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気まずく苦い

 王都でソフィア・アークの名を知らぬ者はいない。

 良くも悪くも、彼女は有名だ。


 魔神討伐の旅で幾多の街や村を救った一行の一員……

『賢者』のジョブを有し、他の追随を許さない魔術の技量。それは魔術に秀でた種族である森精霊エルフさえ超えると云われたほど。

 尤も、既に姿を見なくなって久しい森精霊の実力を正確に知る人間は少ないが。

 それでも、その類稀なる魔術の才は間違いなく人間界において最強といって差し支えない。

 

 ……本人の性格は、周囲の評価とはまるで真逆であることを除けば。


 しかし、最近になって彼女の評価は、ただの強い魔術師から少しづつ変化しつつあった。


 曰く――魔術に魅入られた奇人。


 王都で最も魔導書を所蔵する魔導図書館マギライブラリの館長を務め、しかし彼女は禁書庫にひきこもり日夜魔術の研究に明け暮れている。

 図書館の司書たちでさえめったに顔を合わせることはなく、魔導書の新刊が入ってくる時だけ稀に顔を出す程度。


 最低限の業務はこなしているものの、他者との繋がりをほとんど持つことなく、新たな魔術の開発、古代魔術の解析といった分野にのめり込み、時には異常な執着を見せることもある。


 魔神が討たれてのち、王都へ帰還を果たした彼女を王城へ招き、宮廷魔術師としての職に就かせる話も挙がっていた。

 しかしソフィアの気質……なにより、自身が頑なにこれを拒んだこともあって話しは流れ、最終的に禁書庫で何が起きても対処できるという理由から、今の地位に落ち着いた。

 本人も魔術と常に関われるとあって進んで館長の任を引き受けた。


 尤も、実質的な管理は副館長が担っているのが現状である。

 とはいえ、彼女がもたらす研究成果が王都の発展に多大な貢献をもたらしていることから、研究漬けの毎日を過ごしている点は半ば黙認されていたりする。


 ――そして、いつものように禁書庫で魔術式の解読に精を出していたある日のこと。


 普段は滅多に訪れることのない客人が、ソフィアの前に現れてこう告げた。


『勇者は生きている』と……


 途端、陽の光もほとんど浴びずに過ごしていた彼女の真っ白な肌に赤みが差し、寝ぼけ眼のように半開きだった瞳はまなじり裂けそうなほどに見開かれた。ボサボサになってしまった髪を翻し、座っていた椅子を蹴倒して転びそうな勢いのまま発言者に詰め寄った。


『ほっ、本当ですか!? 本当に生きて!? ど、どこですか!? か、彼は今どこに!?』


 彼女を知る司書たちがその時の様子を目の当たりにしたなら、きっと驚愕に仕事の手を止めて「何事か」と一斉に注目を集めていたことだろう。


『お教えしても構いません。ですが、ひとつ条件がございます』


 などと、ソフィアの元を訪れた客人……気高き番犬ノーブル・ケルベロスの統率者である、アリアは告げる。


『勇者様を王都へお連れすのに、ご協力いただけますか?』


 再び勇者……アレスに会える。そのためなら、


『分かりました。協力、させていただきます』


 ソフィアは二つ返事でアリアの条件を承諾した。



 ◆



「はぁ……」


 アレクセイは椅子に腰かけて大きくため息を吐いた。

 傍らに目を向けるも、デミアの姿はどこにもない。他の面子にしても同様だ。

 今、アレクセイは一人、見慣れない部屋の中にいた。

 視界に映る内装は豪奢の一言で、ひと目で質がいい分かる家具や調度品が並んでいる。

 

 しかし部屋の主はほとんどここへ帰ってくることはないらしく、どこか生活感に欠けているように見えた。

 天蓋付きの寝台ベッド、真っ白なシーツが丁寧に整えられている。いつ帰ってくるかも分からない主人のために、この屋敷で働く従者たちが毎日のように洗濯し、取り替えている。

 無駄と言うべきか職業意識が高いと言うべきか……


 そして今日、数少ない主の帰還を果たした部屋に、アレクセイは場違い感を覚えながら佇んでいた。


「はぁ……」


 何度ついたかも分からないため息が再び漏れ出る。

 

「し、失礼します」


 不意に、部屋の扉が開いて部屋の持ち主が姿を見せた。

 ソフィア・アーク。この国最強の魔術師にして、かつては魔神討伐という目的のために行動を共にしていた仲間……

 

