渡る王女のおもい
薄闇の中を動く人影一つ。
町娘を装ったかのじょは監視対象の滞在する宿を遠巻きに眺める。
この港町で彼の姿を捉えてから今日で1週間が経とうとしている。
対象は宿を拠点に錬金術で生成した魔道具を町の冒険者ギルドに納品したり、商業ギルドの管理する露天区画のひとつを間借りして商売をしている様子だ。
とはいえ、この港は活気こそあるが新参者がすぐに売り上げを出せるわけもない。
日々、小規模の額の取引をしているだけで、そこまで大きな利益は出ていないようだ。
とはいえ、アレクセイの作る魔道具の評判非常に良く、口コミで少しずつひとが増えている印象がある。
いや、客足が伸びている要因はそれだけではない。
不愛想ながら、人目を集めるジョセイがいることもまた、客が彼の露天に足を止める切っ掛けになっているのは間違いない。
そもそも、最初に店に顔を覗きに来た客も、カノジョたちに引き寄せられてのものだ。
看板娘、とはよく言ったものである。
しかし如何に容姿の優れた人物で客を釣ろうが、粗悪品を扱っているところに客が訪れることはない。
なによりここは交易品の中継地点であり、住民やここを訪れる者たちの評価はかなり厳しい。目が肥えているのもあるが、そもそも港で粗悪品が出回っているなんて噂が流れては交易にも小さくない支障が出る。
それ故に、扱う品にもそれなりの質というものが求められるのだ。
そもそもの話、商業ギルドが露店を貸すに足る信用を確保するのさえ、容易ではないというのに。
別に商売っ気を出しているわけでもなさそうだが、彼らの商いはここではそれなりに順調、と見ていいだろう。
監視者……気高き番犬の構成員であるカノジョは、アレクセイの存在に気づいてからというもの、なんどか彼と接触する機会を窺っていた。
しかし彼の周囲を固める一部のジョセイが妙に勘が鋭く、時折こちらに視線を向けてくるのはあまりにも心臓に悪すぎた。
なにせ、距離にして数百は離れているこちらに気付き、ジッと見据えらたのだ。
しかも、まだ年端もいかないような幼いショウジョまでもが、こちらの気配を敏感に察知してみせた。
客として近づくことも考えたが、もしも相手がこちらのことを認識していたとしたら『なぜ自分たちを見ていた』と問われるかもしれない。
できればそれは避けたい。
気高き番犬の存在は決して公になってはならない。
自分たちの身が破滅するだけならいいが、間違いなく王女を始め内政に小さくない影響を与えることになる。
慎重すぎて悪いことはない。むしろ慎重さを欠いて博打に出るなど自分たちには到底許されない。
とはいえ、こうして本来の目的にない行動をし続けて時間を浪費し続けるのもよろしくない。
今は各国の情勢が非常に不安定であり、とりわけ北の隣国の動きはきな臭いものがあり、目を放すことができない。
今はあの国から出た船の中継地点のひとつとして、この港を監視している最中だ。
中の一人が港を張ってくれてはいるが、監視の網に穴が開いてしまっているのは事実。
できれば、彼が5年もの間、ずっと探し続けていた勇者であるという確信が欲しいところだった。
そうすれば、任務の優先順位を考え直すこともできる。
だというのに、そもそも接触が困難というこのジレンマである。
勇者捜索は気高き番犬が王女から命じられた任務の中でも重要度は非常に高い。だが情報が確定しない状況がこのまま続くのはあまりよろしくないのも現実だ。
――しかし、王宮に報告を飛ばして数日後、状況が動いた。
『この手紙を例の人物に渡るように動け』
などと、一通の便箋と共に指示が送られてきた。
基本的に形跡が残るものは使用しないのが気高き番犬の決め事だが……手紙が王女のしたためたものである以上は厳重に、丁重に取り扱わねばならない。
王女もこちらの心配を危惧して内容は例の勇者でなくては伝わらないよう文面に細工をしているという話だ。
実際、気高き番犬の検閲担当が王女と共に内容を確認したが、問題はなかったということだ。
ならば……
夜の闇に紛れていた一人の女は宿を注視したまま朝を迎え、行動を開始。
アレクセイたちが全員、宿を発ったのを確認したのち、内部に侵入して手紙を置いてきた。
念のため、他の人間が過って手紙を持ち出すことがないよう、部屋の借主が帰宅するまで外から監視を続けた。
そして、露天での商売を終えて帰ってきた彼らに、手紙が無事に渡ったことを確認。
気高き番犬は音もなくその場を去り、任務達成の報告を王都へ向けて発信した。
・・・
この港町に来てからそれなりの時間が経った。
例の魔力暴発の一件を皮切りに、龍神は名を『リュイン』と改め、正式にアレクセイたちと行動を共にしている。
ルフルにはしばらくこの町に滞在する旨を伝え、今は日雇いで港内で荷の運搬業務に就いている。
アレクセイたちも商業ギルドで露天区画の一部を借りて商売に精を出していた。
この先、もしも船で大陸を渡って活動する選択をしたならば、いくらか路銀の蓄えは必要だ。
今でもそれなりに貯金はあるものの、リュインが一行に加わった以上、これまで以上に金が掛かる。
あまりにもカツカツな旅では、ゆっくりと世界を視て回ることもできない。
額は大きくないが、商売そのものは順調だ。
先の一件から、デミアはアレクセイと行動を共にしようとついてくる場面が増えた気がする。
本人曰く、『近くにいないと落ち着かない』らしい。
あの出来事を切っ掛けに魂の結び付きが強くなったからなのか……それとも、アレクセイに対する感情に変化があったのか。
