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世界の始まり、そして終わり

 世界は魔力に溢れている。だがその源泉を知る人間はいない。少なくとも、今はまだ……


 ――かつて、まだ世界に理すらなかった時代。生と死も、時すらなかった遥かないにしえ。ただ虚無ばかりが漂う、ナニモノでもないソコに生じた、極々小さな異常。


『世界樹』


 天地の主、開闢の祖、世界の母、大いなる樹。

 それは、魔力を生む大樹であった。樹の発生は理を生んだ。始まりと終わりは時の流れとなり、命という概念へと昇華した。


 魔力は無形の宙で、空と大地となった――

 いつしか空には雲が、地上には水が――

 やがて水に溶けた魔力は――一柱の神を産み出した。


 神は大樹と共に、世界の創造神となった。

 無尽蔵の魔力。世界樹から供給される力は、地表に、水底に、命を創造した。

 世界樹を模した緑は大気を、空気からは知性ある有機生命を――


 これが世界の始まり。

 

 あらゆる概念は世界樹に収束し、いまも魔力を世界中に循環させている。


「――じゃが、世界樹は永い時の中で、少しづつ魔力の生成量が減ってきておる……そこにきて、人間たちは己の文明発展のため、多くの魔術を行使した。魔力の消費量は、いつしか大樹の供給を超えた……」


 循環は機能しなくなり、世界は人間の手により、終わりへと向かう時を加速させてしまった。

 アレスが目覚めた廃墟。三人はそこに集まり、デミウルゴスはこの世界の創世記につてい語り始めた。


「故に、我は世界創造に関わった者として、人間の絶滅を実行した。それが、今から数千年前から始まった、我らの戦いだ」

「……つまり、お前の目的は」

「世界の救済」


 こともなげに、デミウルゴスは語る。

 世界という基準の中では、人間などという種の存続など取るに足らず、むしろ害悪となるなら駆除するだけ。

 まるで、農夫が畑を食い荒らす害虫を処理するように……


「我にとって世界こそ全て。地表の命がどれほど焼き尽くされようが、絶滅しようが、また新たに創造うみだすだけのこと」

「……そうか」


 きっと、彼女と自分とでは、あまりにも価値基準が違い過ぎるのだ。

 アレスにとっての世界とは、ひとの社会という限られた括りでしかない。


「じゃが、それはもう叶わぬ……そなたとの戦いで、我も痛手を被った」


 そういって、デミウルゴスは自身の胸元をアレスに晒した……そこにできた歪で大きな傷跡。カノジョはそれをそっと撫で、小さく息を吐いた。


「神がそなたによって敗北したことで、格が傷付き、存在が落ちた……もはや、世界に新たな命を創造するだけの力はない……世界樹との繋がりも、途切れてしまったからのう……」

「……俺は」

「やめよ。我が世界の終わりに抗ったように、命とはそういうもの。生きようと、生に手を伸ばすのは当然の本能じゃ。故に、我はそなたを責める気はない」

「だが……お前の話が本当なら、俺のせいで世界の終わりが決定的になった……そういうことだろ」

「……いずれこの世界は終わる。たとえ我が永遠を望んでも、いつかはそうなるのじゃ……ただ、それが早まっただけのこと」


 デミウルゴスは冷静に、少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。


「世界にどれほどの時間が残れされいるのかは、我にもわからぬ……じゃが、そなたが守り通した者たちが、天寿を全うできるだけの猶予はある。故に、そなたは誇ればいいのじゃよ」

「……ああ」


 素直にカノジョの言葉を受け止めるには、自分という存在は小さすぎた。だが、仮にカノジョの真意を事前に知ったとて、アレスはきっと行動を変えることはなかっただろう。


「それでよい。言ったじゃろ? 命とは生きようと足掻くものじゃ。そこに罪はない……そう、罪はないのじゃよ、生まれたことに、なんの咎があろう」


 デミウルゴスは瞑目。寄り添うように、赤髪のショウジョが「デミウルゴスさま」とカノジョを労わる。


「我は、それを見誤った。ただ世界の秩序のため、そこにある命を終わらせることしか考えなかった……あるいは、この話をしてやればよかったのかもしれんのにのう……」


 アレスはなにも言えなかった。仮に、デミウルゴスが真摯に人間たちに世界の終わりにつてい語ったところで、それを信用する者が、果たしてどれだけいただろう……カノジョの話を信じるということは、今の魔術に頼り切った生活の全てを捨てるということ。