 彼女は震える手でトレーを持ち、上に乗ったティーポットやカップたちがカタカタを震えている。

 彼女の後ろで従者の女性がソワソワと落ち着きなく見守っていた。無理もない。あれだけ危なっかしい動作を見せられては気が気ではないだろう。


「お、お嬢様、やはりこういったことはわたくしどもに……」

「い、いえ。今日は大切なお客様をお迎えしてるので、わたしが」


 などと言いつつ、震えるカップは今にも落ちそうだ。ティーポットも盆の上で左右に揺れていつ中身が零れるか分からない。


 それでも、ソフィアは慎重に、ゆっくりとした歩みでアレクセイに近付き、


「わぁ~っ!?」


 絨毯の裾に足を引っかけた。

 従者は咄嗟に目を覆い、次に聞こえてくるであろう大きな音に身をすくませる。

 しかし、しばらく経っても音はならず、代わりに男の声が聞こえてきた。


「お前は相変わらずだな」

「は、はう~……」


 従者が視界を解放すると、そこにはいつの間に動いたのか、ソフィアを抱えて手の中に盆を受け止めたアレクセイの姿があった。


「す、すみませ~ん」

「あんま慣れないことすんなよ。お前んところの従者が可哀そうだ」

「あう~」


 魔神が世界の脅威から消えてから5年が経ち、彼女も二十歳を超えているはずだが……言動はおろか見た目にもほとんど変化は見られなかった。


「ほら、立てるか?」

「あ、ありがとうございます」


 紅茶をテーブルに置き、改めてアレクセイはソフィアと向かい合う。


「色々と訊きたいことはあるが、とりあえず……なんで俺はお前んとこの屋敷にいる?」


 アレクセイは少し前の記憶を思い出す。

 港町で気高き番犬たちに見つかり王都への帰還……王女の元への参上を提案されたが、アレクセイはそれを断った。

 しかし話し合いの場を持ちたいという彼女たちの新しい提案を受け入れ、そこで改めてアレクセイは王女に会うつもりがないことを示すつもりだったのだが……


 その場にソフィアが現れ、彼女の手によって港町からここ……王都まで転移魔術で飛ばされた。


 しかし、


「てっきり、来て早々に王女に会いに行くのかと思ってたんだが?」


 今、アレクセイがいるのは王宮ではなく、王都の東部に位置する貴族街に経つアーク家の屋敷……ありていに言えば、ソフィアの実家である。


「そ、その……ア、アレスさんも、いきなり王女殿下のところに連れていかれたら、緊張しちゃうかもしれないと思って……」

「それは本音か?」

「え、えっと~……」


 ふいと目を逸らすソフィア。隠し事ができないところも昔から変わっていないようだ。


「す、すみません……ちょっとだけ別の理由も、あります」

「それは?」

「き、気を悪く、しないでくださいね? ……まず、アレスさんの本質を見極めないと、いけないと思ったので」


 5年前のように、ひと様に迷惑を掛けても平然としているような人間なのか。

 それとも、そのように演じていただけなのか……

 それが分からないうちから、王女の下へは連れていくことはできない。王女に不貞を働く可能性のある人物を、会わせることなどできようか。

 

「まあ、妥当なところだな」

「はい、すみません……でも、それは杞憂だと、分かっていました……ですから、これは建前です」

「建前?」

「はい……ほ、本当は、アレスさんと、二人でお話がしたかったんです……5年前のことについて」

「…………」


 ソフィアの言葉に、今度はアレクセイは僅かに目を逸らした。


 アレクセイとしてもいきなり王女の前に突き出されなくてホッとしたしたというのは正直なところだ。


 お互いの立場的な問題や政治的な部分で自分が良くも悪くも注目を集めるであろうことを考えた結果、会わない方がいいと判断したことも確かだが……正直に言ってしまえば、あの王女様に会うことにアレクセイは別の意味でも抵抗があった。

 別に彼女に対して苦手意識を持っているとか嫌悪しているといったことではない。


 ただ、後ろめたかった。


『待っています。ずっと……あなたの帰りを』


 あの日のように、ただ純粋なままではなくなってしまった自分が……

 もう何年前になるのだろう。

 旅立ちの日、王女と交わした最後の言葉。


 青臭く、世界を救うなどと息巻いて王都を出立した日から、アレクセイの世界を視る目も、己という存在に対する認識も、なにもかもが変わっていた。


 昔は、悪を断じ、切り伏せ、それで世界は平和になるのだと愚かにも本気で考えていた。

 絶対悪と思っていた魔神の力を削ぎ、世界から魔獣の脅威は少しづつ減り始めている。

 しかし、


『我が手を下さずとも、いずれ人間は自滅する……この世界を巻き込んで』


 魔術の発展は世界の寿命を縮めてしまっている。

 そんな状況を打開するためにデミアは戦った。

 しかし生存競争は人間の勝利に終わり、カノジョもそれを受けれた。


 アレスはアレクセイとして、魔神にして創造神のデミウルゴスはデミアとして……こらからは何者でもない人生を生きていく。


 しかし、現実はそれを容易に許してはくれないらしい。


「訊かせてくれますか? ……いいえ、訊く権利が、わたし『たち』にはあると、思ってます。なぜ、アレスさんがあれほど変わってしまったのか……わたしたちと別れた後に、なにが、あったのか」

