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あなたの意思を変えるためなら

「……アリアから、あなたがわたくしに会うことを拒んだと、話しは聞いていました……あなた、」


 ――わたくしとの約束を、違えるつもりなのですか?


 アリーチェの瞳には僅かな怒りと、それ以上に強い悲しみの色が見て取れた。


「あなたが勇者として旅立つ時、交わしたではありませんか……」

「ああ、覚えている……」

「「――『魔神を倒したら、二人で国を立て直そう』」」

「わたくしは、その約束を抱いて、あなたの帰りを待ち続けたのです……しかし、帰ってきたのはあなたの仲間と、あなたの生死不明という報せだけでした」


 覚悟はしていた。


 魔神討伐……かつて、誰も達成できた者はいない。

 どれだけ英雄と呼ばれた傑物たちでさえ、神の喉元にまで刃を届かせた者は皆無。

 ある者は旅の途中で命を落とし、ある者は重すぎる使命に精神を病み、ある者は魔神に手も足も出せないまま蹂躙された。

 果たして、この数千年……魔神を倒すためにどれだけの血が流れたのか。

 アリーチェも、アレスが先人たちと同じ轍を踏み、帰らぬひとの一人になるのでは、とずっと恐怖し続けていた。

 

 もし、アレスが死んだと報せが下ったら、自分は……


 しかし、アリーチェに届いた報せは、彼女の予想を超えて衝撃的なモノだった。


 魔神が討たれた……しかし、勇者の生死は不明。

 喜ばしい報せだ。何千年もの間、人間と敵対していた神が消え、世界に安寧がもたらされたのだ。

 だが、その代償として勇者は……


 この報告を持ち帰ったのは、アレスと旅を共にしていたマルティーナたちだ。

 まともに話を聞けていたかどうかも怪しい。

 怒りに我を忘れて暴れてしまいたい衝動に駆られ、部屋にあるものを片端から破壊してしまいたかった。

 

 アリーチェの内心は煮えたぎっていた。


 なぜ、彼女たちだけがのうのうと生きて帰って来たのか。

 その身は綺麗なまま、とても魔神と戦ってきたようには思えなかった。

 いや、実際に彼女たちから、自分たちは魔神と戦うどころか、対峙すらしていない、と聞かされた。

 彼女たちのことはすぐに下がらせた。

 でなければ、自分はマルティーナたちのことを、殺してしまいそうだったから。


 一人になり、無気力になりかけていたところをアリーチェは努めて冷静に思考し続けた。


 まだ、アレスが死んだという確証はない。


 確かに生死不明。遺体も見つかっておらず、希望を失うには早い。

 それがどれだけ小さな可能性だったとしても、アリーチェはしがみついた。

 彼女はアリアたちに命じて、すぐにアレスを捜索させた。

 それは、彼女にとって非常に長い戦いの始まり……

 生きているのか死んでいるのかさえ分からない相手を、ひたすらに探し続けた5年間。


 何度心折れそうになったか分からない。

 それでも、ほんの些細でもいい……彼が生きている可能性に賭けたかった。


 そしてついに、アリーチェは見付けたのだ。勇者を――


「わたくしがこの5年……どんな思いであなたを探していたか、分かりますか?」

「……すまない」

「謝ってほしいわけではありません! わたくしはただ……ただ、あなたに傍にいて欲しい……それだけなのです」


 旅の中で、アレスにどんな変化があったのか、アリーチェには知りようもない。定期的に送られていた手紙も、ある日を境に途絶えてしまった。


「なぜなのですか? なぜ、わたくしを拒むのです……わたくしは、なにかあなたに、嫌われるようなことをしたのですか?」

「いいや」


 アレクセイは首を横に振った。


「俺のことを探していたのなら、その過程でお前も知ったはずだ。俺が、巷でなんて呼ばれていたのか」

「……ええ、知っています」

「愚かな勇者……仲間の脛をかじり、横暴で怠惰、救いようのないクズ……俺という人間の評価は、そんなところだ。まさか、王家の人間が、俺みたいなクズを自分たちの血筋に招き入れることを良しとするのか?」


