅街の様相である。
究極言ってしまえば、先と殆ど変化のない様相である。
ただ…気温の高さは感じれた。
だが。
だが。
彼はふむっと腕を組むと
「…余り変わったようには見えないが」
と呟いた。
そして、確認のために携帯をポケットから取り出し目を見開いた。
間違いなく日付けが変わっていたのである。
携帯の時間が2021年7月23日になっていたのである。
真里奈も携帯を取り出し
「おお!変わってる」
と目を見開くと
「本当に…遡ったんだわ」
と呟いた。
時間を遡るなど…現実的に考えると有り得ない話である。
しかし、携帯の時間は変わっている。
仁は真里奈の携帯の時計も見て頭を抱えると
「まじか」
とぼやいた。
太陽はぎらぎらと輝き、確かに体感温度はバカ高い。
アスファルトの上では僅かだが揺らぎがある。
夏によくある陽炎だ。
2人は顔を見合わせると車に戻り、仁は冷房を入れ、真里奈は仁に
「それで…どうします?」
と聞いた。
仁は一つ息を吐き出して現実を受け入れると冷静に
「取り敢えず、本当に2年遡ったか確信を持つために明日の朝から中島家を見張る」
と告げた。
真里奈はそれに
「明日ですか?」
と聞いた。
仁は頷き
「ああ、7月24日に三清工事株式会社が中島家に新しい洗面化粧台の工事に行っている」
それがそもそもの発端だ
と告げた。
「ただ工事を行った人間は犯人じゃない」
その人間…瑞浪修吾が同じ職場の林小次郎と井上旭に中島家の話をしたことで狙われた
真里奈は頷いて
「そうだったんですね」
と答えた。
車の中はガンガンにエアコンが効かされている。
5月下旬の初夏から行き成り真夏へ季節も変わったからである。
仁は息を吐き出し
「とにかく、今日はしばらく滞在する宿を決めるか」
と言い
「2年程度ならそれほど変わってはいないと思うから俺も成人して存在している」
と告げた。
真里奈は「はい」と答え、ふと窓の外の景色を見て
「そう言えば、山王寺君も私も中学3年だよね」
山王寺君の中学時代か
「どきどき」
と一人胸を高鳴らせた。
仁は相好を崩して笑む真里奈を見て
「…何を妄想しているんだ?」
このお嬢さんは
と突っ込みつつ、近隣の駅前へ行くと不動産屋へ入りマンスリーマンションの紹介を受けた。
一ヵ月は滞在するのだ。
場合によっては一括前払いで必要書類を減らせる物件も少なくはない。
家具も殆ど備え付けなのでその日から生活が出来るという事だ。
不動産屋の男性は少し不審そうに仁を見たが近くのマンスリーマンションのオーナーに連絡を入れて一括前払いという事で一室準備出来た。
ワンルームだがそれほど狭くもなくベッドも一つあるので問題はなかった。
仁は真里奈を連れて部屋に入り契約を交わして家賃を前払いすると周囲を見回した。
「ベッドは桜井さんが使え」
俺は雑魚寝で大丈夫だ
意外と紳士のようである。
真里奈は小さく頷いて
「すみません、部屋代も出してもらってるのに」
と答えた。
仁は笑って
「構わないさ」
と言い
「これで姉が救えるなら安いものだ」
と告げた。
「あ、それから俺は警察官だから安心してもらっていいからな」
