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神と騎士の邂逅

「……して。なんじゃ、そやつらは?」


 夕暮れ時。港町の宿屋一階に併設された食堂で、デミアは見知らぬ人間の女たちを連れ帰ってきたリュインとティアに尋ねた。

 食堂の最も奥に設置された長机型の卓。仕事終わりに杯を傾けて酔いしれる者たちの喧騒が響く中、この一角だけはまるで現世から切り離されたような独特の気配を漂わせ、誰も近づてくる様子がない。


「おう姉御。なんかこいつらがアレクセイのことを訊きてぇんだってよ」

「あやつについて?」


 ティアの言葉に「どういう意味だ?」と視線だけで隣のリュインに問いかける。


「申し訳ありませんお母さま……本来なら事前にお伺いを立ててからお連れするつもりだったのですが……なにやら、この者たちはアレクセイ様のことを追っているとかで、情報の提供を求めております」


 あっけらかんとした態度のティアを、困った表情で見つめるリュインの様子から、大体のことを察するデミア。

 大方、ティアが勝手にこの人間たちをここへ連れてきてしまったのだろう。


 チラと眷属が連れ帰ってきた面々を一瞥する。

 一人は鳶色の長い髪に同じ色の瞳を持つ生真面目そうな女。そしてこの大陸ではあまり見かけることのない東大陸の特徴を持つ小柄なもうひとりの女。最後に非常に上背のある銀灰色ぎんかいしょくの髪に緑青ろくしょう色の瞳を気怠そうに下げた男。

 いずれも身なりが非常に整っており、外套の下に纏う甲冑は一目で上質な代物と分かる代物だ。


「う、お……すげ……」


 男……ハンスは案内された先で待っていた銀髪のオンナを前に目を見張る。

 被り物(フード)の下から覗く面立ちは、これまで出会ってきたどんな美女さえ霞む美しさを湛え、胡乱な眼差しでこちらを見つめる紫水晶アメジストのごとき瞳は神秘の光宿し、目を逸らすことができない。

 どれほど高名な彫工師であろうと、カノジョという存在を完璧に再現することなど不可能だろう。

 

 ここに来るまでの間、彼らを先導した二人のジョセイも目が覚めるほど美しい容姿をしていたが、コレは別格だ。

 少女の様に愛らしく、極上の娼婦のように色香を放ち……しかし何物にも穢すことを許さない高潔にして純粋な神性を思わせる。


 ただの一瞥で全身の血が沸騰し、巨大な圧力に動きを封じられたような、形容しがたい雰囲気に思わず呼吸さえ忘れてしまいそうだ。

 

 それは、デミアが見知らぬ来訪者にほんのわずかな警戒心を抱いたがため。

 つい先日、見知らぬ女共にアレクセイを連れ去られてからというもの、カノジョは珍しく苛立ちを募らせていた。


 ハンスの不躾な視線に、二人の女のうちの一人……レイアが「ハンス」と彼を窘める。

 出会った瞬間から、一筋縄ではいかぬ相手であると咄嗟に判断したレイアが、緊張に口の中を乾かす。

 しかし、デミアは「ふぅ」と少し呆れた様子で息を吐き、


「……連れてきてしまったものは仕方ない。よい、許す。お前たちも掛けよ。訊きたいことがあるのだろう?」


 独特な話し方。十代後半ほどの外見に対し、口調はまるで老練ろうれんな王族を彷彿とさせる。しかし、それを違和感に覚えない独特の雰囲気を、カノジョは纏っている。


 それに、ここへ来る前に訪れた集落で聞いた……『集落全てを木の根で覆ってしまうほどの大魔術を行使した者がいた』という話。

 炎術師としてのジョブを持つレイアには、目の前のカノジョが放つ異様な魔力の存在に気が付いた。

 あるいは、ここへ来る前に出会ったあの二人のジョセイからも、強烈な魔力の気配が感じられ、冷や汗を浮かべてしまったほどだ。


 もし、目の前にいるカノジョが、集落で聞いた魔術師なのだとすれば……

 