 嫌われ者として振る舞い、世間的な評価は地の底まで落ちた。

 街を歩けば後ろ指を刺され、ギルドや店の出入りを禁じられ、挙句の果てには仲間にさえ手を上げる。醜聞なら腐るほどため込んだ。

 果たしてそんな男を、王女の婿として迎え入れるなどありえない。


「それの何が問題になるというのですか」


 しかし、アリーチェは怯みさえしなかった。


「あの行いがあなたの本心などではないことはすぐに分かりました。なにより、あなたが一人で魔神に挑んだことからも、その思惑は容易に想像できます……何年、あなたと共に生活していたと思っているのですか?」


 アリーチェはその瞳を細め、アレスを睨んでくる。


「マルティーナやその他大勢のひとたちと同じだと思われては心外です。わたくしは、誰よりもあなたを理解していると自負しています」


 アリーチェはアレクセイの隣に腰掛けた。


「ハッキリと言います。あなたの評判など、わたくしに掛かれば如何様にもできるのです」


 アリーチェは言う。

 アレスという人間がなぜいきなり豹変したのか。

 それは、仲間たちを思うあまり、魔神との戦いに同行させることができなくなった。

 挙句、彼は仲間を遠ざけるため、自らを犠牲にして愚か者を演じたのだ。

 そして最後に、彼は魔神との戦いに単身で身を投じ、見事に使命を果たして見せた。


「世間は英雄譚が大好きですから。あなたという人間が真に変わっていないのだとすれば、この話を流布させることで民の評価は覆ることでしょう。いいえ、覆させます。そのためならわたくしは手段さえ問いません」


 アリアたちを使った情報操作はこれまでに何度も実行してきた。

 今更、アレスに対する世間の印象を操作することなど、わけないことだ。

 なにより、先に並べた情報は真実であり、あの堅物で有名なマルティーナもこれを否定することはない。

 それが余計に、世間がこの話を真実と思い込むことにつながるだろう。


「……はぁ、お前も随分としたたかになったもんだな」

「あれから何年経ったと思っているのですか。わたくしは、いずれこの国を導いていかねばならないのです。いつまでも、弱いままではいられません」

「だったら、余計に俺みたいな人間なんかいらないだろ」

「それ以上を口にしたら、あなたでも本気で怒りますからね……それで、あなたの懸念はどうとでもなることが分かった上で、なおもわたくしを拒む理由はあるのですか?」


 真剣な眼差し。アリーチェは決してアレスを逃がすつもりはない。

 しかし、アレスはおもむろに立ち上がると、教会の入り口に声を張った。


「ソフィア! どうせついて来てるんだろ! 入ってこい!」

 

