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工房での揉め事

 大陸の中央部から南。王国の属領である南部地域には、行商で栄えた街がある。


 大陸各地から、この地を目指して遠路はるばる訪れる行商人が後を絶たない。ここは大陸の中でもひと際物流が盛んで、街は活気に溢れていた。

 通りを歩けば至る所に屋台が並び、ここを訪れた観光客、旅人を相手に精魂たくましく商売に励む。

 中には魔術の触媒や魔力の宿った書物、俗にいう魔導書などといった珍しい品を販売している店もあり、買い付けのためにわざわざ王都から足を運ぶ貴族も後を絶たない。

 

 ギルドと呼ばれる、所謂なんでも屋の本部があり、街行く人々を相手に護衛の仕事を請けたり、近隣の街道に出没する魔獣を定期的に討伐し、行商人を始めとした、そこを通る者たちの行き来を円滑にするために活動している。

 むろん街中で起きたトラブルの解決、事件などといった事態への対処を依頼されることも多い。

 

 そして、各地から物が入ってくるということは、それすなわち……この町は錬金術も盛んというわけである。


「おいおい嬢ちゃん……さすがにこれは安すぎじゃねぇか?」


 街の一角にひっそりと佇む一軒の錬金工房。その中では現在進行形で、従業員と素材を売りに来た客とで揉めていた。


「申し訳ありません。ですがこちらの素材はどれも処理が甘く、錬金術で使うにはいささか質が低すぎます。それでも、せっかくお持ちいただいた手間も考慮し、これでも色をお付けしているくらいです」


 黒髪を三つ編みでまとめた女性。その口調は丁寧ながら、掛ける言葉は随分と手厳しい。


「あまり言いたくはありませんが、きちんと保存して持ち込んでるんか? 薬草も木の実も、ほとんど傷んでますし……動物の素材も、かなり劣化が見られるようですが?」

「っ……あのなぁ嬢ちゃん。俺はこれでもだいぶ苦労してコイツらをかき集めたんだぜ? 確かにちょいとダメになっちまってるもんもあるが、だからってこの金額はねぇだろ」


 男は街のギルドに所属する冒険者だった。最近は魔獣の出現頻度も下がり、護衛を始めとした討伐依頼も、ギルド内で取り合いとなっている。街の住民からの依頼も、そのほとんどが安く実入りの悪いものがほとんど……結果、冒険者の中には、近隣の森で摂れる植物や動物の素材を売買して生計を立てる者も少なくなかった……ちょうど今の男のように。


「こっちだって生活がかかってんだよ。だからよぉ、もうちょいそこを考慮してくれても」

「……すでにこっちで出せる最大限の誠意は見せてます。他の工房なら、これを出した時点であなた叩きだされてるわよ」


 なおも食い下がる男に、女性はいよいよ言葉遣いまでも素に戻り始める。

 すでに同じようなやりとりを何度繰り返したかわからない。いい加減、うんざりしてきた。


「生活に困ってるのはお互い様。自分だけが特別不幸みたいな顔して……そこまで言うならもっと素材の管理とか処理方法とか調べて、きちんとした状態のものを持ってきてくださいよ……これじゃ、素材たちが可哀そう」

「っ……てめ、言わせておけば好き放題ぬかしやがって~~」


 少女の態度に、男の眉間に深いしわが寄る。


「ふざけんな! こちとらまともに仕事もなくて明日の食い扶持もまともにねぇんだぞ!」

「それはあなたの自業自得じゃない。冒険者なんて、安定しない職業を選んだのはあなたでしょ」

「このっ、あんま調子に乗るなよ小娘!」

「きゃあ!?」


 なんと、男は腰に掃いた剣を抜いたのだ。刃先も欠け、刃こぼれがひどく錆びだらけ。一目でなまくらだとわかる。だが、それでも少女の首に傷をつけるくらいならわけない……むしろ、こんな物で傷をつけられたら、普通の刃物で切られるより危険だ。


「あ、あなたっ、こんなことしてどうなるかわかってるの!? 衛兵に訴えるわよ! ギルドにも話してあなたを除名処分にしてもらうことだって」

「やりたきゃやれよ。ただし、こっから無事に出られたらの話だけどな」

「ひっ……」


 如何に気丈に振る舞おうと所詮は少女。これまでずっと荒事で生計を立てていた相手が本気なれば命はない。

 しかも、よりによって魔術の触媒は店の奥……盗難を恐れて一つも手元に残しておかなかったのが悔やまれる。

 

 ……走って店の奥に……ダメ、背中からやられるだけ。


 背を見せた瞬間、男に切られる。


「チッ……大人しくこっちの言い値を出してりゃ穏便に済んだってのに。バカな女だ。おら、死にたくなかったら工房の有り金、それと金になりそうな商品もんを全部出せ」

「……いやよ。誰があなたなんかに、私の大切な子供たちをあげるもんですか」

「ああ? お前いまの状況分かってんのか!? あんまし舐めた口きいてっとぶっ殺すぞ!」

「きゃあっ!?」


 男はだいぶ興奮しているのか、剣を振り回して工房の中の物を壊し始めた。


「や、やめて!」

「うっせぇ! ああもうめんどくせぇ……どうせ仕事もまともに回ってこねえんだ。このまま飢え死ぬくらいなら、いっそここで」


 男の目に妖しい光が宿る。いよいよ身に危険を感じた少女は、


「だ、誰か! 助けて!」


 工房の外に助けを求めた。


「はっ。バカかお前。ここは表の通りからもはずれてる。お前の声なんざ、誰にも」

「――抵抗できない女の子相手に剣を振り回す、ってのは、関心できないな」

「あぁっ!?」

「え?」


 店の中に声がしたかと思ったら、そこには被り物(フード)で顔の半分を隠した男が立っていた。それと、彼の後ろからひょっこりと顔を出す、赤い髪のショウジョがひとり。


 ……わぁ、すごい可愛い。


 思わず、暴れる男のことも忘れてしまうほどに、工房の女性はそのショウジョの愛くるしさに目を奪われた。


「んだお前!」

「ちょっとこの工房に用があったんだが、近くまできたら随分と穏やかじゃない声が聞こえたもんでな」


 被り物の隙間から見える口元は、こんな状況だというのに笑みの語りを崩さない。よほど腕に自信があるのか、それともただのはったりか。


「大の男が、女性相手にみっともない……って、俺が言えたことじゃねぇか」

「ああん!? なにぶつくさ抜かしてんだおい! んなガキ連れまわして、いいご身分だなぁおん?」


 もはや言ってることが支離滅裂。ただ感情に任せて口走る男に……しかし動いたのは赤い髪のショウジョであった。


「ちょっと、あんた」

「あ? んだクソチビ、てめぇ今なんつった」

「私、ガキじゃない!!」

「はっ――っ!?」


 すると、ショウジョは飛び上がり、あろうことか華麗な身のこなしで男の首に強烈な蹴りを叩きこんだのだ。

 男は声を上げる間もなく、そのままの勢いで工房の扉をぶち破り、外へと放り出された。


「あちゃ~」

「ふんっ! 失礼な人間!」


 被り物をした男は、今しがたの惨状に天井を仰ぎ、ショウジョは可愛らしくも怒りを露わにしている。


「あの……助けていただいてなんですけど……私の工房、壊さないでもらえます?」

「いや……すまん」


 彼女の冷静な言葉に、男は申し訳なさそうに頭を下げた。

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