アレクセイの目にはカノジョは普段とそう変わらないように映る。
常についてくるようになった変化はあれど、商売をする彼の傍らで本を開き、ずっと紙に視線を落としたままだ。
が、たまにふと目が合うと、柔らかく笑みを浮かべてくる。
アレクセイも、意識せずにはいられなくなっていた。
しかし、それとは別に、心配事がひとつ。
ティアが帰ってこないのだ。
家を空けることは珍しいことではないが、今回は少し長い。
デミアは『そこまで心配せずもと、あやつなら大丈夫じゃよ』などと言って、あまり気にしていないようだったが……信頼しているのか、放任主義なのか。それとも両方か。
いずれにしても、もしもしばらく経ってまだ帰ってくる気配がないようなら、さすがにアレクセイも探しに行くかと思っていた。
――そんなことを考えていた矢先。
「これは……?」
露店から宿に戻ったアレクセイは、部屋の机に見覚えのない便箋を見つけた。
僅かに警戒しながら手に取る。この手の不審物には呪詛や魔術的な罠が仕掛けれていることが往々にして多いからだ。
しかし、何か小細工されている様子もなく、宛名の記載がない部分を除けば普通の手紙だった。
使われている紙も比較的入手かしやすい安価なもので、これと言って特別な部分は見受けられない。
だが、アレクセイは宛名のない、差出人の名前さえも記載がない便箋の表に踊る一文に、思わず意識を奪われた。
――【教会の屋根裏で共に黄金の星獣を見た友より】
一見すると意味の分からない内容。
しかし、アレクセイの中では確かにこの文面から一人の顔が頭に浮かんでいた。
そして、これが自分の下へと送られてきたことを考えると……
「ん? アレクセイさま、どうしたんですか? それは?」
「悪いフェリア、少し出てくる。他の連中には適当に俺が出かけたと言っといてくれ」
「いいよ! デミアさまたちに伝えておくね!」
「ああ」
アレクセイは急いで宿を飛び出した。入り口で仕事から戻ってきたルフルとすれ違ったが、アレクセイは挨拶もそこそこに宿から距離を取る。
港町に来てから、デミアたちが何かやらかさないかとずっとそばについていたが、むしろ今は、カノジョたちの存在はいない方が良かった。
アレクセイは港まで出ると、端の方でひっそりと建つうらみれた倉庫に歩み寄る。
経験上、こういった人けのない場所の方が、彼女たちには接触しやすい。
「…………いるな、番犬」
アレクセイは気配のない倉庫の中程まで進み、静かに声を発した。
一見、虚空に一人で語り掛けているように見える。
しかし、ほんの一瞬の後……まるではじめからそこにいたかのように、複数の従者姿をした人物がたちがアレクセイを囲んでいた。
「やっぱりお前らか――気高き番犬」
「お久しぶりでございます、勇者様」
「人違い、なんて言い訳はできないんだろうな」
「確証はありませんでしたが、あなた様が王女殿下の手紙を拝見し、わたくしどもの存在に気付いた時点で本人である確証を得ました」
「うちの連中がちょいちょい周りを気にしてたが……なるほどな」
彼女たちがこちらを常に見張っていたなら、フェリアたちがちょくちょく周囲を警戒していたのも頷ける。
「手紙の内容は確認いただけたのでしょうか?」
「ああ」
「失礼ですが、わたくしどもは内容の意味を理解できておりません。僭越ながら、内容をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……」
アレクセイは逡巡する。
確かにあの手紙には直接的な内容は記載がなく、文面も繋がりがなく一見すると支離滅裂だ。
しかし、アレクセイには理解できた。
かつて、幼少期に教会で共に過ごした、ひとりの少女と戯れに触れた、暗号でのやり取り……
ここで手紙の内容を誤魔化せば、彼女たちが王女の思いを知ることなく、面倒を回避できるかもしれない。
だが、アレスという存在が生きている知れた今、仮に誤魔化したとしても王女に自分のことが知られるのは確実。
なにより、かつての友が送ってきた懐かしい手紙の内容を、誤って伝えることを彼は良しにはできなかった。
「…………端的に言ってしまえば、『わたくしの下へ帰ってきてくれ』って内容だよ」
アレクセイは口内に苦いものが一気に溢れてくるのを止められなかった。
かつて、それぞれの立場のために袂を分かち、それでもアレスが勇者として活動するのを陰で支えてくれたのは、紛れもなく彼女……王都の王女にして時期女王、アリーチェ・スフィア・ガルドだ。
魔神を討伐したその時は、必ず自分の下に戻ってくるようにと、約束をした。
しかし、今の自分は……
「では、すぐにでも王都帰還の手配をさせて」
「その必要はない」
アレクセイは従者の言葉を遮った。そして――
「俺は、王女の下へ行くつもりはない。お前たちの主に伝えろ――勇者は死んだ、もうそいつのことは一切忘れろ、ってな」
それが、
「勇者は……アレス・ブレイブはもう『この世に存在しない』」
彼の、王女の手紙への答えであった――
今日まで連続投稿にお付き合いいただきありがとうございました
これにて『第二幕』は終了となります
次の幕劇からは様々な勢力が動き出し、アレクセイはその渦中に巻き込まれていくことになります
そして、いまだ姿さえ見せない新たな眷属の存在も見えてきます
事態が本格的に動き出す『第三幕』の投稿は、12月に入ってからを予定しております
またしばらく時間を頂きますが、どうかご容赦いただけると幸いです
それでは引き続き『嫌わ勇者:リバイブ版』をよろしくお願いしますm(_ _)m