手を出すつもりはないとビシッと告げた。
真里奈はさっぱり
「私も山王寺君がいるので大丈夫です!」
とにっこり笑った。
つまりビジネスライクな付き合いという事であった。
外は晴天。
太陽は南天を過ぎても地上を強く照らして気温をがんがんと押し上げていた。
翌日、問題の7月24日中島家へいくと三清工事株式会社の車が止まっており既に洗面化粧台が運び込まれていた。
真里奈と仁はその様子を見て三清工事株式会社の車が工事を終えて移動を始めるのに合わせて車で追いかけた。
仁は複雑な表情を浮かべつつ
「本当に…時間を遡ったんだな」
マジ信じられねぇな
と心で呟いていた。
ただ、何よりも重要なことは林小次郎と井上旭に改心させるということだ。
いや、もっと言えば今回の事件の発端となった会話をさせなければ良いのだ。
瑞浪修吾が運転する車は麻生通りを東へと向かい首都都心環状線から11号線に乗って快走した。
その後湾岸線に乗り三清工事株式会社の本社のある江戸川区に入ると駐車場に止まった。
仁はそれを見届けると
「桜井さん、ここで見張っていてくれ」
俺は駐車場に車を入れてくる
と告げた。
真里奈は「はい」と答え
「あ、私のことは真里奈で良いです」
と答え、助手席から降りた。
仁はさっぱり
「わかった、じゃあ」
真里奈ちゃん宜しく
と言って、駐車場へと向かった。
真里奈は周囲を見回して車から瑞浪修吾が下りるのを見て
「とにかく、言わせないことだわ」
と足を踏み出すと突進した。
「こんにちは!」
瑞浪修吾は彼女を見て驚き
「え?」
あ、おれ?
と聞いた。
真里奈は頷いて
「はい」
と言い
「瑞浪さんですよね?」
とにっこりと笑顔で告げた。
修吾は頷いて
「あ、ああ」
と答えた。
ツインテールの女子高生の可愛らしい子が明るく話しかけてきたのだドキドキしていた。
もしかして。
もしかして。
そんなことを考えてしまう状況であったが…。
仁は駐車場から戻ると分かれた場所にいない真里奈に
「え?」
と慌てて周囲を見回し、瑞浪に嫌な顔をして払われている彼女を見て慌てて駆け寄った。
「おい!」
瑞浪は仁を見て
「あんた、この変な子の彼氏か?」
気持ち悪いこと言うの辞めさせてくれ
「期待して損したぜ」
と怒ると会社の中へと入っていった。
仁は息を吐き出すと真里奈の腕を掴んで家と家の間に連れて行くと
「何をしたんだ?」
と聞いた。
真里奈は少し口を尖らせて
「中島さんのことを口外しないように言っただけです」
犯罪に繋がるのでやめてくださいって
と告げた。
「あの人の言葉が無ければ事件は防げたんですもの」
…。
…。
確かに正論である。
が、見知らぬ少女に言われて「はいそうですか」と素直に言う事はないだろう。
それよりも普通は怖いに決まってるだろ!そう突っ込みたかった。
仁は顔を顰めながら
「まあ、気持ちは分かる」
と言い、更に駐車場に止まった車から降りてきた2人を見て
「あの2人だ」
林と井上
と告げた。
真里奈はえ!?と振り向いて
「あの二人ですね」
と頷くと
「行きましょう!」
と足を踏み出した。
仁は驚いて
「は!?」
何をしに?
