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番犬の計略

 アリアの後ろをついて歩く。

 屋敷の内部はそのうらぶれた外観の割に綺麗に整えられている。床にはゴミの一つもなく、まるで今もまだ使われているかのような状態に見えた。尤も、破壊された窓や、朽ちて腐敗が始まった床板や壁の一部がここが廃墟であることを思い出させてくる。


「わざわざ掃除でもしたのか?」

「ええ。十全に、とはいきませんでしたが、『大切なお客様』をお迎えするというのに、荒れ果てた状態でお迎えするなどメイドの恥でございます」


 淡々した様子のアリア。彼女は諜報員としての側面と従者として完璧であろうとする二面性を持っている。

 彼女の表の貌はアリーチェ王女の専属メイドであり、番犬としての任務がない時はよほどのことがない限り……いや、たとえアリーチェ本人が命じたとしても、なかなかその傍を離れるような真似はしない。


 それが、アリアという女だ。


 それはつまり、勇者という存在が、それだけ王女にとって重要な存在である、という言外の訴えであり、確実に命令を実行するという彼女(番犬)の意思の表れでもある。


 彼女に目をつけられたが最後、地の果てはまで追跡され、居場所は暴かれ、どこまで追いつめられる。

 かつて、何度か彼女の仕事ぶりを目の当たりにしたことがあるが……標的となった人物が、彼女の手から逃れられたことはなかった。


 一見すると細く華奢な印象を抱かせるアリア。

 しかしその戦闘能力はかつての仲間であるマルティーナやトウカも認めるほどで、並の兵士や冒険者では束になっても彼女には敵わない。なにより、相手はその動きを捉えることすらできず、自分が絶命していることに気づくことなく果てることになる。


 アレクセイをしても、決して油断できない相手であった。


「こちらへ」


 恭しく示された扉が、中から静かに開く。待機していメイドの少女がこちらの到着に合わせて扉を開いたようだ。

 アレクセイは部屋、扉に妙な仕掛けや細工が施されていないか警戒しつつ、ゆっくりと中へ足を踏み入れた。


「ここは、以前まで町長の執務室として使われたいようです。此度、勇者様をお招きさせていただくにあたり、応接間としてご利用いただけるよう整理させていただきました。客様のおもてなしとしては最低限ではございますが、どうかご容赦ください」


 アリアの説明に部屋の中を見回す。

 中央に設置されたソファにテーブル、絨毯は見ただけで新品と分かる物に取り替えられ、窓もここだけ綺麗に修繕されている。客人をもてなすための花が飾られ、随所に見られる調度品も一目で質の良いモノと分かる逸品ばかり。


 促されるままデミアと共にソファに腰掛け、座った途端に尻に帰ってくる心地よい生地の肌触りと感触にアレクセイは苦笑した。


 ……たかが今日のためだけにここまでするか。


 きっと、目隠しされたままここに通されていたなら、部屋の外が廃墟であることなど想像すらできなかっただろう。


 アレクセイはいよいよ番犬の『もてなし』が常軌を逸したものであることを理解し始め、紅茶をテーブルに並べるアリアにこれまで以上の警戒心を抱いた。

 彼女はアレクセイたちと対面するようにソファに腰掛ける。


「どうぞ。港で取り急ぎ買い付けた間に合わせではございますが、お口に合えば幸いです」


 言われるがまま、すすめられた紅茶に二人は口をつける。


「……このようなこと、自分で言うのもおかしな話ではございますが、我々という存在を知っておきながら、出された物をそのまま口にされるというのは意外でございます」

「お前は俺たちをここへ通す際に『客人』と言った。お前は番犬の長だが王女が一番信頼している従者でもある。俺を客と認めているからには、下手なことをして王女の名前を汚すような無粋はしないだろ」


 直後、珍しくアリアが僅かに目を見開き、「不躾なことを申しました」と頭を垂れた。

 彼女は相手を敵とみなせば容赦はしないが、客人に対しては相当の礼節を以って接してくる。

 少なくとも、今はまだアリアもアレクセイに対して敵対的な感情はないとみていいだろう。


 尤も、この先どう転ぶか分からない以上、警戒を緩めることはできないのだが……


「あまりずるずると引き延ばしても仕方ない。アリア」

「はい」

「こいつを王女に渡してくれ。この場で中身を確認してもらっても結構だ」

「手紙、ですか……」

「ああ」

「わざわざ、なんのために? 王女殿下に言いたいことがあるのでしたら、直接お伝えすれば、」

「分かってて訊くな。俺は、王女に会うつもりはない。その手紙は、そのことをあいつに伝えるために書いたものだ」

「……」


 無言のまま、アリアは便箋を取り出し、内容を確認し始めた。

 しばし文字に目を通し、ゆっくりと便箋を閉じると、


「一度だけお尋ねします――どうしても、王女殿下にお会いするつもりはないのですか?」

「その方が、お互いの今後ためになる」

「そうですか……我々も、その可能性を考えなかったわけではありません……ですが」


 不意に、アリアの瞳から一切の感情の色が消え失せ、


「あなた様に、王女殿下を拒む権利はございません」


 アリアの言葉の直後、アレクセイたちは背後に強烈な魔力の気配を感じて立ち上がり、振り返った。


「どのような場面、状況であろうと、準備を怠らず臨むこと……ワタクシが、部下たちに伝えている訓示のひとつでございます。此度も、しっかりと手配させていただきました。あなた様を王城へとお連れするための、手段を」


