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それは予期せぬ事態へと…

 その事態を予期できなかったのは紛れもなくアレクセイの落ち度だった。


「――ごめんなさい!」


 番犬たちが用意した待ち合わせ場所に無策で乗り込んでしまった己の迂闊さ。

 勇者として魔神と互角以上に渡り合った自惚れか、はたまた番犬カノジョたちの王女に対する絶対的なまでの忠誠心を侮った結果か……


「わ、わたしと一緒に――王都へ帰ってきてください!!」


 足元に展開された魔術式。

 渦巻く膨大な魔力はもはや可視化可能な領域。

 眼前の少女……いや、月日が流れて僅かに成長した彼女は、


「――お前!!」

「ご、ごごごめんなさい! ごめんなさい!! で、でも!」


 ――ひとまずわたしと王女様に会ってくださ~い!!


 白と黒の長い髪が魔力の風に吹き乱れ彼女の左右で色違いの瞳と目が合った。年齢にしては幼い顔立ちに低い身長。かつて愛用していた身の丈ほどもある杖を地面に突き立て彼女は『詠唱もなく』魔術を行使する。

 転移術などという膨大な魔術式を詠唱もなく起動し制御できる存在など、アレクセイは片手で数えられるほどしか知らない。


 その内の一人が、数年前より格段に精度を上げた魔術制御の技を披露し、目の前に立ちはだかる。


 ――ソフィア・アーク。


 賢者のジョブを持ち、最高にて最強の魔術師として名を馳せる彼女は、相変わらずの舌足らずな言葉遣いで、頭を何度も上下に揺らしながら、転移魔術を起動させたのだった――




 ◆




 王女の陰……気高き番犬たちが会合の場として指定してきたのは港から内陸にほど近い一件の廃墟だった。

 先代の町長の屋敷だったが、代替わりに際して新設した屋敷に移住し、いまなお取り壊されることなく残っているのだという。

 本来は移住と同時に解体する手筈だったが、港が大きな嵐に見舞われたことで大きな打撃をこうむり、復興資金を捻出するために解体は延期。以降、建物は数年に渡って放置され、いまなおこうして残り続けている。


 かつては美しかったであろう庭園は雑草やかん木が好き勝手に枝葉を伸ばして荒れ放題の有様だ。

 屋敷の窓はほとんどが内装を晒して風雨を防ぐ役目を放棄している。

 僅かに残った痕跡から察するに、ガラス窓が使われていたのだと思われる。おそらく盗まれたのだろう。吹きさらしのまま放置された屋敷は壁の一部が腐りボロボロだ。


「ふむ……これはなんとも趣のある建物じゃのう」


 アレクセイの隣で、美しい銀髪を海原から運ばれてくる風に遊ばせたジョセイが所感を述べる。

 デミア……かつでデミウルゴスの名で人間社会を混乱と絶望に染め上げた張本人。今はアレクセイとの戦いで力の大部分を失い行動を共にしている。


「いいか。頼むから下手なこと口にして場を引っ掻きまわすのはやめてくれよ」

「わかっておる。要は口を開かず黙っていろ、とそういうわけじゃろ?」


 気高き番犬と会うにあたり、アレクセイは一人で出かけるつもりだったが、彼女がついて来ると言って聞かなかったのだ。

 気高き番犬は部外者との接触を極端に嫌う。先日まで、アレクセイが一人になるまで自分達の存在をひた隠しにして機会を窺っていたくらいだ。

 