と聞いた。
真里奈は不思議そうに
「もちろん、警告です」
と告げた。
「悪いことをしても捕まりますって」
仁は頭を抱えながら
「いやいや、止めたい気持ちは分かる」
俺も同じだ
「だが、そんな考えすら浮かんでいないのにそんな話をされても『何言っているんだ』って反対に怒りを買うだけだろ」
とビシッと告げた。
真里奈は不服そうにしながらも
「確かにそうですけど」
と答えた。
「でもこのままでは犯罪は起こってしまうし…どうすれば2人の心を変えれるか分からないです」
まるで『先生!どうすれば良いですか?』と言うような幻聴が聞こえてきそうな遣り取りだと仁は悩みながら腕を組んだ。
だが、考えれば彼女の言う通りなのだ。
このまま放置すれば事件が起きるだろう。
いや、最悪は2人が中島宅へ入ったところへ飛び込んで止めることは出来るが失敗する可能性もある。
真里奈は仁を見つめ
「私、ただ事態を止めるだけではダメなんだと思うんです」
と告げた。
「あの2人の心を変えないと中島家でしなくてもきっと他ですると思うんです」
仁は真里奈を見つめた。
真里奈は笑むと
「ずっと中島家の事件を止めれば良いと始めは思ってました」
でもちゃんとケリを付けないと駄目なんじゃないかと貴方と会う前に思って警視庁へ言ったんです
「例え不幸なことがあっても不幸をばらまいちゃダメだと」
心に届かないかもしれないけど伝えなきゃダメなんだと思うんです
と告げた。
仁は目の前の高校生の彼女を見つめ息を飲み込んだ。
唯の小説好きの突拍子もないことをするだけの高校生かと思っていた。
だが。
だが。
仁は静かに笑むと
「そうだな」
真里奈ちゃんの言う通りだ
「犯罪をする者の心は傾いでいる」
だから聞き届けてくれるとは思えない
「それでも心を止める必要はあるな」
と告げた。
真里奈は目を見開くと
「川原さん」
と名を呼んだ。
仁は笑むと
「俺は仁でいい」
真里奈ちゃんを真里奈で呼んでいるからな
とウィンクをすると
「じゃあ、行こうか」
と告げた。
真里奈は目を瞬かせると
「え?」
どこにですか?
と首を傾げた。
仁は笑いながら
「2人を止めに行くんだろ」
心をな
と歩き出した。
真里奈は笑顔になると両手をグッと握りしめ
「よし!頑張らないと」
と足を踏み出した。
2人は三清工事株式会社の本社ビルの自動ドアを潜ると受付の前に立ちそこにいた女性社員に声をかけた。
仁は警察手帳を見せながら
「警視庁の者だがこちらに林小次郎と言う男性と井上旭と言う男性がいると思うが」
少し話を聞きたいだけなんだが
と告げた。
それに女性社員を驚くと
「は、はい」
と慌てて振り返りかけた。
その時、瑞浪修吾が怒りながら
「あのさー、会社にまで押しかけてくるって何だよ」
と言い
「その、言わないからさ」
出て行ってくれないか?
と受付に姿を見せた。
が、女性社員は彼に耳打ちして
「警察の人よ」
貴方が何かしたの?
と聞いた。
修吾は驚いて仁の警察手帳を見て
「…うげっ」
と声を零すと
「いや、俺してない…マジでマジ」
と後退った。
が、仁はそれに
「ああ、君は何もしていない」
敢えてしているとしたら
「個人情報保護法か就業規則に違反していることぐらいだろうか」
と告げた。
「仕事上知り得た個人情報を漏らす…とかな」
修吾は蒼ざめると
「いや、本当に話しません」
これからは気を付けます
と言うと逃げるように立ち去った。
女性社員は驚きながら見送り
「あ、少々お待ちください」
と言うと、林小次郎と井上旭を連れてきた。
2人は戸惑いながら仁を見た。
仁は笑むと
「悪いな、少し聞きたい事があっただけだ」
と言い、外へ出るように促した。
林小次郎と井上旭は後に付いて行った。
問題はここからである。
事件が起きるのは一か月後なのだ。
2人はまだ犯罪者ではない。
仁は心の中で
「さて、どうするかな」
と呟いた。
その時、真里奈が駆け寄り
「この人たち、お金持ちの家に強盗に入ろうとしていた人に似てます!」
と指をさした。
それに林小次郎と井上旭は驚いて
「「え!」」
と彼女を見た。
仁も同時に
「え!?」
と驚いた。
何を言い出したんだ?この子?と思ったが、直ぐに咳払いをすると
「実は港区の方で強盗未遂の通報があって…彼女が怪しい2人を見たというので」
今日の午前中はどこへ?