 

 そんな選択が容易にとれるほど、ひとにとって魔術は軽くない。


「過ぎたことじゃ。たとえ我でも、時の逆行は不可能……なれば、より建設的な話をしようか」


 デミウルゴスは寄り添うショウジョの頭を撫でながら、どこからともなく、手の中にひとつの小さな結晶を生じさせた。


「魔術による世界の魔力不足……それは遠くない未来、確実に起こること。じゃが」


 手の中で浮き上がるそれは、青い燐光を帯びながら明滅している。


「希望がないわけでもない」

「デミウルゴス、それは?」

「これは、世界樹の樹から生じた種子……じゃが、これはここにあるようでここにはない。いわば、多次元へと繋がる門のようなものでもある」


 この世界は多層次元によって構成され、世界樹は次元をまたぎ、枝葉を介して魔力を供給している。


「この種子は、世界の礎たる世界樹と同じように、微量ながらも魔力を発している……つまりこの種子が発芽すれば、今の世界樹に代わり、新たなる世界の基盤が生まれることになる」

「なら、それを育てれば」

「世界を延命させるくらいはできるじゃろう……じゃが、正直に申せば、あまり現実的とは言い難い」


 なにせ、世界の創成に関わるほどの莫大な魔力の塊。その種子を発芽させるとばれば、それこそどれだけの魔力が必要になるか……


「この場にいる我らが、どれだけ魔力を注いだところで、きっとこの種子は芽吹くまい」


 そう言って、デミウルゴスは種子をそっと消した。


「まぁ、あるいはいつかひょっこりと妙案が浮かぶやもしれん……さぁ、暗い話はここまでにしておこう。それよりも、」


 デミウルゴスは表情を変えると、どこか神らしからぬ、悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。


「我らのこれからについて、話をしようではないか」

 

 ◆

 

「まず、そなたが気になっているであろう疑問を解消していこう。なぜ、死んだはずのそなたが今も生きているのか」

「ああ。てっきり、俺はあの場で死んだと思っていたんだが」

「間違ってはおらぬ。現に、そなたは一度死んでいる」


 そうだ。自分は確かに死んだはず。


「じゃが、そなたは言った。我の余生に付き合うと」

「まぁ、確かに言った。言いはしたが……」

「故に、我はそなたの崩壊しかけていた魂に、我の魂の一部を移植することで現世に繋ぎ止めた……じゃが、そなたの肉体という器も損壊がひどく、修復にはだいぶ難儀した」


 と、デミウルゴスは自身の胸元に手を当てて、まるで母のように微笑んだ。


「しばらく我の中で魂を保管し、そなたの肉体を修復する間、ずっと眠ってもらっておったのじゃが……そのせいかの、我とそなたの魂が混線し、肉体に戻してもなお繋がったままとなってしまった……つまり、今の我とそなたは、一心同体にも近い関係になった、というわけじゃな」

「俺と、お前が?」

「うむ。意識を集中すれば、ほれ」


 と、カノジョは口を閉じ……しかし次の瞬間、


『どうじゃ? 我の声、聞こえておるか?』

「っ!?」


 頭の中に、直接カノジョの声が響いてきた。


「と、このように、言葉をかいせずとも意思の疎通ができる」

「……つまり、咄嗟になにを考えたかも、お互いに筒抜けだと?」

「そういうことになるかの。まぁそれはさておき、己がいまだ生きている理由については、納得できたかの?」

「ああ、まぁな」


 自分の不用意な発言が今の状況を招いたのだとすれば、それは自業自得というもの。結果だけを見れば、自分はカノジョに命を拾われた、ということになるのだろう。


「理解してもらえてなによりじゃ」

「……」


 笑みを見せるデミウルゴス。アレスはただ、なにかこれ以上ないほど、厄介なことに巻き込まれたのを感じて、思わずため息を吐きたくなった。

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