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君との恋の未来を紡ぎたい!

7年前に亡くなった祖母はとても変わった人だった。


長い黒髪に白くほっそりとした肢体。

何時も浅黄色した着物を纏って田舎の家の縁側に座っていた。


「真里奈ちゃん、真里奈ちゃん」

今日はビー玉して遊ぼうか


「真里奈ちゃん、真里奈ちゃん」

今日はべったんして遊ぼうか


祖母から貰ったものはキラキラ光るビー玉にアニメの絵が描かれているべったんに、女の子の玩具だけでなく本当に様々なものであった。


その中でも一つだけ…亡くなる前に貰ったものが少し変わったモノだった。

「これはね、貴女のお爺さまと恋をする切っ掛けになったものなの」

真里奈ちゃんがどうしても過去へ行きたくなった時に一度だけ使えるものよ

…時戻りの時計…

「過去にはずっとずっと遡れるけれど戻ることは一度だけしかできないの」


使わないで済めばいいけれど

「もしも、どうしてもという時に一度だけ過去を変えていくことが出来るわ」


でも

「気を付けてね」


戻ることは一度だけ

「もし壊れてしまったら…」


キラキラと庭の木々が雨露を乗せて陽光に輝く午後…祖母は病院のベッドの上で眠りについたまま二度と目覚めることのない旅に出た。


祖母はとても変わった人だった。

父は35歳なのに祖母はずっとずっと18歳の少女の様に若々しかった。


亡くなったのもその懐中時計を貰ってから直ぐの車の事故が原因だった。

車に轢かれそうになった男の子を庇ってはねられたのだ。


まるでその事故が前もって分かっていたような祖母の死であった。


君に辿り着くための事件推理


桜井真里奈が通っていた中学は家から徒歩15分程の住宅街の一角にある中野西中学校で可愛いチェックのブレザーの制服が有名な学校であった。

しかし高校は母親の奈津の勧めもあって少し離れた東都電鉄四辻橋にある東宮女子学院付属高校に通うようになった。


セーラー服が基本だが入学卒業など特別な時以外は私服でも良いという緩い学則の私立高校で真里奈は一年生の頃は物珍しさに喜んでセーラー服を着て通っていたが二年にもなると私服へと切り替えた。


一年の夏休みが終わった二学期初めに新宿駅と文京駅の間で見かけた東都大学付属高校の男子学生に恋をしたからである。


その日から長く伸ばした髪をツインテールにして淡いピンクのリップクリームをしておめかしをすることを覚えた。


真里奈は高校二年になって一ヵ月…その男子学生に恋をしてそろそろ1年になろうかと言う5月中旬の今日も決まった席に座って文庫本を読むふりをしながら前に立った彼を時折チラリチラリと見つめた。


鼻筋の通った整った顔立ちに背筋をピンと伸ばした立ち姿が綺麗だった。


真里奈は文庫本の文章に視線を落しながら

「…何でプロダクションの人がスカウトに来ないんだろ」

すっごく美形なのに

「でもでもスカウトされてアイドルになったら…切っ掛けが永遠にこないよ」

と傍が聞くと『何言ってんだ、こいつ』と突っ込まれそうな事を考えている始末である。


もちろん、何もなければ真里奈もこんな妄想に浸ったり、1年も好きでいたり出来なかっただろう。


東都大学付属高校がある文京駅に着くとふっと彼と視線が合って笑みを交わし合った。

「じゃあ、また」

「はい、また」

と前に一度緊張し過ぎて本を落としたのを拾って貰ってから毎日こんな挨拶を交わし合うようになったのだ。


「名前も知らないのに」

とぽつりとつぶやいた瞬間に横手から声が響いた。


「私~恋を~しました~」


…。

…。


真里奈はチラリと視線を横に向けて

「麗華…」

とぷくっと頬を膨らませた。


中学時代からの親友・愛原麗華である。

通学時は何時も隣の席に座って文京駅が過ぎ去るまで息を殺して真里奈の恋の行方を見守っているのである。


真里奈は長い髪が特徴の愛らしい容貌をしているが、麗華は反対にスレンダーな美人であった。


東宮女子学院付属高校はいわゆる女子校で彼女は新入生から『愛原お姉さま』と呼ばれているのである。


麗華は真里奈を見ると

「いいじゃん、いいじゃん」

私、ちゃんとTPO弁えてるでしょ?

「真里奈の好きな山王寺君の前では言ってないじゃん」

とにっこり笑った。


真里奈は驚いて麗華をギョッと見ると

「え?どうして知ってるの??」

彼、山王寺っていうの?