と聞いた。
林小次郎は慌てて
「…仕事で荒川の方に」
あ、こいつも一緒で
と井上旭を見た。
井上旭は頷いて
「まあ、金に困っているのでやりたいくらいですけど」
やってないですよ
と答え、視線を伏せた。
「こっちは子供の頃から運が無くてね」
金持ちから貰っても罰は当たらないんじゃないかってね
「あー、でもやってないですから」
だいたい警察なんて結局事件を解決できない能無しばかりじゃないですか
「ねえ、林さん」
それに真里奈は
「罰、当たるに決まってるじゃないですか」
と告げた。
「人を殺して金を奪えばそれに見合った刑罰が下されます」
貴方が不幸だからと言って見知らぬ人を不幸にして良い権利なんてないんですから
それに井上旭は真里奈の服を掴むと
「だったら、俺のお袋を殺した奴を警察は捕まえろっていうんだよ」
と怒鳴った。
「林さんだってお子さんがひき逃げされて…警察はもう犯人捕まえる気がねぇんだしよ」
仁は彼の手を真里奈の服から外して
「それに関しては申し訳ないと思っている」
良ければ捜査状況を調べるので詳しく話してほしい
と告げた。
現実問題としてコールドケースはあるのだ。
それによって憤り苦しんでいる被害者や被害者家族は多くいる。
彼らがその被害者家族だとは思ってもいなかったが…そのようである。
仁は息を吐き出して怒りを霧散させた井上旭を見て
「ただ君もそして貴方も、もし『強盗』をしたらお二人を永遠に憎む貴方の分身が生まれることを忘れないでもらいたい」
貴方が犯人をこの世の中を憎むように
「貴方がそう言う事をしたら貴方をそう言う気持ちで恨み憎しみ続ける存在を作るという事だ」
もう一人の…いやもっと多くの貴方から恨みを受け続けることになる
と告げた。
井上旭は暫く立ち尽くし
「…一応、心に留めておく」
と言い
「だが俺は罪を犯していない」
強盗未遂をしていない
と告げた。
仁は笑むと
「わかった、信じる」
これから先も君たちは犯さないと信じる
と告げ
「それで君が言った母親のことだが」
それとひき逃げ事件と
井上旭は頷くと
「子供の頃は新潟に住んでいて12年前のクリスマスの夜に母さんが殺されて…警察は始めの1、2年くらいは大規模に調べてくれたけどな」
結局犯人は分からずじまいで
「親父はそれからひでぇし…15歳で東京に逃げ出してきたんだ」
それで林さんが拾ってくれて社長に話をしてくれたんだ
と告げた。
仁は手帳に内容を書きながら
「母親の名前は?」
と聞いた。
井上旭は「井上由子だ」と答えた。
仁は頷くと
「12年前のクリスマスに新潟で…井上由子か」
わかった、聞いておく
と言い
「それで林さんの方は?」
と聞いた。
林小次郎は肩を竦めて
「犯人が見つかっても…息子は還らない」
と呟いた。
井上旭はそれに
「一応話しておけって」
と言い
「17年前に徳島で14歳の息子さんがひき逃げされたんだ」
ひき逃げをした犯人も分からなくて
と告げた。
林小次郎は頷くと
「ああ、一馬って名前で」
本当に良い子だったんだ
と笑みを浮かべた。
仁は頷いて
「徳島で17年前にひき逃げだな」
わかった
「そちらも捜査状況がどうなったのか調べておく」
と告げた。
中島絢斗と同じように事件が彼らの人生を狂わせたのだろう。
まるで悪夢の負の螺旋である。
事件が人を狂わせ、そして、その人間が再び誰かの人生を狂わせる。
仁と真里奈は井上旭と林小次郎と別れてマンスリーマンションへと戻った。
真里奈は部屋に入ると
「…これで思い留まってくれるといいんですけど」
と呟いた。
仁は頷いて
「一応、あと一か月ある」
それに二人との約束もあるし
「やっておかないといけないこともあるから明日から少し動くぞ」
と告げた。
真里奈は驚いて
「はい!」
