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目覚めて……

「…………どこだ、ここ?」


 目が覚めたら、知らない天井……いや、天井とはもはや言えない吹き抜け状態で、青い空が真っ先に視界に飛び込んできた。


「っ……」


 体を起こすと関節に痛みが走った。首に手を当て辺りを見渡す。

 どうやら干し草を敷き詰めた簡易な寝床ベッドに寝かされていたらしい。

 石材の基礎に木の柱。石の壁で囲まれた部屋だ。かつてそこに誰か住んでいた名残がわずかにある。

 しかしどれだけの間、使われることなく放置されていたのか、家財らしき物のほとんどが朽ち果てている。


 うらぶれた部屋……まるで生気が感じられない、まるで空洞の中にいるようだ。


「俺は……」


 部屋に向けていた視線を逆側へ。寝床のすぐそばで口を開けた窓。撫でるように頬を掠めていく風が心地いい。

 どうやらここは森の中らしい。視界を埋め尽くす巨大な木。しかし木々の隙間から差し込む光が、柔らかく地表を照らしている。

 

 アレスは立ち上がり、何者の侵入も拒めない、開きっぱなしの出入り口から外へ踏み出す。


 視界に飛び込んできたのは、木の根に埋まるような格好で建築された住居の群れだった。

 しかしひとの気配はない。使われなくなって久しいのか、どの家もだいぶガタが来ている。

 だというのに、天を衝くほどの巨木に抱かれ、淡い木漏れ日に照らされたこの場所は、寂寥感と同時に、言葉では言い表せない美しさを内包していた。


 かつて旅をしてきた中で、こんな景色は見たことがない。朽ちているというのに、まるで生命の息吹を感じる矛盾した光景……


 かつての仲間を思い出す。知的探求の塊のようだった小さな少女、ソフィアあたりは嬉々としてこの遺跡群に飛び込んでいっただろう。

 そんな後ろ姿に、マルティーナとトウカが苦笑しながらもついていくのだ。


 ……ああ、未練がましい。


 己の手で切り離した彼女たちのことを思い出し、アレスは自嘲の笑みを浮かべた。


 ~♪、~~♪……


「ん?」


 ふと、風に乗って旋律が運ばれてきた。


 ……この歌。


 誰かいるのか? 柔らかい下草の絨毯を踏みしめ、音の出所を目指して森の中へ。


 ~~♪、~~♪……~♪、~♪……


 隆起した木の根が行く手を塞ぐ。ゆっくり迂回しながら進んでいくと、歌声に交じってかすかに水の音がする。水辺が近くにあるのかもしれない。

 低木の枝をかわし、茂みをかき分けいくと……開けた空間に出た。


 途端――視界の先、ひとの形をした幻想があった。


 泉の中、水に濡れて淡く輝く白金の長髪。さながら溶けるように水面に広がり、透き通るほど繊細なショウジョの体を這っている。

 緻密に計算しつくされた曲線的な美を描く裸身。何物も触れることを躊躇わせる白磁の肌、まとわりつく銀髪ぎんがみは、まるでショウジョを抱く羽衣のよう。


 目を奪われるとはこういうことを言うのだと、アレスは理解した。


「む? フェニックスよ、戻ったのか?」


 歌が止み、それを名残惜しいと思う暇もなく、振り返ったカノジョと視線が交わる。

 紫水晶を彷彿とさせる、神秘の光を宿した二つの瞳……射貫くわけでもなく、ただそこに侵入した男の存在を前に、カノジョ……デミウルゴスは淡く微笑んだ。


「ああ、起きたのか。このような格好で済まぬ。沐浴をしていたのでな……しばし待たれよ」


 咎めるでもなく、声を上げるわけでもなく、カノジョは無粋な来訪者を前にしても平然としたまま泉から出る。

 すると、右手をまるで指揮するようにゆったりと横へ滑らせる。

 それを合図に、体にまとわりつく水滴がカノジョの右手に集まっていく。

 手の中、球状にまとめられてゆっくりと回転するそれを、デミウルゴスは泉の中へ優しく戻した。


 その一挙手一投足に、思わず息をするのも忘れて見入ってしまう。


 と――


「デミウルゴスさま~! 木の実いっぱい採れました~♪」


 森の中から、幼い声が響き、木々の間から飛び出してきた。

 ひらひらとした服の裾を大きくまくりあげて、中にはいくつもの木の実や果物が溢れんばかりに抱えられていた。


「ふむ。ご苦労であったな、フェニックス」

「えへへ~。デミウルゴスさまのために頑張りました! 褒めてください!」


 森から突如現れたショウジョ……まるで燃えるよう深紅の髪。もみあげだけが異様に長く、角度によって虹色の輝きを放っている。期待に満ちた翠玉のような瞳で、ショウジョはデミウルゴスを見つめる。

 カノジョは苦笑しながらも、「よしよし」とその頭を優しく撫でる。

 手の感触に酔いしれるかのように、森から飛び出したショウジョは「ん~♪」と満足げに声を出す。

 

 が、ショウジョのまくりあげられた服の下は、襦袢パンツどころか何も身に着けておらず、デミウルゴスもいまだ肌を晒したまま……


 今更ながら、アレスは視線を逸らした。

 

「ふふ……フェニックスよ、少々ひとを待たせておるのでな。すまぬがここまでじゃ」

「は~い」


 デミウルゴスは左手を上げ、しなやかな指を弾く。

 直後、ショウジョを取り巻くように魔力が渦を巻き、その身を包む衣へと姿を変えた。


「さて、これで話をする準備ができたかの」


 と、カノジョは笑みの中に妖しさを湛え、アレスを見上げてくる。


「じゃが、まずは確認からかの……勇者よ、そなた、ちゃんと『全部』覚えておるか?」

「ああ、覚えてるよ」

「ならばよい。そなたには、色々と話しておかねばならぬことがあるでな。この世界のこと、ひとのこと、こやつのこと」


 指折り数えながら、デミウルゴスは赤髪のショウジョの肩を抱く。それだけでカノジョはどこか嬉しそうにデミウルゴスにすり寄る。


「……そして、我のこと。話すには時間が掛かる……じゃが、急ぐ必要もない。ゆっくりと、そなたに話して聞かせよう」

「ああ」


 デミウルゴスという神が、なぜ人間社会に牙を剥き、戦うことになったのか……そして、死んだはずの自分がこうして生きている理由もまた、語ってもらわねばならない。


「理解する時間は、たっぷりとあるでな」


 聞こう、ひとの形をした、このオンナから。

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