「……別に訊いて楽しい話でもない」

「それでも、聞かせてください」


 引き下がる様子のないソフィアに、アレクセイは吐息をひとつ。

 しばしの沈黙のあと、彼は観念したように、重たい口を開く。


「全部、俺の自己満足から始まった話だ」


 彼が、何も失いたくないと願ったがゆえに、彼は、何もかも失う覚悟を決めた。


 ただ、それだけの話。



 ◆ 



 ――一方、大陸北部の港町。


「みな、すぐに支度せよ。ここをすぐに経つ」

「え? ず、随分と急ですね? あれ、でもアレクセイさんは?」

「……あやつとはしばし別行動じゃ。そなたが心配することではない」

「そ、そうですか」


 アレクセイが手配した宿の食堂。仕事終わりに木樽を傾ける男たちの喧騒が響く夕暮れ時。

 デミア、フェリア、リュイン、そして御者のルフルが顔を突き合わせる。

 アレクセイが不在のためか、今はルフルを除く全員が顔を隠すように被り物(フード)を被っていた。

 

『お前たちの容姿は目立ちすぎる』


 しばらくはその意味を理解できなかったデミアだったが、例の屋敷からここに戻ってくるまでいったいどれだけの男に声を掛けられたことか……鬱陶しすぎて危うくここを吹き飛ばしたい衝動に駆られた。


 なにより、アレクセイを無理やり連れ去られたことに対してカノジョは久方ぶりに怒りを覚えていた。


「……やはり滅してやればよかったか」


 ソフィアを名乗る人間の女が、アレクセイを転移魔術で連れ去った。術式の有効範囲にはデミアも含まれていたが、咄嗟にアレクセイが脳内に意思を伝えてきた。


 ――『デミア、お前は全員を連れて船に乗れ。そして北方大陸東部の海岸沿いにある獣人集落に行け。そこでフー・ヴェスティという女に会うんだ。俺も後からそこに行く』


 それから、デミアは自分を魔力の結界で覆い転移術式から強引に抜け出した。

 気高き番犬の構成員がデミアの動きに気付いて追って来たが、


『――貴様らが旦那様の縁者であった幸運に感謝せよ』


 デミアの魔術により彼女たちは撃退され、追っ手を撒いてここまで戻ってきた。

 

「かしこまりました。では、すぐにティアを連れ戻してまいります」

「うむ。そしてルフルよ、申し訳ないがそなたには海を渡る手配を頼みたい。何分我らはあまりこういったことは不慣れでのう。てまちん、は払う故」

「そ、それは大丈夫ですけど……あの、本当に大丈夫ですか?」

「旦那様より言伝じゃ。北方大陸東部の獣人集落で落ち合おう、と」

「北方大陸……二回くらい行ったことはありますけど、東部の海岸沿いにある集落……」

「覚えがあるのか?」

「なんとなく、ですけど」

「では、案内を頼む。そこで、フー・ヴェスティという女に会えと」

「え? フ、フー・ヴェスティ!?」

「なんじゃ、知っておるのか?」

「ええ、まあ……理解しました。アレクセイさんのいう獣人の州宅は、私の知ってる場所で間違いなさそうです……ですが、フー・ヴェスティ、ですか……」

「なにか問題でもあるのかの?」

「問題なんてもんじゃないです……フー・ヴェスティ。彼女は、」


 北方大陸でも相当な勢力を誇る国家反逆を目論む無法集団の集まり……それを束ねる女首領の名である。 


「あの~、本当に大丈夫なんですか~?」

「旦那様の紹介じゃ。心配はあるまい」

「私は不安しかないんですけど~」

「我らと共にいる限り、そなたへの手出しは一切させんゆえ安心せよ」


 デミアの言葉にフェリアがルフルに抱き着き「わたしたち、みんなすっごく強いから大丈夫!」と、無邪気にそんなことを口にする。


「準備ができ次第、すぐに出立する。我はここに待機しておるゆえ、フェリアとリュインは急いでティアを見つけてくるのじゃ」

「は~い!」

「かしこまりました、お母さま」


 唐突に別行動をとる羽目になったデミアたち。

 アレクセイという制御装置がない今、彼女たちを実質的に、それも自覚もないまま導かねばならなくなったルフル……そんな彼女は、仕事で知り合ったツテを頼りに、デミアに言われた通り、北方大陸へ渡る船への乗船を手配するのであった。

これくらいのペースでゆっくり更新していきます。


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― 新着の感想 ―
そっか、旧作はアレスの本心が手紙に書かれてたけど、リバイブ版は感謝と謝罪だけの短い内容だったな…… リバイブ版は旧作のような遺言書ではなく本人の口から語られるわけだが信じてもらえるのかな? 大陸全土か…
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