と答えた。
「それで何をするんですか?」
と聞いた。
仁は部屋の椅子に座り
「取り敢えず、2人の家族が遭遇した事件の捜査状況を調べないとな」
その上で12年前の情報と17年前の情報を集めて事件を解いて事件を止めるだな
と告げた。
真里奈は目を見開くと
「仁さん」
と呟いた。
仁は笑むと
「この事件の発端は12年前と17年前の事件がある」
それを止めれば2人も中島宅を襲う事もないだろう
「強盗をしようとする気持ちも消えるかもしれない」
と告げた。
真里奈は大きく頷くと
「はい!」
と答えた。
仁は腕を組むと
「ただな、12年前と17年前となると札や硬貨…つまり手持ちの金が使えなくなる可能性がある」
と告げた。
真里奈は「あ」と言うと
「確かにお札が変更されたの3年前くらいですよね」
と呟いた。
仁は息を吐き出し
「金にしようと思っている」
と告げた。
「価値の変動があまりないからな」
その都度、紙幣に変更した方が役に立つ
真里奈は「おおお」と
「凄いです」
と答えた。
仁はふっと笑むと
「一応社会人だからな」
と答え、真里奈と顔を見合わせると同時に笑った。
翌日、仁は緊張しつつも警視庁へ行き資料室へと入った。
真里奈はその間に図書館で12年前の記事と17年前の記事を探して印刷しておいたのである。
仁は資料室に入りパソコンで12年前と17年前の情報を抜き出し
「戻ったのは2年だけで良かったぜ」
これが行き成り12年前だったら俺はまだ学生だ
と呟いた。
そして、捜査資料や残されていた遺留品などの画像も全てコピーして捜査状況も最後に調べた。
二件とも確かにコールドケースになっていたのである。
仁は息を吐き出し
「有力な目撃情報や遺留物が出てこないと…難しいか」
と呟き
「それでも捜査は続けている」
大規模ではないけどな
「ちゃんと調べているんだ」
と目を細めた。
そう、警察はコールドケースになったからと言って『はい、終わり』ではないのだ。
執念を持って捜査している警察官がいるのだ。
仁は息を吐き出だすとコピーを手に警視庁を後にした。
そして、その足で銀行へ行くとカードを入れて
「25歳の俺…すまん!」
だが、俺の貯金でもあるからな
そう言って1万だけ残して全て引き出した。
紙幣を持って当面一か月の生活費以外は地金商で金に換えたのである。
真里奈もマンスリーマンションに戻り仁と合流した。
仁は弁当を真里奈に渡し
「飯食いながらだな」
と告げた。
真里奈は頷きつつ
「ありがとうございます」
そのおんぶに抱っこですみません
と頭を下げた。
仁は笑むと首を振り
「いや、気にしなくていい」
と言い、テーブルに資料を広げながら不意に
「…真里奈ちゃんは不思議なところがあるな」
と告げた。
「先のことでも君がきっちり言わなかったら井上は話をしなかっただろう」
俺は状況ばかりを気にして言い切れない部分がある
真里奈はそれに笑みを浮かべると
「そんなことないです」
と言い
「私も始めはただ先の事件を起こさなければ良いと思ってました」
でもそれだけじゃダメなんだってニュースを見て思いました
「原因だとか不幸だとかそう言うの全て払いのけて」
良いことなのか悪いことなのか
「それを伝えなきゃダメだって思ったんです」
と告げた。
「だって中島さんご夫婦は井上さんや林さんに殺される理由は無かったんです」
2人の事情がどうあれ2人は間違ったんです
「中島さんも同じです」
山王寺君や仁さんのお姉さんや筈木さんも
「殺される理由は無かったんです」
あの人も間違えたんです
「それを言わずに可哀想だ、救いだ、では過ちを正せない」
絶対に正しくない
仁は静かに笑むと
「そうだな」
と言い
「じゃあ、彼らにはビシッと言ったんだ」
これから彼らを救うために頑張るか