 緊張した面持ちで、レイアはデミアの正面に腰を落ち着ける。

 異国風の女……キリハとハンスはレイアの背後で直立の姿勢で待機する。


「ティア、部屋で待っておれ。黙って外に出るでないぞ。リュイン、ティアが見つかったのならフェリアを呼び戻してまいれ。ルフルの用意が整うまで全員待機じゃ」

「かしこまりました、お母さま」

「うぃ~っす」


 ティアとリュインがそれぞれ、宿の二階と外へ消えていくのを見届ける。


「さて、それでお前たちはあやつの……アレクセイのなにを尋ねたいのじゃ?」

「は、はい……まずは、こちらを」


 レイアは目の前のカノジョから放たれる言い知れない圧力に言葉を詰まらせつつ、ティアたちにも見せた例の似顔絵を取り出してデミアに差し出す。


「これは、あやつの似顔絵じゃな」

「知っているのですね」

「うむ。ここしばらく、こやつと共に行動しておったからのう」

「私たちは、このひと……アレクセイさんの行方を追っています」

「理由は?」

「……そのお話をする前に、まずは私たちの身分を明かしておきましょう。私を含め、ここにいる者はみな、王都の騎士団に所属しています。そして、あるひとからめいを請けました。この似顔絵の人物を見付け出し、連れてくるように、と」


 レイアはマルティーナの名前を伏せた。カノジョたちがどんな人物なのか把握できないうちは、全てを公にするのは避けるべきと判断した。


「騎士団……王都の治安維持組織のひとつじゃったかの……まさかお主ら、こやつを捕らえにでも来たのか?」

「い、いえ。申し訳ありませんが、我々もなぜ、彼を連れてくるよう命じられたのか……詳しい事情は知らないのです」


 これは事実だ。マルティーナはただ、この似顔絵の人物……アレクセイを探して自分の下へ連れてくるように、とレイアたちを派遣しただけ。しかも、アレクセイに関する情報も意図的かどうかはさておき、レイアたちは渡されていないのだ。


「理由もわからぬのに行動しておるのか?」

「……命令、ですから」


 騎士団において命令は絶対。上役の思惑など関係なく、下の者は与えられた任務を遂行しなくてはならない。ましてや、団長直々の任務とあれば、なおのことだ。個人的な疑問はもちろん、思惑の是非を問うこともない。


「とはいえ、我々に追跡を命じたひとの反応を見る限り、犯罪者として彼を探している、という感じはしませんでした……あくまでも、私の個人的な所感ではありますが」


 レイアとしてもマルティーナの意図が判然としていないことに疑問を抱いてはいる。

 しかし、アレクセイの似顔絵を見てからというもの、レイアには彼女が、なにか焦っているようにも映ったのだ。

 慰問、という理由で商業都市に出向いたはずだが、自分たちには最初から、アレクセイを探すように命じてきた。まるで、慰問はただの口実で、実際は彼を追っているような……そんな違和感。


「ふむ……お前たちに旦那様を探すように言った者の意図が気にならないわけではないが……少なくとも、あやつを害するつもりはない、と思ってよいのじゃな?」

「はい」


 そのはずだ。でなければもっと直接的に「捕らえてこい」と言われただろう。少なくとも、曖昧に情報をぼかしたまま追跡させたりはしない。


「……それで、彼は今どこに? あなたたちと一緒に行動していたわけではないのですか?」

「あいにく、お前たちが来る前に、妙な連中に連れ去られてしまってのう」

「つ、連れ去られた!?」


 急に飛び出したとんでもない情報に、レイアを初めてハンスやキリハまでもが驚愕の表情を浮かべた。


「うむ。まぁ、あやつのことじゃ、自分でどうにかするじゃろう」

「心配では、ないのですか?」

「我は旦那様を信じておる。あの男が、この程度のことでどうにかされてしまうはずはない」

「信頼、されているのですね……しかし、そうなると今ここには」

「おらんな。生憎と」


 またしてもすれ違い。しかも……カノジョはあっけらかんと口にしたが……どこかへ連れ去れてしまったという話だ。


「もしよければ、私たちでアレクセイさんを連れ去った者たちについて調査をお手伝いできるかと……その、あなたはアレクセイさんが連れ去られた現場を目撃したのですか?」

「ああ。その時は我も一緒におったからな」

「それはつまり、あなたも一緒に攫われそうになった、ということでしょうか?」

「そうじゃな。旦那様を攫った者の中に、ひときわ異彩な魔力を持つ女が紛れておってのう。そやつが転移魔術、とやらで、我と旦那様をもろともいずこかへ飛ばそうとしてきたわけじゃ。尤も、我はそこから抜け出してきたわけじゃが」