 アレスの行動を訝しむアリーチェ。

 教会の扉が静かに開き、小柄なソフィアが顔を覗かせた。


「気付かれてたんですね」

「隠れるつもりもなかっただろ、お前」


 アレスのことが気になって、というわけではなるまい。

 大方、彼がこの場から逃げ出さないか、監視させていた、といったところか。


「なぜ、わたしを呼んだのですか?」

「お前、俺に言ったな……俺はなにか、別の物に視える、って」

「……それは」

「誤魔化しはナシだ。お前は、俺が『なに』に視えている」


 アレスの問い掛けに、ソフィアは戸惑いを隠せず、アリーチェに視線を向ける。


「ソフィア、どういうことなの?」

「殿下……その……」

「ハッキリしなさい!」

「……ご説明します」


 ソフィアは半開きだった扉を閉め、魔術式を展開して教会を結界で覆い、外部と閉ざしてしまう。


「そこまで、聞かれたくない話なのですか?」

「はい」


 ソフィアは居住まいを正し、その場に膝をついた。


「アーク家に誓い、これが嘘偽りではないことを証明します。アレスさんの存在は、もはや人間と言えるかどうか、わからない状態にあります」

「……どういうこと?」

「アレスさんは……」


 ソフィアは僅かに口ごもり、重たくその顔を上げた。


「アレスさんから、魔獣に近い魔力を感じます」

「え? 魔獣、ですって?」

「はい……再会した時から、アレスさんの存在は、人間でありながら、魔獣と近しい魔力を内包している……」

「つまり、彼は」

「ひとであり、魔獣でもある、とても…………とても、歪な存在と、言わざるを得ません」


 アリーチェは、頭がクラリとする感覚に襲われた。

 すぐ近くにいる彼を見つめる。

 アレクセイは、アリーチェに一瞥し、すぐに視線を逸らした。


「アリーチェ、俺はお前にとって、災いしか呼ばないだろう」


 勇者という存在は確かに抑止力になるかもしれない。

 しかし同時に、その力を恐れた他国から、必要以上に介入される恐れも当然ある。

 アレスはアリーチェに安寧をもたらさない。むしろ厄災を振り撒くだけの厄介な存在になるだろう。


 加えて、


「俺はもう、ひとじゃない……魔神との戦いで、俺は一度、死んだ」

「っ!? アレス、どういうことなのですか!?」

「死んだ俺を、あるヒトが蘇らせた。魂を現世に繋ぎ止め、破壊された肉体を再構成し、再び定着させる……だが、その過程で俺は、別のモノになった」


 デミアたちのことは話せない。

 しかし、必要以上に隠し通すこともできない。

 既にアリアたちに捕捉された以上、ずっと逃げ続けることは難しい。

 だからこそ、話す必要があった。


「それに、勇者としての力も、全盛期とはほど遠い……今の俺は、3つまでしかジョブの力を持つことができないんだ」


 故に、仮に勇者としての力を求められても、彼は応えることができないのだ。


「アリーチェ……俺は、お前に諦めてもらうために、ここへ来たんだ」

「諦め、る」


 アリーチェは項垂れる。

 長年探し続けてきた彼からの拒絶。

 しかし、彼女は「いいえ」と顔を上げ、立ち上がった。


「あなたが『なに』であるかを問うたところで、意味などありません」


 アレクセイは理解していない。

 アリーチェが求めているのは、勇者としての彼ではない。

 厄災をもたらす存在だからどうしたというのだ。ただの人間ではないからどうしたというのだ。


「何一つとして、諦める理由になりはしません」


 アリーチェは胸元に手を当てる。


「理解しました、アレス……あなたは、自分以外の誰も信用していない」


 戦いで仲間が死ぬかもしれない、自分が誰かを不幸にするかもしれない……それは、勇者が他者を護るべき対象としか見てないことの裏返しだと気付いた。


「あなたは優しい……きっと、優しすぎるあまり不器用なのでしょう」

「アリーチェ、なにを」


 魔力の動きを感じる。

 それは、彼女が手を当てた胸元から。


「アレス。わたくし、強くなったのですよ。あなたが想像するよりも、ずっとずっと、強くなったのです」


 すると、彼女の胸で魔術式が展開し、光球がふわりと宙へ浮いた。

 それは瞬く間に巨大な斧槍の形状となり、床に向けて落下する。

 凄まじい衝撃音を響かせ突き刺さったそれは、美しい龍の装飾が施されていた。王がアリーチェのために特別に作らせた逸品。精緻な造形に比例してその重量は凄まじく、並の男では持ち上げることさえ困難な代物。

 しかし、アリーチェはそれを易々と片手で構えると、切っ先をアレクセイに突き付けた。


「さぁ、武器を取りなさい、アレス・ブレイブ……わたくしがあなたの思うような弱者ではないことを、この場で証明して見せましょう」


 是非もなし。

 アリーチェは彼に認められるため、その手に刃を取ることを選んだ。

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― 新着の感想 ―
女性側は一見当たり前の感情や魔神討伐のアレスの行動を咎めてるけど、読者目線からすると平民のアレスからしたら貴族階級の女性は気を使わざるを得ない相手達。戦闘参加や信じる事なんて無理 王女の願いは上位から…
アリーチェの想いが報われて欲しい
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