と告げた。
真里奈は大きく頷いた。
最初に12年前の警察の調書を見た。
当時、井上由子は34歳で一人息子である旭10歳と夫の高政の3人で暮らしていた。
高政は元々出張の多い営業の仕事でその日も朝から出張で九州の方へ出掛けており彼女は息子と2人きりであった。
彼女は夜になって息子の旭に『ごめんね』と言ってそのまま翌日死体となって見つかったという事であった。
真里奈はそれを見ながら
「井上由子さんはお子さんに『ごめんね』と言って出掛けたまま翌日の朝に遺体で発見されているんですね」
良く小説とかドラマで追跡調査とかありますけど
「それはしなかったのかな?」
と呟いた。
仁は頷いて
「ああ」
と答えた。
「当時は漸く店とかで防犯カメラが設置され始めた頃だからな」
道路とかのカメラで追跡と言うのは出来なかったと思う
真里奈は頷いて
「警察では容疑者は?」
と聞いた。
仁はパラパラ捲って
「ああ、彼女の知り合いには全員当たっている」
と告げた。
「近隣の井戸端会議の女性たちの話から彼女は近くのスーパーで勤めていることが分かったのでそこの従業員にも」
ただなぁ、クリスマスってことで家族と家でパーティーをしていたり
「レストランで食事をしていたりって感じだな」
家族の証言はアリバイにはならないが動機も見当たらなくてな
真里奈は「そうなんだ」と言い
「でも」
と呟いた。
仁は彼女を見て
「どうした?」
真里奈ちゃんは時々変に鋭いから言いたい事を言ってくれ
と告げた。
真里奈は「変に?」と自分の何処が変なんだ?と思いつつ
「あの、お子さんに『ごめんね』って言ったのが気になって」
と告げた。
仁は写真を見て
「ん?それは?クリスマスだけど出掛けるって意味じゃないのか?」
と告げた。
真里奈は腕を組むと
「だとしたら余計にクリスマスに子供を1人放置して出掛けるってことは余程の人の呼び出しってことですよね?」
私、この『ごめんね』にはもっと深い意味がある気がするんです
「その…その呼び出した人と駆け落ちするとか」
もう戻らないみたいな
と告げた。
仁は目を見開き
「それって…由子は浮気をしていたってことか?」
と聞いた。
真里奈は頷いて
「そう言う意味じゃなくても…そう言うくらい人がいたと思います」
と告げた。
「でないとクリスマスの日に子供一人残して誰かに会いに木々が茂る危ない場所に夜に態々出て行かないですよね」
仁はう~むと唸って
「なるほど、確かに言われるとクリスマスって特別な日に夫は出張で息子と2人きりなのに1人で出掛けるというのは」
もっとも元々から子供に愛がない母親なら有り得るけどな
と呟いた。
真里奈は現場写真をパラパラと見つめた。
そして一つで手を止めた。
「これ、レシート?」
仁はそれを見て
「ああ、そうだな」
彼女のパート先のスーパーのレシートだ
「まあ、持っていても変ではないと思うが」
彼女自身も買い物するだろうし
と告げた。
真里奈は調書を見て
「由子さんのパートタイムは朝の8時から12時までですよね」
と告げた。
「このレシートは由子さんのモノじゃないですよね?」
仁は写真と調書を見比べ
「いや…それが彼女の指紋だけしか出なかったようだが」
だが確かにレシートの時間の刻印が9時10分になっているってことは彼女は仕事中か
と考えて、笑みを浮かべると
「調べてみる価値はあるな」
と言い立ち上がると
「悪いが明日は一日ゆっくりしておいてくれ」
俺は新潟に行ってくる
と告げた。
真里奈は驚いて
「ええ!?」
と目を見開いた。
仁は伸びをすると
「さて、寝るか」
と書類とかを纏めて寝袋の中に入った。
真里奈はまぁ良いかと考えると
「分かりました」
とベッドに横になって眠った。