 背中に聞こえるアリアの言葉に、アレクセイは奥歯を噛んだ。

 目の前に突如として現れた一人の女性……その姿を前に、どうしようもないほど己の迂闊さを呪った。


「あぁ……本当に……本当に、生きていたんですね……アレスさん」


 言葉を発した彼女を凝視しながら、アレクセイはおもむろに、相手の名を口にする。


「――ソフィア・アーク」

「はい、お久しぶりです」


 あまりにもいきなりな、予測不可能な再会。

 しかし、アレクセイの瞳には、旧友と再会した懐かしさはなく……


「なぜ、お前がここに……」

「え、えっと……それは~……」


 問われ、目を泳がせるソフィア。

 すると、アリアが静かに立ち上がった。


「ソフィア様、感動の再会に水を差すようで申し訳ありませんが、今は()()()()()()()()()()()()()()()

「あっ! は、はい!」


 唐突に、ソフィアは手に杖を召喚する。

 旅を共にしていた時からずっと彼女の相棒であった美しい杖。真っ白な翼を模した装飾に魔力が内部で揺らめく宝玉が青い輝きを放っている。


「ア、アレスさん……」


 彼女は申し訳なさそうにアレクセイに視線を向けてくる。

 彼女の体から既に可視化できるほどの魔力が立ち上り、空間が歪んで見える。


「なんのつもりだ……?」

「ほ、本当はこんな風に無理やり連れていきたくなかったんですけど」

「部下からの報告で、アレス様が素直に城へ登城いただけないことは理解しておりました。王女殿下より丁重におもてなしするよう仰せつかっている以上……それ以前に、我々としてもあなた様と矛を交えたくはございません。故に」


 アリアはソフィアに向き直った。

 この時点で、アレクセイは己の迂闊さを呪った。

 まさかアリアたちが、アレクセイのかつての仲間と連携してくることまで予測できなかった。

 番犬とかつて仲間たちは……特にマルティーナは彼女たちに対してあまり良い感情を抱いていなかった。ソフィアも、番犬たちの得体の知れない雰囲気を苦手にしており、距離を取っていた。

 そのため、かつてのアレクセイたちははあまり番犬と交流したことはなかった。せいぜい、王女からの伝言を彼女たちから聞く際に顔を合わせる程度……


 だからこそ、アレクセイは驚いた。彼女たちともに、ソフィアが現れたことに。

 

「ソフィア、お前」

「こ、今回……わ、わたしがアレスさんを、王都まで転移させることを、提案されまして」

「まさかお前が番犬と並んでいる姿を見ることになるとは思わなかったな」

「アレスさんが、生きていると聞かされたら、動かないわけには、いかないじゃないですか」


 部屋を満たす魔力が濃くなっていく。

 デミアの瞳が警戒の色を超えて敵対するモノへ向ける殺意を帯び始める。


「旦那様……こやつら、全て滅してもよいか?」

「……やめてくれると助かる」

「なぜ? あやつ、なにやら魔術を」

「頼む」

「……承知した。しかし害が及ぶならたとえそなたの縁者でも容赦はせん」


 アリアはその場に立ち尽くし、静かに状況を静観している。しかし、その額からは汗が滴り、デミアから僅かにも視線を外さない。

 大した胆力である。普通の人間なら、デミアに睨まれた時点で恐慌状態に陥り逃げ出すか、失神、あるいは身動きも取れずにその場で失禁していてもおかしくない。


 尤も、全盛期のカノジョなら、見つめただけで相手を死に至らしめていたかもしれないが……


 こうして考えてみると、商業都市ではゴロツキ相手に相当手加減して接していたと分かる。

 デミアがここまで警戒心を剥き出しにするのは、ひとえにソフィアの放つ魔力の濃さ故だろう。


 人間で、ここまで内に魔力を秘めた存在はそういない。

 そんな相手が、魔力を練り上げて術式を起動している。

 警戒するな、という方が無理な話だ。


「今回は、油断した俺が悪い」

「ご、ごめんなさい! アレスさん! ほ、本当はもっと、別の形でお迎えしたかったんです! でも……」


 足元に魔術式が展開される。

 それは、アレクセイも初めて見るものだ。しかし、一部の式には見覚えがあった。


「これは」

「わ、わたしが新しく開発した、転移術式です。これで皆さんを、王都に移動させます」


 足元の光は徐々に強くなり、いよいよ最高潮に達していく。


「わ、わたしと一緒に――王都へ帰ってきてください!!」

「転移魔術!? ソフィア、お前!」


 転移は魔術の中で最も扱いが難しく、魔道具の補助なしに個人が発動することは不可能とされていた。

 しかし、ソフィアは特に魔道具を使っている様子もない。

 仮に個人で転移を可能としているとしたら、


「随分な魔術を作ったもんだな……お前、世界ぶっ壊す気か?」

「ご、ごごごめんなさい! ごめんなさい!! で、でも! それはとりあえずおいといて」

「そうですね。その件についてはおいおいソフィア様を尋問するので今はお気になさらず」

「ふぇぇぇぇ~~~~!? うぅ……い、いいです! ひとまずはひとまずわたしと王女様に会ってくださ~い!!」


 その言葉を最後に、アレクセイは極光に視界を奪われ、浮遊感に包まれた。

投稿が遅れています!

本当に申し訳ありません!

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