「転移魔術!?」

「うむ。あの女……なんと呼ばれておったか…………ああそうじゃ。確か――ソフィアじゃったかのう」


 ゾクリ――一瞬、デミアが放った敵意にレイアたちは思わず喉を鳴らす。

 いや、それ以前に、あまりにも自然と、とんでもない人物の名前が飛び出してきた。


「ソ、ソフィア様ですか!?」

「知っておるのか?」

「この大陸で知らぬ者はほぼいないかと……いえ、名前が同じなだけで、赤の他人ということもありえます。相手の特徴をお聞きしても?」

「小柄で、白と黒で半分に分かれた髪色をしておったな。ああ、確か左右の瞳も色違いじゃったか」

「「「…………」」」


 レイアは思わず後ろを振り返り、ハンスたちと目を合わせた。

 デミアの語った身体的な特徴は、いずれも彼女たちがよく知る……賢者ソフィアのものと一致していた。


 ……まさか、ソフィア様までアレクセイさんを追って? しかも、転移魔術で無理やりどこかへ彼を連れて行った?


 情報が洪水のように押し寄せ処理が追い付かない。

 思わず、レイアは似顔絵を見下ろした。そこに書かれたひとりの男……果たして、マルティーナとソフィアまでもが接触しようと、あるいは接触してきた彼は、本当に何者なのだろうか。


「どこへ飛ばされたのかは皆目見当もつかんが……旦那様は我にこう言い残した――北方大陸北部の海岸沿いにある集落へ迎え、とな。我が思うに、旦那様はそこで我らと落ち合うつもりなのじゃろう」

「北方大陸……獣人たちが住んでいる土地、ですね」

「向かう先の集落も、獣人たちの住処と聞いておる」

「では、皆さんはそちらへ」

「今、我らが雇った御者が、海を渡るための手配をしておる。準備ができ次第、すぐにでも北方大陸へ向かうつもりじゃ」

「なるほど……」


 レイアは思案する。

 もし、仮にソフィアがアレクセイを転移魔術でいずこかへ連れて行ったのだとすれば、王都に帰還して彼女の邸宅を訪れた方がいいか。

 それとも……


「おい、どうすんだよレイア」


 ハンスが問いかけてきた。キリハも不安げに見つめてくる。彼についての話を聞けば聞くほど、事態がただの人探しだけで終わらないような気がしてならない。


「――ただいま戻りました」


 すると、不意にレイアたちの背後から女性の声が聞こえてきた。


「ルフルか。船の手配はできたのかの?」

「そのことなんですけど……と言いますか、こちらの方たちは……?」


 アレクセイが商業都市で雇った御者のルフル。彼女は見慣れない3人組に視線を向けた。


「はじめまして。私は王都騎士団のレイア、後ろの二人はキリハとハンスだ。どちらも私と同じ騎士団の所属だ」

「き、騎士様!? え? なんで騎士様とデミアさんが一緒に?」

「詳しくは後ほど説明する。それより、北方大陸へ渡る準備はできたのかの?」

「あ、ああ。そうでした。実はちょっと、港の方が厄介なことになっていまして」

「厄介? どういう意味じゃ?」

「その、とある船から、とんでもないもの……というか、ひとが見つかったんです。それが……」


 デミアとレイアたちの視線がルフルに集まる。

 そして、彼女は言った。


「積み荷に偽装して詰め込まれていた――獣人たちの奴隷だったみたいなんです」


 とたん、レイアは椅子を蹴倒すように立ち上がり、その表情を驚愕に染めた。ハンスとキリハも目を見開いている。


「おかげで、しばらく港から全部の船が出られなくなっちゃったんですよ~」


 ルフルからの報告にデミアは「ふむ」と、思案顔で頷き、


「なにやら、面倒なことが起きてしまったみたいじゃのう」


 などと、どこか他人事のように、そんなことをつぶやいた。

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