「名前は??」

と乗り出すように腰を浮かして麗華を見た。


麗華は優越感に浸った表情でホッホーと笑みを浮かべると

「だって、この間のバレーの一回戦の相手が東都大学付属高校だったからよ」

とビシッと告げた。

「あそこの女バレ弱くて今まで一回戦で当たらなかったから対戦することなかったんだけど、この前の東京地区予選の一回戦が東都大学付属高校だったの」


真里奈は「おおお」と両手を組み合わせた。

麗華はにっこり笑って

「彼、けっこう美形でしょ?」

向こうでも彼のこと好きな子多くてね

「試合後に少し話をした時に出てきたの」

と告げた。


真里奈は頷きながら

「それでそれで?」

と聞いた。


麗華はフフフと笑みを深め

「名前は山王寺蓮で同学年よ」

ファンが多いからアタックする子も多いわ

と告げた。


真里奈はガーンと蒼褪めると

「やっぱし」

と呟いた。


麗華はフフフと腕を組むと

「でも、特定の子はいないみたいよ」

と告げた。


真里奈は両手を組み合わせて

「おおお、望みあり」

と走る列車の窓から射し込む光に祈りをささげた。

が、麗華はさっぱりと

「でもねー、んー、なんかバレー部の子の話では…好きな子がいるみたい」

と告げた。


うっそん。

マジか。


真里奈は目を細めてギッと麗華を見ると

「…今天国から地獄見た」

と告げた。


麗華はアハハと笑って

「ごめんごめん、でも分からないから」

本当に

と言い

「真里奈だって、真里奈だよ」

と告げ

「一年近くただ見て立ち去る時に『じゃあ、また』キラリ『はい、また』ニッコリ」

何てやってる場合じゃないと思うんだけど

「もう少し進展させなさいよ」

と背中を軽く叩いた。


真里奈は笑むと

「ありがとう、麗華」

と答えた。


親友の励ましなのだ。

頑張れと言う励ましなのだ。


麗華も笑むと

「応援してるからね」

と告げた。


2人は列車が四辻橋に着くと他の生徒たちと降り立ち、学校へと向かった。


真里奈は駅舎を出て線路に沿うように流れる川の桜並木の下を歩きながら

「私、頑張って告ってみる」

と告げた。


麗華は頷き

「よし!」

善は急げよ

「明日、私列車をずらしていくから」

明日告ること!

とビシッと告げた。


真里奈は震えながら

「ひゃぁー」

ブルブル

と言いつつ

「頑張る」

と笑顔で告げた。


初夏の空は青く澄んで眩しい太陽が地上を照らし出していた。

翌日、真里奈はツインテールにお気に入りのリボンをして、淡いピンクは同じだが少しラメの入ったリップクリームをしてお気に入りの服を着て準備を整えた。


告白は女子にとって戦いである。


準備万端にして玄関口に行き、兄の桜井舵を前に

「あ、お兄ちゃん」

今日はゆっくりだね

と告げた。


3歳上の兄の舵は頷いて

「ああ」

しっかし、お前えらいめかし込んでるな

「何かあるのか?」

と聞いた。


真里奈は目を見開いて

「ううん、何も、ナイヨ」

と答えた。


舵は「ほぉ」と声を零して

「あ、愛原が車で高砂まで送ってくれるって迎えに来るんだが序だから学校まで送ろうか?」

と告げた。


それは余計なお世話!と真里奈は心で突っ込み

「気持ちだけでいいよ」

ありがとう

と答え

「今日は列車気分なの」

と告げた。


舵は「そうか」と言い

「そういや、愛原の奴も麗華ちゃんも今日はいやに早く出掛けたって言ってたなぁ」

とボヤキ、玄関を出た。


真里奈は目を見開くと

「麗華、早すぎ」

と胸を高鳴らせて、玄関口から

「お父さん、お母さん、行ってきます」

と声をかけると大きく一歩を踏み出して家を出た。


空は相変わらず雲一つない晴天。

真里奈は車で去っていく兄と麗華の兄に手を振って駅へと向かった。


「空も私を応援してる」

ファイト!真里奈!