翌日、仁は新潟に行くと事件を担当している浜松健吾という刑事と合流して話を伝えた。
浜松はそれを聞き
「実は我々も気になっていたことがあって」
それを聞いて繋がりました
と言うと
「当時の店内の防犯カメラの映像は確保していたんですよ」
と案内した。
仁は彼と共にパソコンに映るスーパーの防犯カメラの映像を見た。
12年前のカメラ映像なので解像度は良くないがそれでも顔が分かる程度には写っている。
浜松はそれを一瞬止めると
「この客、毎日同じ時間に彼女のレジ列に並んでいたんですよ」
と言い
「彼女が休みの日には訪れていないという事に気付いて」
ただ彼女と不倫をしているとは思わなくて
「二人が会っているという噂もなかったですから」
と告げた。
「それがこの人物ですが彼女の中学の頃のアルバムに映っていたんですよ」
同じクラスだったんです
仁は頷いて
「あとは25日当日の映像在りますか?」
と聞いた。
浜松は頷くと
「ええ」
と流し始めた。
そして、落ちていたレシートの時間午前9時10分にレシートを由子がその男性に渡している場面が写っていたのである。
しかも男性は手袋をしていたのである。
つまり、指紋が由子だけのモノだったのはその可能性があった。
浜松もそれを見ると確信を得たようで
「事情聴取をします」
と言うと写真の男性吉田光男を緊急で事情聴取へ招いた。
吉田光男は事情聴取を受けるように告げると小さく息を吐き出して
「俺が殺しました」
と開口一番に告げたのである。
疲れ果てて、と言う感じであった。
仁は井上旭に連絡を入れて犯人が逮捕されたことを伝えた。
井上旭は仁に礼を言い
「犯人が捕まってもこれまでの自分の苦しみが消えるわけじゃない」
でも俺が同じことをすれば俺と同じように被害に遭った家族は俺と同じように
「恨み憎み…俺の分身を作るんだという事だけは」
噛みしめようと思います
と告げた。
仁はそれを聞き林小次郎には
「今はまだ捜査中ですが必ず犯人を突き止めます」
と告げた。
林は頷くと
「宜しくお願いします」
と告げた。
真里奈は仁が戻るとその話を聞き
「これで事件が起こらないと思います」
でも確認はしておきたいし
と告げた。
仁は頷き
「そうだな」
それに奴が中島宅以外でも本当に強盗をしなくさせるには12年前の事件を止めないとな
と告げた。
真里奈は頷いた。
「はい」
2人はマンスリーマンションで8月23日まで過ごし、その日に解約手続きをして車に乗り込むと中島宅へと向かった。
その日、三清工事株式会社の車が止まることはなく夕方になって町が黄金に輝く頃に一人の青年が荷物を持って家の戸を開けた。
中島絢斗である。
17歳の彼は笑顔で戸を開けると中から女性の声が響いた。
「おかえりなさい、楽しかった?」
彼は笑顔で
「凄く楽しかった」
と答え言葉を続けた。
『ただいま、お母さん、お父さん』
真里奈と仁はその光景を見つめて笑みを浮かべた。
真里奈は時戻りの時計を12年前の2009年の12月1日に合わせた。
「12月1日にしておきました」
仁は頷くと
「ああ、それが良いだろう」
車で新潟に移動しないといけないからな
「それと17年前のひき逃げについても12年前の方が近いから何か分かることが出るかもしれない」
と告げた。
真里奈は頷くと
「では」
過去へ
と時計を抱き締めた。
「時戻りの時計よ」
示した時へと誘え
真里奈は目を細めると
「きっと、きっと」
悪循環の輪廻を断ち切って戻るからね
「山王寺君」
と呟いた。
『好きだった…ずっと見てた』
真里奈は笑みを浮かべてその言葉を抱き締めつつ時を遡ったのである。
…12年前の12月1日へと…
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。