 とはいえ、デミアは一度でもこうと言ったことを覆すことはまずない。

 特に今回はかなり強引についてきてしまい追い返そうとしたら町を吹き飛ばすとまで脅してきた。

 カノジョの言葉は決して冗談などではない。カノジョはひとのような見た目こそしているが中身は全くの別物だ。

 デミアの正体はこの世界の創世記から存在し続けている神の一柱であり、創造神なのだ。


 いまだひとの常識に疎く、規格外な思考回路を持ち合わせアレクセイもしばしば頭を抱えさせられる。

 最近はひとの書いた書物に触れて人間社会の常識を少しづつ学んでいるが、こうしてたまに極端な発言をしたりすることがある。


 とはいえ、ここまで強くアレクセイの側を離れようとしないのはこれまでにない変化ではあったが。


「旦那様の旧友と会うだけだというのに、なにゆえそうまで警戒する必要がある?」

「人間ってのは色々と公にできない付き合いとかがあったりするんだよ。俺とお前の『本当の身分』を明かして生活できないみたいにな」

「相も変わらず人間というのは面倒くさい生き物じゃのう」


 デミアの思考回路は理解できない部分はあれど見える部分は単純だ。

 この世界の益になるか、はたまた害悪か……

 益になるならただ見過ごし泳がし、悪ならばひたすらに滅するのみ。


 デミアがかつて人間をこの世界から根絶やしにしようとしたのはひとえに、人間が生んだ魔術文明がこの世界の寿命を縮めているからだ。

 この世界の根幹には世界樹と呼ばれる大樹の存在がある。

 世界中を循環する魔力の大本にして発生源。

 この樹が日々生み出す魔力によって世界は維持され、形を成している。

 しかし、人間の生んだ魔術文明は世界樹が生み出す魔力よりも多くの魔力を消費させ、結界的に世界樹は消耗しいずれは世界中で魔力が枯渇つ崩壊が始まる。


 それを防ぐためにデミアは戦い続けて来た。


 アレクセイも自分達の種族が滅ぼされる未来を回避するために抗った。

 生き残るための生存競争。結果的にアレクセイは重傷を負いながらも神の力を奪い、人間は未来を勝ち取った。


 尤も、このままいけばそれも自らの手で自滅する未来でしかないのだが……


「さて……」


 見上げるような鉄製の門扉を開いて中に入る。

 割れた石畳を進んでいくと、屋敷の入り口で立つ女がひとり。


「お待ちください。ここは今は放棄されているとはいえ町長の所有財産になります。勝手に中へ入られては困るのですが」

「下手な芝居はいい。隣のカノジョは俺のツレだ。口の堅さや身元は俺が保証する。もし、カノジョが受け入れられないのなら、俺はお前たちとの話し合いに参加する気はない」

「……しばしお待ちください」


 と、女は屋敷の中に入って行く。

 しばらくすると、今度は別の女性がアレクセイの前に姿を見せた。


 しかし、その人物を前にした途端、アレクセイは目を剥いて警戒心を一気に引き上げた。


「お久しぶりでございます、アレス・ブレイブ様」

「……アリア。まさか、お前が出てくるとは思ってなかったな」

「あなた様が見つかった、という報告を受け、ワタクシが動かないわけがないでしょう」

「随分と買いかぶられたもんだ」

「あなた様はいささかご自身を過小評価し過ぎるきらいがある様に見受けられます」

「そうでもないさ」


 真っ黒なオニキスのような瞳にアップで纏められた黒髪。

 忘れもしない。彼女こそアリーチェの懐刀にして気高き番犬をまとめ上げる首領……アリア・ハウンドである。

 こうして表に出てくることは非常に稀で、それだけ今回の勇者との邂逅を重要視していることが窺える。


「ワタクシの権限で、そちらの女性の同行を許可しましょう。しかし、我らと関わった以上、もはや普通の生活には戻れなくなります。それを承知していただくことになりますが、よろしいのですね?」

「む? 旦那様よ、勘違いでなければこやつ、我を脅そうとしておるのかの?」


 と、不意に口を開いたデミアの発言にアリアの眉が僅かに跳ねた。


「旦那様……アレス様、こちらのご夫人とあなた様の関係性は?」

「運命共同体。我らの仲は余人が想像するより深く容易に切り離せるようなものではない」

「まぁ、そんな感じだ。こっちもお前らのことについて詮索はさせない。代わりに、深く踏み込まないでくれるとありがたい」


 主に諜報を生業にしている彼女たちに『訊くな』と言って通用するのか。

 しかし、アリアはこの場においてはこれ以上の情報は引き出せないと思ったのか、思他あっさりと引き下がった。


「まぁいいでしょう。では、どうぞ中へ。王女殿下のご命令は絶対とは言え、あなた様にも相応に主張のあるご様子。お互い穏便に事を運ぶためにも、まずは落ち着いて話し合うべきでしょうから」


 重苦しい軋みを上げて開かれる扉。中には数名のメイド姿をした女性が並び、恭しく頭を垂れる。


 その所作に一切の無駄も淀みもなく、洗礼された動きにはある種の凄みさえを抱かせる。

 いずれも生半可な実力者ではない。ここにいる全員が、勇者と対峙しても容易には組み伏せられない相手であることが分かる。


 ……穏便に、か。


 丁寧な所作で応じてくるメイドたちを前にしても、内心は警戒心を強め、アレクセイとデミアは、アリアの後ろについて屋敷の奥へと進んでいった。

まずは投稿が遅れてしまった件を謝罪させていただきます

本当に申し訳ございませんでした

現状、先日に体調を崩してから長時間モニターの前に座っていることできません

更新はなるべく間隔を空けずに実施する予定ではありますが、二日や三日ほど間隔が空いてしまうことも増えるかもしれません

体調が回復次第、今回の埋め合わせをさせていただきたく思いますので、どうか宜しくお願い致します

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