そう言っていつものようにJR中野駅の改札を抜けて決戦の東都電鉄新宿駅へと向かった。

中野駅から新宿駅に行き、そこで東都電鉄に乗り換えて四辻橋へと行くのだ。


文京駅はその途中にある。


新宿駅は何時も人がごった返していてこの日も多くの人が行き交っていた。

その人込みを潜り抜けながらJRと東都電鉄の連絡口を通ってホームへとたどり着いた。


真里奈は学生で溢れるホームの中で何時もの車両の前に行き、山王寺蓮の姿を探した。

そこに山王寺蓮が友人らしい男子生徒と話しながら姿を見せた。


真里奈はぐっと手を握りしめると

「頑張れ、真里奈」

と自分を励ましてホームに滑り込むように入ってきた列車をみて、山王寺蓮が男子生徒と共に入っていく後ろにさりげなく付いて車内へと入った。


真里奈は頬を染めながら彼の隣に進んだ。

それに山王寺蓮は気付くと笑みを浮かべてそっと開いている席の前からずれて無言で勧めた。


隣に立っていた学生は蓮を小突いて笑みを浮かべた。

真里奈はそれを見ると意を決して

「あの、私…」

貴方が好きです、と言いかけた。


その瞬間であった。

パンパンと何かが弾ける音が響いた。


悲鳴が響き、真里奈は一瞬何が起きたのか分からなかった。

いや、そこにいた誰もが何が起きたのか分からなったに違いない。


だが、左手から人が人を押して傾れ込み尋常でない事態が起きたことだけはわかったのだ。

真里奈は腰を浮かして顔を左に向けた。

「…なに?」


それに蓮と一緒にいた男子学生が

「ヤバそうだぞ」

山王寺

と言い右へ足を踏み出した。


蓮は頷いて真里奈の手を掴むと

「逃げよう」

と告げた。


その手前で逃げていた女性が倒れ、その向こうに銃を構えた20代前後の若い男が立っているのが見えた。


無差別殺人。

テレビでそう言う場面を見たことがある。


真里奈は目を見開いて身体を動かせなかった。

あまりに非現実的すぎて。

頭の何処かが現実を受け入れられなくなっていたのである。


だが、男は真里奈を見て銃を向けると引き金を引いた。

パンっと音が響いた瞬間に目の前が真っ黒になって身体が倒れた。


肩が痛くて怖くて…涙が溢れた。


周囲では悲鳴と雑踏の音が車内で反響して真里奈の耳の中へ入ってきては通り過ぎて何が起きたのか理解しようとする気力すら失っていた。


いや、死んだと思った。

が、身体に圧し掛かる重みが生きている事を辛うじて教えていたのである。


そして、耳元で

「好き…だよ」

ずっと見てた

と静かに響いて…真里奈は傷みのある腕を動かして彼の背中へと手を回して抱きしめた。


「好き…私も…ずっと…見てた」

直ぐ近くで再び乾いたパンっという音が響いて、悲鳴と雑踏が少しずつ遠のいていった。


車内で起きた無差別殺人事件の死者は3人。

怪我人は4人だった。


真里奈が意識を取り戻したのは文京駅の近くにある東都中央病院の病室であった。

涙にくれた母親と兄と父親が見ていた。


真里奈は不思議そうに視線を向けて

「私」

と呟いた。


母の奈津が真里奈の頬を何度も何度も撫で

「良かった…気が付いて良かったわ」

と言い

「本当に…」

と髪を優しく梳いた。


真里奈は小さく頷いて

「あの、その…さん…れ、麗華は?」

と聞いた。


それに兄の舵は笑むと

「心配して待ってる」

と病室を出ると外で待っていた愛原麗華を入れた。


麗華は泣きながら

「真里奈…気が付いたんだね」

心配したー

と手を掴んだ。


真里奈は両親を一瞥して麗華を見ると

「山王寺君…は?」

私、一緒にいたの

「撃たれたと思ったら真っ暗になって…山王寺君の声が聞こえて…」

と告げた。


それに麗華は唇を震わせて俯いた。


代わりに父親の厚が真里奈の髪を撫で

「真里奈…そうだったのか」

彼に礼を言わなければならないな

と告げた。


真里奈は父親を見ると

「お父さん?」

と呼びかけた。


厚は視線を伏せながら

「山王寺蓮君は…真里奈を守ってくれたんだ」

命を懸けて

と告げた。


真里奈は一瞬意味が分からなかった。


『好き…だよ…ずっと見てた』

「好き…私も…ずっと見てた」


まさか。

まさか。

あれが、最期?


本当ならそこから始まるんだよね?


なのに。

なのに。


真里奈は目を見開くと

「嘘…嘘!」

絶対うそ!!

「違うわ!ちがう!!」

と叫ぶと悲鳴のような泣き声を上げた。


東都電鉄で起きた無差別殺人事件で亡くなったのは山王寺蓮と川原心音と筈木一郎の三人で怪我人は真里奈を含めた4人であった。


真里奈が入院している間に山王寺蓮の葬儀は済まされ、彼女の代わりに兄の舵と父親の厚が葬儀に参列した。


ずっと晴れていた空もその日は鉛色の雲が広がり、まるで一足早く梅雨が来たように雨がしとしとと一日中降り続いた。


真里奈は退院しても部屋の中に籠りニュースの記事を見つめていた。

どれほど見ても。

他の新聞を見ても。

他の日の新聞を見ても。

彼が死んでしまったことは間違いないように書かれていた。


『好き…だよ…ずっと見てた』

『好き…私も…ずっと見てた』


真里奈は落ちていく涙を止めることが出来ず未だ降っている窓の外の雨を見つめ

「ずっと見てた」

私…ずっと見てたんだよ

と呟いた。


だけど。


真里奈は目を閉じると

「いや!」

これで終われない

「私、こんなので終われないよ」

と言うとそっと動く左腕を上げて指先を机に伸ばした。


…これはね、貴女のお爺さまと恋をする切っ掛けになったものなの…

『真里奈ちゃんがどうしても過去へ行きたくなった時に一度だけ使えるものよ』

「もしも、どうしてもという時に一度だけ過去を変えていくことが出来るわ」


…時戻りの時計…


真里奈は息を飲み込むと

「私も始めたい」

山王寺君との恋を

と言い

「一度だけしか使えない」

時が戻る時計

「おばあちゃんの冗談かもしれないけど」

信じたい

と机の中から懐中時計を取り出して抱き締めた。


だが。


真里奈は顔を上げて

「でも過去から未来には一度だけしか戻れない」

山王寺君を助けるにはこの事件を止めなければならないんだわ

と言うと今まで見ていた新聞を広げた。


そこに犯人の名前と犯行に至った経緯が書かれていた。

犯人の名前は中島絢斗と言い19歳の青年であった。


2年前に両親を押し込み強盗に殺害されて高校を中退しその後犯人は捕まらないまま1年後に警察の本部は縮小し彼は悪い仲間に入って繰り返し補導され、先を絶望して世間を恨んでの犯行であった。


真里奈はそれを見て

「2年前の事件を阻止すれば…事件は起きないかもしれない」

と呟き

「でも犯人は分からないままってなってる」

でもでも

「見つけて事前に止めることが出来れば山王寺君を救えるわ」

とふらりと立ち上がった。


懐中時計を机の中に入れると

「おばあちゃん…私も恋を始めるために頑張るわ」

もう一度恋を始めるために

と泣きながら笑みを浮かべた。


一度だけ過去へ遡っていくことが出来る時戻りの時計。

しかし。


戻ることは一度だけ

「もし壊れてしまったら…」

真里奈はその続きの言葉を知らず山王寺蓮ともう一度恋を始めるために足を踏み出したのである。


降り続いていた雨は止み、雲はゆっくりと切れ始めてそこから陽光が地上へと射し始めていた。


真里奈は腕を釣りながら部屋を出ると心配そうに台所で食事を用意していた母親を見て

「お母さん」

私、これから図書館行きたいんだけど

と告げた。


母親は驚いて

「そ、そう」

身体は大丈夫?

と聞いた。


真里奈は笑顔で頷くと

「大丈夫」

と答えた。


真里奈が笑顔を見せるのは事件以降初めてであった。

これまでの真里奈は生気を失って虚ろに部屋のベッドの上で身体を起こして座っているだけであった。


母親は安堵の息を吐き出すと

「そう、一緒に行きましょう」

と答えた。


真里奈は少し考えると

「お母さんは大丈夫?」

用事とか

と聞いた。


母親は笑むと

「大丈夫よ」

それよりも貴女の方が心配だわ

と告げた。


真里奈は首を振ると笑顔で

「私は大丈夫」

ありがとう、お母さん

と言い、母親が用意した昼食を食べると共に徒歩10分程の場所にある図書館へと向かった。


そこで新聞を調べたのである。

中島絢斗の両親が殺された強盗殺人事件の記事である。


2年前の全ての新聞のバックナンバーを昼一から調べ始めた。

2人も殺されたのだ。

大きな事件として扱われているはずである。


真里奈は左手でパラパラ捲り2年前の8月24日の東都新聞で手を止めた。

一面に写真と共に載っていたのである。

「これだわ」


真里奈はそう言って立ち上がり8月24日の他の新聞も集めて、受付にそれを持って行くとコピーを頼んだ。


母親は女性雑誌の料理本を読みながら

「2年前の新聞って…何かあったのかしら」

と首を傾げ、真里奈の側に行くとコピーを代わりに受け取った。


真里奈の右腕は肩を撃たれて動かない状態だったのである。


真里奈は母親に

「お母さん、ごめんね」

ありがとう

と言い

「お母さんはもういいの?」

と聞いた。


それは料理本の続きは良いの?と言う意味である。


母親は笑むと

「大丈夫よ」

と答え

「それより、真里奈は?」

いいの?

と返した。


真里奈は頷くと

「うん」

と答えた。


そして、家に帰ると自室で新聞を広げて読み始めた。

この事件を解いて犯人を見つけて過去へ戻って犯行を事前に止めれば良いのだと思ったのだ。


そうすれば…そうすれば。


真里奈は微笑み

「山王寺君と出会える」

見ているだけじゃなくて

「恋を始められるわ」

と呟いた。


事件の記事はどれもよく似ていたがかなり詳しく書かれていた。

犯行時間は2年前の8月23日の午後3時頃であった。


場所は南麻布の一角。

家にいたのは中島絢斗の父親の中島新39歳と母親の中島久美37歳で押し入った犯人に殺されたという事であった。

当時、中島絢斗は17歳で夏休みを利用して友人と旅行に出かけていて難を逃れたのである。


真里奈は丁寧に書かれた家の構内図や遺体の発見場所と状況を見ながら

「倒れていたのは妻の久美さんが洗面所で、それで夫の新さんが…台所」

んー、そうなんだ

と呟いた。


彼女は悩みながら

「何かおかしいけど…もっと詳しく分からないかな」

と顔を顰めた。


恐らく事件なので詳しい情報は警察の方にあるだろう。

真里奈はハッとすると文庫本を手に

「そうね、このパーフェクトクライムの資料集でも書いているもの」

と頷いた。

「秋月先生は恋愛モノが多いけど…推理モノも書いているから」

それを参考にすれば良いわ


…。

…。


傍が聞けば本当にそれで良いのか?と突っ込みそうなところだが、実際には突っ込む人がいなかったので、真里奈は立ち上がると部屋を出て階段を降りた。


時刻は午後3時前。

太陽は少し西に傾いている。


徐々に日は長くなっているが、それでも5月中旬だと夏真っただ中の7月などと比べれば日入りの時刻は早い。


真里奈が住んでいる中野駅から警視庁のある東京メトロの桜田門までは片道40分くらい掛かるがまだ大丈夫だろう。


中野駅からJRに乗って市ヶ谷駅へ。

と、真里奈は勢いよく玄関口まで行ったものの、列車に乗る自分を想像した瞬間に目の前に銃口を向けた中野絢斗の姿が…あの時の情景が鮮明に浮かんだ。


あんな事件が頻繁に起きるとは思わない。

だけど…足が震えてきて一歩が踏み出せなくなったのだ。


真里奈は懸命に

「あの事件を起こらなくするためよ」

あの事件を消すためなんだから

「が、頑張れ、真里奈」

と呟きつつ、震えて前に進まない足に小さく息を吐き出すとスルスルとその場に座り込んだ。


玄関の扉があんなに近いのに。

図書館に行くのは平気だったのに。


真里奈が玄関で座っていると母親の奈津が台所から姿を見せ

「真里奈、気分が悪いの?」

と心配そうに顔を覗き込んだ。


真里奈は首を振ると顔を伏せて

「別に、何もない」

と呟いた。


奈津は優しく真里奈の左肩を撫でて

「ねえ、ケーキ食べましょうか?」

舵とお父さんには内緒

と微笑みかけた。


真里奈は母の顔を見て

「…電車に乗るのが怖いって…私、変になったのかも」

と呟いた。

「あんなこと、起こらないって分かっているのに」

足が震えるの

「目の前にあの時の光景が浮かんで」

大丈夫だって思う自分と

「もしもって思う自分が」


奈津はそっと抱き締めると

「おかしくないわ」

全然おかしくないわ

と囁くように言い

「乗りたくなければ乗らなくて良いの」

乗れるようになったら乗れば良いのよ

と告げた。


真里奈は目を閉じると

「ん…ごめんなさい」

ごめん

「本当にごめんなさい」

と呟いた。


奈津は真里奈を立たせると

「なに謝ってるの」

謝る必要なんてないわよ

と微笑んで

「さ、ケーキ食べましょう」

と台所へと誘った。


真里奈はケーキを食べながら

「ドラマや小説では刑事さんと接触して情報を聞きだしたりするんだよね」

でも私、刑事さんに知り合いいないし

「警視庁へ行って頼めば見せてもらえるかもと思ったけど…列車に乗るのが怖いって」

と前のめりに倒れかけて溜息を零した。


右肩の傷が癒えるのに3週間ほどかかる。

ただ今までのように右手や右腕を自由には動かせないと医者に言われた。


なので、入院中に左手で文字を書く練習をしたり、いわゆるリハビリのような事をしたので字は汚くはなったが生活には困らない状態にはなっている。


真里奈は心の中で

「今はパソコンやモバがあるから救われてるよね」

と呟いた。

「でも事件調書は一般家庭のパソコンで見るなんてできないし」

どうしよう

「過去へ行く前に事件の犯人を見つけないと起きてしまったら意味がない」


そう言う事であった。


『好きだった』

『ずっと見てた』


自分もずっと見てた。

一年間列車の中で彼を見てた。


真里奈は「やっぱり頑張らないと」とパクリとケーキのイチゴを口に運んだ。

その時、母親の奈津が

「真里奈」

と呼びかけると

「その…貴女さえ良ければなんだけど」

東宮女子学院付属高校を辞めて

「お父さんの田舎の高校へ編入するってどうかしら?」

と告げた。


真里奈は目を見開くと

「え?」

と驚いた。


奈津は微笑んで

「ほら、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが亡くなってから夏休みとかには行くけど、空き家状態でしょ?」

少し手を入れて引っ越すことできるわ

と告げた。

「お父さんと舵は仕事があるから」

真里奈と私が先に引っ越して

「お父さんには転勤願いを出してもらう感じで」


それは自分のことを考えてくれた母の一つの答えなのだ。

真里奈は首を振ると

「ううん、大丈夫」

私、ここで頑張る

「ごめんね、お母さん」

ありがとう

とにこっと笑みを作った。

「でも、ダメだったら…その時は…田舎に逃げてもいい?」


奈津は優しく笑むと

「もちろんよ」

無理はしないこと

「それに田舎に行くことは逃げてるってわけじゃないわ」

心を守ってるの

「大切なことよ」

と告げた。


真里奈は頷いて

「ありがとう、お母さん」

と答えた。


その時、突然電話が鳴り響いた。

それぞれ携帯は持っているが、ファックス付きの固定電話も台所にはある。

その電話が鳴ったのである。


奈津は立ち上がると受話器を上げて

「もしもし」

と答えた。


電話の主は筈木一郎の父親で樹と言う男性であった。

「その今回の事件の被害者の会を発足させようと思いご連絡をしたのですがお嬢さんお怪我の方は如何でしょうか?」


奈津は困ったように顔を顰め

「娘は…その心が癒えていないので…そういうお話は…まだ…」

と言いかけた。


樹はそれに

「その、お気持ちは重々」

ただ…今宜しければテレビを見ていただけますでしょうか?

と告げた。


真里奈は奈津が首を傾げながら受話器を置いてテレビのリモコンを手にスイッチを入れるのを見た。


午後4時から始まる夕刻のニュースが流れていた。

そこに『東都電鉄の加害者は2年前の南麻布夫婦強盗殺人事件の被害者だった!19歳の苦悩と悲劇』と文字が大々的に映し出され2年前に両親を殺された青年の悲痛な人生をドキュメンタリー風に流していたのである。


そして、犯罪被害者に救いの手を伸べない政治の在り方や警察の在り方を問うようにキャスターが叫び、”犯罪被害者中島絢斗さんを救う会”という人権団体が情状を酌量して刑を軽減するように訴えていたのである。


真里奈は目を見開くと涙をポロポロと流した。


何故?

中島絢斗の事件と山王寺君と自分が何か関係があるの?

彼が可哀想だから。

彼も被害者だから。

私たちこんな目に遭っても良いって言ってるの?


真里奈は唇を噛みしめると

「酷い」

と呟いた。


奈津は慌ててテレビを消し筈木樹に

「すみません」

ごめんなさい

と言うと通話を切った。


そして、引き寄せると

「…真里奈」

と唇を噛みしめて強く強く抱きしめた。


事件から漸く少し笑みが戻ったのだ。

なのに。


真里奈は母親の腕の中で大きく息を吸い込み吐き出すと

「私…負けない」

と呟き

「おかあさん、誰からだったの?」

あの人たちから?

と聞いた。


それに母親は首を振ると

「被害者の会を立ち上げたいって…筈木樹さんって方」

亡くなった方に筈木一郎さんて方がいたから恐らくお身内の方だと思うわ

「もしかしたらお父様かも知れないわ」

と告げた。


真里奈は息を吸い込むと

「私、心を決めたわ」

と奈津に告げた。

「今までただただ彼を救えば…事件が起きないと思ってたけど」

それだけじゃダメだって

「山王寺君、私を好きだって…ずっと見てたって…最後に言ってくれた」

私も見てた

「ずっと好きだった」

あれが最後なんて…あれで終わりなんて…私には出来ない


それに奈津は初めて真里奈の気持ちを理解したのである。

娘は何時の間にか恋をして…それも全てあの事件で失っていたのだと理解したのである。


真里奈は真っ直ぐ前を見つめ

「私…ここでの蹴りをつけてから救いに行くわ」

と告げた。


奈津は戸惑いつつも

「真里奈」

と名前を呼ぶことしかできなかったのである。


娘が今なにを考えているか分からなかったのだ。


翌日、真里奈は止める母親に笑顔で

「大丈夫」

私、負けないから

と言うと家を出て中野駅へ行くと震えながらも列車に乗り市ヶ谷駅で乗り換えて東京メトロで桜田門へと向かった。


途中で何度か下車をしたもののそれでも辿り着くと息を飲み込んで足を進めた。

プラカードを持って立っている人々と報道陣を横目に真里奈は警視庁へと足を向けて自動ドアの前に立った。


その時、ちょうど出ようとしていた男性が真里奈を見ると目を見開いた。

「君は」


真里奈の知らない男性であった。

真里奈は顔を向けると

「え?」

と声を零した。


男性は彼女が右肩にギプスをして腕を吊っているのを見ると

「桜井…真里奈」

と呟いた。


真里奈は不思議そうに

「はい」

と答えた。

「あの、貴方は?」


男性は慌てて

「あ、申し訳ない」

と答え、警察手帳を見せると

「俺は川原仁…その…警視庁捜査一課の刑事で…君が遭遇した無差別殺人で姉を失った男でもある」

と苦く笑んで告げた。

「もしかして事件の捜査状況かい?」


真里奈は首を振ると

「いえ」

と答え

「一つは2年前の中島夫妻の事件の詳細を聞きに」

もう一つは彼と直に話しをしたくて

と告げた。

「私、この事件を無くすことだけ考えてました」

でもそれだけじゃダメだって気付いたんです


仁は不思議そうに真里奈を見たものの

「今回の事件についての捜査状況なら話せるが2年前の事件はダメだ」

と告げた。

「それから加害者に対して思いを伝えられるのは裁判の場だけだ」


真里奈は唇を噛みしめると

「…そうなんですね」

と呟いた。


その時、後ろでプラカードを持っていた、”犯罪被害者中島絢斗さんを救う会”という人権団体の男性の一人が

「2年前に両親を失った彼を社会は救わなかった」

国にも警察にも責任がある!

と叫び

「お二人もそう思われませんか?」

と呼びかけた。


真里奈はすぅと息を吸い込み振り向くと

「では、彼に好きな人を殺され、この右腕が動かなくなった私が」

何の関係もないですけど貴方の大切なご家族や愛する人を同じ目に合わせに行ってもいいですね

「貴方はそうした私の為にそのプラカードを持って助命嘆願をしてくれますね!」

私、被害者ですから!

「貴方がたがしている仕打ちに心が壊れそうですから!」

と叫んだ。

「罪は罪です!」

彼が被害者で可哀想なら全く見ず知らずの人間を殺すことが許されるのですか?

「私も被害者です」

そこで助命嘆願を言っている方の家を一軒一軒訪ねて私が彼から受けた仕打ちを皆さんの家族にします

「皆さんはきっと私の為に助命嘆願をしてくれますね!」


仁だけでなく全員が一瞬驚いて17歳の真里奈を凝視した。


真里奈は目を潤ませながらも冷静に

「中島絢斗さん、私は彼を許しません」

彼がしたことを絶対に永遠に許しません

「彼を絶対に許さない人間がここにいることを忘れないでください」

と言い切った。


仁は慌てて彼女の肩を抱くように警視庁の中へと引き入れた。

警視庁のロビーでもざわめきが起こり、2人を見ていた。


仁は真里奈を警視庁の中の応接室へ連れて行くと深く息を吐き出し

「まったく」

と言うと

「どうせ中島絢斗の弁護士が有利に進めるためにやっているんだろうと思うが」

と心で呟き、静かに笑みを浮かべると

「…それでも、俺の心は少しだけ救われたな」

桜井さん、君は凄いな

と告げた。


真里奈は首を振ると

「いえ、私は彼を許さないです」

でも救おうと思います

「彼の為だけでなくそれが私たちを救う事にもなると思うので」

と告げた。

「そのために2年前の捜査資料が必要なんです」


仁は腕を組むと

「詳しく話貰いたい」

俺も大切な姉を失った

「両親を失ってから俺を懸命に育ててくれた姉だ」

俺は奴を許せない

「君と違って救いたいとも思わないが…だが君はどうやって救おうと思っているのか知りたいと思う」

と告げた。


真里奈は祖母が言って時戻りの時計の話をして

「でも、過去へ行っても犯人が分からないままでは意味がないんです」

私、少し引っ掛かることがあって

「それで」

と告げた。


仁は呆れたように真里奈を見た。

「そんなおとぎ話を君は」


もっと現実的な心を救うために事件を解こうとしているのか思っていたのである。

俗に言う罪を憎んで人を憎まずの実践家と思ったのである。


だが、違ったようである。


真里奈は胸元から写真を出して

「これが祖父です」

そしてこれが父

「これが話を教えてくれた祖母です」

と告げた。


仁は驚いて写真を見つめた。

「ま、さか」


そこに年老いた男性と中年男性と少女が写っていたのである。


真里奈は頷くと

「祖母は私の記憶にある間ずっと少女でした」

亡くなっても

と告げた。


仁はムムムと声を零したが

「眉唾のおとぎ話だと思うが」

と言い

「だが確かに2年前の事件が今回の事件の根っこにあることに間違いはない」

俺は奴を救うつもりはないが

「姉を救う蜘蛛の糸にすがりたい気持ちはある」

と告げた。

「その時戻り」

俺も一緒なら手を貸す


真里奈は頷いて

「はい」

と答えた。


仁は彼女を見て

「それで、何が引っ掛かっているんだ?」

と聞いた。


真里奈はそれに

「ご夫婦の亡くなった場所です」

と告げた。


仁は首をかしげて

「…あーそうだ」

連絡を取れないか?

「資料を用意するのに時間が欲しいし、こんな場所で見せたら」

懲戒免職をくらう

と告げた。


真里奈は笑むと携帯を出して

「友達登録はどうですか?」

バーコード出します

とLINEのコードを出した。


仁はそれを読み込み、登録を行った。

そして、地下の駐車場へ連れて行くと車で真里奈を家まで送った。


家には奈津が心配そうに待っており到着すると飛び出してきたのである。

「真里奈」


真里奈は仁に礼を言って車から降りて

「お母さん、心配かけてごめんなさい」

と告げた。


その日の夜のニュースから東都電鉄無差別殺人事件の内容は殆ど流れることが無くなり、代わりにアイドルやキャスターの不倫などの話がテレビを賑わせた。

きっとそういうモノなのだろう。


真里奈は兄の舵と父の厚が帰ると笑顔で出迎えて家族で食事をとった。

夜にはいつものように麗華からLINE通話が入り他愛無い話をして会話を終えると眠りについた。


親友の麗華は真里奈を心配して連絡を入れてきてくれているのである。

そのことに真里奈は心が救われていた。

持つべきものは正に心の友であった。


翌日、仁からLINEがあり、真里奈は母親の奈津に言って家を出るとカラオケボックスで落ち合って資料を手にした。


仁は捜査資料のコピーをテーブルの上に広げて

「取り敢えず事件の捜査状況から話をする」

と告げた。

「それと、確かに言われてみればそれぞれ襲われた場所に疑問はある」


真里奈はう~んと唸りながら

「私、何となくだから」

やっぱりそうなんですか?

と告げた。


…。

…。


仁は目を細めて

「いや、ここでそれは」

裏切りに近いだろ

と心で言いつつ

「とにかく説明する」

と告げて

「先ず現状だが家の鍵を抉じ開けた跡もガラスを割った跡もないし玄関口で争った形跡もなくて警察としては顔見知りの犯行として知人などを調べたがアリバイが全員にあって行き詰っているという状況だ」

犯人だと思われる不明の指紋が二つでてきたが誰の指紋とも合わなかった

「勿論、前科者にもなかった」

と告げた。


真里奈は目を見開いて

「そうなんですね」

と告げた。

「私はそう言うの全然分からないんですけど」

ただ洗面所っていうのが小説でもあまりないし

「ドラマや小説だと襲われた時は大抵部屋」

偶に逃げて廊下とかあったけど


仁は息を吐き出して

「あー、小説はもう良い」

それは良くわかった

と言い

「確かにドラマや小説はそうだ」

ハハハと乾いた笑いを零した。


真剣に考えて損した。

そう心で突っ込んだ。


だが、確かに遺体の見つかった場所についてはそう言う声もあった。

夫は台所と別々なのだ。


多くの場合は確かに部屋や台所、玄関口が多い。

または風呂だ。


仁は資料の台所の写真を見つつ

「夫が台所と言うのはおかしくはなかった」

と告げた。

「机の上に零れたお茶の入っていたコップが倒れていて異常に気付いた夫が向かいかけて犯人が台所で夫を見つけて殺したという形だろうという話で落ち着いてはいる」

妻の方は確かに場所がな


真里奈は「そう言う時ってそこでないといけない理由があるって書いてました」と告げた。


仁は苦笑して

「小説ではな」

と言い

「洗面所か」

そう言えば

と資料をパラパラと見た。

「洗面所と言えば一ヵ月ほど前に水回りの工事をしているという話があったな」


真里奈は周辺の聞き込みの報告書を見ながら

「これですね」

と指をさした。


仁は目を見開くと

「まさか」

いや

「だが…」

と呟き、立ち上がると資料を見て

「確認をとるか」

と告げた。


真里奈は目を見開くと

「え?」

と仁を見た。


仁は笑むと

「良いヒントを貰った」

と告げて

「家に送って行こう連絡を待っていてくれ」

と告げた。


真里奈は頷いて

「よくわかりませんが、はい」

と答えた。


仁は真里奈を送るとその足でその話をしていた2年前に中島家のあった住宅街の隣の家へと向かった。


そして、その時の話を聞くと水回りの工事は江戸川にある『三清工事株式会社』と言うところだという話であった。

隣の家の女性は思い出しながら

「そうね、確か」

洗面化粧台を変えたと言っていたわ

と告げた。

「洗面台の水受けのところが割れてしまったからって言っていたわね」


仁はそれをメモに取り

「ありがとうございます」

と答え、三清工事株式会社へと向かった。


そうなのだ。

洗面台の工事を行った会社の作業員が一か月ほどして状況を確認しに来た時もやはり抵抗なく家にいれるだろう。


その確認が偽物であってもだ。

そうすれば全てが一本につながる。


仁は三清工事株式会社に着くと2年前の中島家の工事の担当やその話を聞いた。

担当をしたのは瑞浪修吾と言う男性であった。

勤務表で確認すると彼は7月24日に中島宅へと言っていた。

しかし、彼は8月23日の事件の日に他の住宅に工事をしに行っていたのである。


仁は勤務表を見て息を吐き出し

「違ったか」

と呟いた。

が、勤務表を指差し

「申し訳ないが、この林小次郎と井上旭という従業員が8月24日のこの日から辞めたようだが」

と聞いた。


瑞浪はそれを見て

「ああ、この二人ですね」

もう急に来なくなって

「大変だったんですよ」

と告げた。


仁は少し考えて

「その、この2人とは良く会話を?」

と聞いた。


瑞浪は考えながら

「まあ、同じ職場でしたし色々話をしましたよ」

と答えた。


仁は更に

「もしかして、中島家の話とかもされたとか?」

と聞いた。


瑞浪は罰が悪そうに

「あ、まあ」

高級住宅街にあったし書斎に金庫があって凄いと思ったので

「そんなことは…確かに」

でも凄い金持ち―って感じの話だけでしたよ

と答えた。


仁は話を手帳に書いて勤務表と履歴書を回収すると警視庁へと戻り、科捜研に頼んで指紋採取を行った。


そして、2年前の事件で採取されたが不明だった指紋と照合したのである。

それが井上旭の履歴書についていた指紋と一致したのである。


その履歴書に付いていた他の指紋は林小次郎の履歴書からも出てきたので唯一違っていたそれぞれの履歴書の指紋は恐らく本人たちのモノで井上旭の指紋だろうと判断された。


仁は履歴書のコピーを手に写真を見つめた。

「この2人が…今回の事件の引き金を作ったという事か」


仁はその報告書を担当刑事に渡した。

井上旭と小林小次郎の行方は直ぐに分かり、2人は一週間もしない内に逮捕されそれぞれ自供したのである。


真里奈はLINEで仁から聞き時戻りの時計を机から取り出したのである。

「これで、事件を止められる」

2年前に戻って井上旭と林小次郎を止めれば


彼女がそれをLINEで仁に送ると仁から

『俺も一緒に遡る。君一人では止めるのは難しいだろ?』

『それに本当に遡れるか、眉唾か確認したいからな』

と返事があった。


確かに右腕は利かないし、力もない。

真里奈は『分かりました』と返事をした。


翌日、晴れ渡った快晴の初夏。

5月も下旬になりあと一か月もしない間に梅雨が来るだろう季節。


真里奈は朝食を終えると食事をしていた母親の奈津と兄の舵と父親の厚を見て

「お母さん、お父さん、それからお兄ちゃん」

ありがとう

「私、頑張ってくる」

だから待ってて

と告げた。


それに三人は箸を止めると心配そうに真里奈を見た。

真里奈は笑顔で

「あー、心配しないで」

ちょっと図書館に行ってくるだけだから

と立ち上がると茶碗をシンクに置いて二階の自室に上がると鞄を肩にかけて奈津が付いて行こうかと言う前に

「じゃあ行ってきます」

と手を振って家を出た。


本当は。

本当は。

過去へ行くのだ。


彼女は心配そうに見送る三人を目に焼き付けて道路を歩き、少しして止った車に乗り込んだ。


川原仁は真里奈を見ると

「どこへ行けばいいんだ?」

と聞いた。


真里奈は彼を見ると

「私もよくわからないけど」

取り敢えず中島家の近くが良いと思います

と言い

「使ったことないし」

とぼやいた。


仁は肩を竦め

「やっぱりおとぎ話だな」

と言い

「だが、ここ数日間は心が少し浮上してたな」

それが救いだな

と呟いた。


真里奈は中島家の近くで車が止まると鞄から時計を取り出し両手に包んで

「2年前の8月23日の午後3時頃だから」

と呟いた。


仁は慌てて

「あ、犯行を止めるにも時間が必要だから」

そうだ7月23日にしてくれ

と指摘した。


真里奈は頷いて懐中時計の三つの時計を合わせた。

左下の時計は月。

右下の時計は日。

真ん中の上は年。

それをそれぞれ回して合わせたのである。


真里奈はそれを抱き締め

「時戻りの時計よ」

示した時へと誘え

と祈りをささげた。


『好きだった…ずっと見てた』

私もだよ。

ずっと見てたよ。


「今度はちゃんと恋を始めようね…山王寺君」


…そして、車ごと2年前の7月23日へと時を遡ったのである…

最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  うまく戻って、 大元を止められますように(人ω<`;) 応援(*ノ´O`*)ノ☆☆☆☆☆!☆!
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